見出し画像

誰の人生にも、語るに値する物語がある:『しずけさとユーモアを』

書かなくたって、本にならなくたって、一人ひとりの生き様は全部、布張り箔押し函入りの美装が似合う物語だ。(p304)

この言葉が、著者であるセンジュ出版代表・吉満明子さんの根本にある想いを一番表している気がする。

この本は、起業の話であり、出版の話であり、編集の話であると同時に、一人ひとりの「自身の人生の肯定」の話なのではないかと思う。本や出版に携わる人以外にも、この本を手に取ってほしい人の顔が数多く浮かんだのには、そんな理由がある。


センジュ出版は、その名のもととなっている北千住にある、素敵なカフェ・イベントスペースが併設された「まちの小さな出版社」。

かつて「毎朝5:00まで働く、非効率が嫌いなバリバリの野心家」だったという吉満さんが、子どもを身ごもり、見直された生活のなかで出会った北千住というまちの素晴らしさに気づいたことをきっかけに、一人で始められた。多種多様なプロジェクトを次々に起こし、本だけではなく「場」や「まち」まで編集される姿に、多くのメディアからも注目が集まっている。

合言葉は「しずけさとユーモアを」。このコロナ禍の混乱のなかで、とても沁みるメッセージだ。センジュ出版にお邪魔し、本に囲まれた静かな空間で吉満さんとお会いすると、本当に落ち着く。


そんな吉満さんが書き手と向き合う姿勢の根本には、いつも大きな愛があるのだと感じた。

それは、「どんな書き手にも語るに値する物語がある」ということを信じ、その物語を浮かび上がらせる「本当の言葉」を紛れもなくその本人の力で紡ぎ出せるということを信じ、それが叶うことを心から願い、待つという愛。そして、そんな物語や言葉を通じて、書き手も読み手も、自身の人生を肯定できるようになってほしいと願う愛。

ミヒャエル・エンデが描く「モモ」のような存在になりたい。吉満さんはそう語っている。

僕が思うモモは、単なる聞き上手ではない。作品を読むと、モモが特別な聞き方のテクニックを持っているわけではないことがわかる。人に安心して語らせ、語る本人のなかから光を溢れさせる......モモにそんなことができるのはなぜか。

それは、「その瞬間、その相手のために、自身の存在の100%をもって時間を使い、共にいる」ことができるからなのだと思う。

ありがたいことにお付き合いがあり、先日「週刊センジュ出版」という番組で対談もさせていただいた身として、吉満さんがまさにそんな存在であることに疑いはない。対談の後に僕自身が得ていた感覚は、まるでモモに触れた登場人物たちのようだったから。そしてきっと、吉満さんとともに本づくりに取り組む著者の方たちも、同じなのではないかと想像した。

そうして一人ひとりと愛を持って大切に向き合い続けることは、楽しくもあるかもしれないが、並大抵のことではないと思う。

この本のなかで、著者の苦悩に対してまず「大丈夫です」と声をかけ、後から必死で「大丈夫にしていく」シーンがある。著者と真っ向から向き合う編集者であり、スタッフさんたちに背中を見せ続ける経営者でもあり、センジュ出版とご縁を持つ一人ひとりに対しても真剣に向き合う吉満さんは、いったいどれだけの人にそうしてきたのだろう、その大変さはどれほどのものだったのだろう。そんなことを想像し、頭が上がらなくなった。


これから本格的に編集という仕事に臨んでいく身として、この本からは本当に多くのことを学んだ。

相手が持つ物語を信じ、「相手を肯定したい」という愛が根本になければ、どれだけ理屈や正論や技術を重ねてもダメだということ。
その愛があるがゆえに、嘘偽りのない正直なフィードバックも可能になり、心置きなく最高の本づくりに臨めるのだということ。
そして作品は、編集者が急いで他動詞で「仕上げる」ものではない。著者によって、著者と編集者をはじめとした多くの人たちの関係のなかに生まれる力によって、ゆっくりと自動詞で「仕上がる」ものだということ。

書き手を、人を、心から信じたい、そう自分を励ましてくれる本。同時に、著者が持つ素晴らしい物語や功績を編集者のあり方次第で貶めてしまうかもしれない、そう自分を戒めてくれる本でもある。

エールと自戒を同時に与えてくれるこの本は、間違いなくいつまでも自分の手元に置いておきたい一冊。


本とは、著者の分身としての「小人(こびと)」なのかもしれない。

『小人の靴屋』のように、著者本人のあずかり知らぬところで本は仕事をしている。著者が眠ってる間にも、読者はその本を通じて感動し、そっと本を閉じ、天井を見上げて深呼吸し、次に前を向いたときには心が澄んでいる。

決して大袈裟な話ではない。なぜならこれは、この本を読んだときの僕自身の姿に他ならないから。

きっと吉満さんは、真夜中にそんなことが起きていたなんて知らなかっただろうけれど。


▼センジュ出版
http://senju-pub.com/

▼週刊センジュ出版
https://www.facebook.com/akiko.yoshimitsu/videos/10222054801981723/

この記事が参加している募集

私のイチオシ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?