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イタリアその4

時々アパートから徒歩5分くらい離れた場所にあるホテルのバールに行く。
バールとはカフェのことだが、こちらでカフェというとエスプレッソのことを指すので、とても紛らわしい。
現在ユーロのレートが160円前後で円安に泣かされているので、1ユーロ程度でカフェが飲めるバールの存在はとてもありがたい。
そのバールで働く人たちはみな明るく、そこに行くと一気にテンションが上がる。

ある日曜日の午後、カウンターでグラスワインを注文した時、隣でパニーノを食べながらお店のスタッフの女性とおしゃべりをしている一人のイタリア人男性がいることに気づいた。
スタッフの女性が場を離れた時、私は彼に挨拶をして近所に住んでいるのか聞いてみた。
彼は明るい笑顔で「近所に住んでいる、自分のスタジオ(仕事場)もすぐ近くにある、普段は平日にこのバールに来る、日曜日に来ることは初めて」など、質問に対してそれ以上の情報量の返事をしてくれた。

そうだ。ここはイタリア。
1フレーズに対して10フレーズで返ってくることも当たり前のイタリア。
覚悟を決めて私も自身のことを話し始める。
お互いのことが少しわかった頃、常連らしき別のイタリア人男性が入口から入ってきた。
「チャオ、アミーコ、コメスタイ?」(やあ、友よ、元気かい?)と私と話していたイタリア人男性がその彼に挨拶とハグをした。

最初に出会ったイタリア人男性をフランチェスコ(仮名)、後から来た彼をマリオ(仮名)としよう。*もちろん実際はお互い実名で自己紹介をしている

フランチェスコは建築デザインの仕事をしている。日本人と一緒に仕事をしたことがあるらしいが、それは20年前くらいで、その後日本人と知り合うのは初めてだと、私との出会いを多いに歓迎してくれた。

一方マリオはすでに定年退職をしているようだが、日本の武士に憧れていて、黒澤明監督の映画の大ファンだそう。
このへんの話に関しては、私は知識が乏しいので、切り札である北野武監督の名前を出して彼を喜ばせた。
私は本当におもしろい話には素直に反応して大笑いする。
そんな私をフランチェスコが特に気に入ってくれて、私がとてもsimpatica(好感がもてる、親しみがわくなど、とてもポジティブな形容詞)で嬉しいと言ってくれた。また会おうとメッセージアプリを交換し合い、早速1週間後にまた会う約束をした。

1週間後の日曜日、バールに行く支度をしている時にフランチェスコからメッセージが届いた。
Google Mapが貼り付けられ、次のメッセージが入っていた。
「私のスタジオはとてもきれいです。バールに行く前に寄ってもらえますか?」

さすがに躊躇った。
お互いに結婚している身。簡単にOKを出して二人だけで彼の仕事場にいていいのだろうか?

清々しいほど杞憂に終わった。
彼はその価値のある美しい歴史的建築物とその地上1階に入っている自身のスタジオを子どものように目を輝かせて説明してくれた。
まるで美術館のような内装だった。
2階につながる螺旋階段の上を見上げると吹き抜けの天井に美しい天使たちの絵が描かれている。
窓の外の中庭は、緑の木々と花々が絶妙なバランスで生い茂っている。
もう使われていない美しい大理石の彫刻で縁取られた暖炉は1800年代のものだという。
このような素晴らしい環境で毎日仕事ができるなんて、フランチェスコは何て幸せなんだろうか。

バールでは南の方にある彼の広すぎる実家をGoogle Earthで見せてくれた。
そして住所をピン留めし、来年夫と一緒に泊まりに来るように誘ってくれた。
なんということでしょう。
来年は無理でも、本当にそんな日が来ることを楽しみにしつつ、新しい出会いに感謝したい。

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