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能登半島震災のこれからの絵をイメージする

東日本大震災から13年です。実は、須須神社の地域(寺家地域)の住民と一緒に、東日本大震災の復興具合を見に行こうという話をしています。まだ確定している話ではないのですが、今後の能登半島の復興に大きな意味を持つと思い提案したところ、視察に行きたい!と希望ある回答が(*'ω'*)        早速、気仙沼、大船渡、南三陸町に連絡を取ってみました。役所から日程調整をしてほしいとのことで、現在視察の準備に取り掛かっているところです。進捗は追ってこのブログでお伝えします。


これは寺家の海です。牙を向けた海とは思えないほどきれいで穏やか。朝日が出ています。きっと13年前の震災の時も、こんな朝日を見て海を眺めていた人もいることでしょう。

復興を考えるために東日本大震災の被災地に向かおう。少し前まではそんなことも考えられないほど落胆していた人も多かったでしょうが、そろそろ前を向かなきゃならない時期かもしれません。東日本大震災でどのように復興したのか、どんな教訓を残したのか、被災地は今どんな状況か。大事なことは何だったのか。原発の復興と自然災害の復興から見えたものは何か。  こういった見聞を広めていくことで、自分たちがやるべきことが見えてくると思います。

復興と一口に言っても様々な見解はあるでしょう。元通りは不可能ですし時間は戻りません。集落が無くなることも、街が煌びやかになるのも、もっと別な街を目指すのも、すべては人の選択です。選択して生きていくために、見聞を深めて経験値を活かす。震災からの復興を考えるにあたりこれは重要なことだと思います。

復興を目指していくにあたり、街に産業は必須です。産業がなくては地方では生きていけません。もちろんノマドの人やオンラインでの仕事をして生活していくことは可能だと思いますが、現地に仕事がないと多くの人がその土地での生活ができなくなります。珠洲市の場合は基幹産業が一次産業になるでしょうから、この辺の整備と復興を考えていくべきですね。  多くのボランティアの方や、NPO等が被災地には入ってきます。とても助かりますし、被災地の復活はこういった方々のおかげです。しかし、産業を作ることと助けてもらうことは違います。産業は「生業」を、要は収益性や経済性が重要です。その産業に多くの人間が関わっていくことが重要です。生活ができるということですね。ですから、その産業の規模が大事で生活をするだけの生産性や収益性にフォーカスしなくてはなりません。

 個人的な考えとしては、「季節労働者」「障害者の雇用」この辺が重要ではないかと考えています。珠洲市は人の横行するところではなく「目的地」になりうる場所です。地域的に人の流れがあるわけではないので、何かしらの目的で珠洲市を訪れることになります。観光の他に関係人口を増やそうと思うと、季節労働なんかは非常に都合がいいですね。
 一次産業は基本的に「旬」があります。この旬な時期にこそ人間が必要で、通年忙しいというわけではありません。漁の時期だけ、収穫の時期だけ、バカンスだけ、といった具合になると思います。通年雇用はなかなか難しくて、移住して通年雇用を考えるのであればやはり都会に出たほうが多くの仕事があります。都会にはオフィスがたくさんありますから。しかし、地方の一次産業の場合は自然が相手ですから通年雇用の場合、雇い主のリスクが非常に高いため結構な金額を施設投資しないと従業員を何人も雇うことって大変なんですよね。なので、3カ月程度の季節労働者あたりがいいと考えます。現代社会では人の生き方は様々で、会社員や、フリーランス、ノマドワーカー、旅人、Youtuberなど。意外と短期間で大きな稼ぎのある仕事をする人って多いと思っています。冬は珠洲市でカニ漁をして、夏は飯舘村でインゲンをやる。別に同じところで仕事をしなくちゃいけないってこともないですから、遊牧民のように人間が動けばいいんですよね。そうやって一次産業が基幹産業の地域では「ジプシー生活」をしてもいいんじゃないかなと思います。  被災地のつながりもできて、地方の過疎化対策にも一定の成果がでるのではないかと考えます。

一次産業の場合は生産、販路、経営、マーケティング、ブランディング等の様々な要素がありますから、多様なチャンネルで人間を構成したほうが絶対に儲かります(力を発揮できます)。現代では貿易なんかもあまり難しくありませんし、ちょっとした繋がりで多くのことができるようになります。それこそ、被災地連合みたいな構想で販路やマーケティング、ブランディングなんかを共有して一次産業に関わる人を増やしていくことってできると思うんですよ。農業も漁業も基本は適地適作ですから、その時期の最高のものを消費者に提供する。販路の仕組みが悪ければ改善すればいいし、価格設定が悪ければ改善すればいいです。まさに温故知新ですね。こういう考え方って、チャンネルの違う人や世代が違うなど「混血」で取り組んだほうが客観的な判断ができます。私は珠洲市がこんな形で産業の復活をしていけばいいと考えています。

能登半島にはうらやましいほど一次産業に適していると思っています。放射線に苦しむ福島ではなかなかできなかったことがたくさんできます。山の恵みも海の恵みも頂けるではありませんか!!福島では薪を1つ燃やすことすら問題があるんです。こんな素晴らしい自然の恵みを産業にしない手はありませんね。


我々が事業継承のためお手伝いしているキノコ農家さん。13年越しに原木キノコの出荷ができそうなところまで来ました。

復興には大きな労力も時間もかかりますが、能登半島の被災地には東日本大震災の教訓もありますし、震災の痛みを知る先人もたくさんいますから大丈夫です。必ずいい方向に向かいます。能登半島が復興することはみんなの悲願です。一緒に頑張りましょう!!


追記

被災地(能登半島、福島、宮城、岩手)での連携、連合を組んで産業の一助にできないかなと考えています。雨風太陽の代表のひろゆきさんとも少しそんな内容をお話してたんですが、地方連合みたいな感じで同盟をするみたいな(笑)戦国時代みたいでかっこいいんですけどねww  要は販路の共有とか、忙しいときに生産者を地方で貸し借りするとか。まさにジプシー計画なんですけどね。以前、ひろゆきさんに送ったことのある資料があるので興味のある方は見てみてください。

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