【ワートリ】迅悠一のあのセリフについて

ジャンプ漫画(現在はジャンプSQ.に移籍)の『ワールドトリガー』の主人公の一人に、「実力派エリート」を自称する迅悠一というキャラクターがいます。彼は都市を防衛する組織の一員で、現役の戦闘員の中でトップクラスの強さを誇り(一応、現場を退いた大人の中にもっと強い人はいる)、読者からの人気もかなり高いのですが、彼には「未来予知」という作中で唯一の能力が備わっています。確定した未来予知ではなく、未来の分岐と結果がある程度わかるという能力なのですが、それを理由に彼は支部(思想・派閥が本部と異なる)の一隊員でありながら、上層部の防衛会議でも方針の立案において重要な役割を担っています。

しかし彼は自分が予知をどう使うか・どの選択肢を選ぶかで、自分の周りの人間の生死や都市への被害の多寡が大きく左右されてしまうという重圧の中で自分の役割をこなしています。最善の結果にするために予知の一部だけを味方に伝えたり、時間稼ぎを頼むために特定の人間にだけ予知を教えたり、多数の民間人への被害を抑えるために自分と親しい隊員に敵の狙いをわざと集めたりと、多くの葛藤と後悔の中で自分の未来予知という能力と向き合っています。

そんな彼の口癖の一つに、

『俺のサイドエフェクトがそう言ってる』

というものがあります。

サイドエフェクトは英語で副作用という意味です。劇中では「トリオン」という生体エネルギーの保有量が高いとまれに発現する超能力で、作中では他にも「嘘を見抜く」「動物との意思疎通」「敵意の察知」「強化睡眠記憶」「強化聴覚」「感情受信体質」「完全並列同時思考」など様々な能力が登場しています。殆どの能力がメリットだけではないのが特徴で、戦闘時以外は日常生活の妨げにしかならないものや、通常なら知らなくてもいい情報をキャッチしてしまって精神的なストレスが大きいものなどがあります。

上記の迅のセリフは、迅が相手を説得するときに「予知で保証しますよ」みたいな意味で使われることが多いのですが、このセリフで注目してほしいのは、主語が「自分」ではなく、あくまで「能力」であるということです。

『「俺が」保証する』

『俺の「サイドエフェクトが」そう言ってる』

どちらの言い方でも彼なら相手を説得できそうですが、あくまで自分ではないものを主語にするのに意味があると思っています。彼の未来予知は能動的に見るか見ないかを選べるものではなく、見たくないと思っても「見えてしまう」受動的な能力であるにも関わらず、自身や他者はその予知を重要な決断の基準にしなければなりません。迅は、意志とは無関係に情報を拾ってしまうのだからこの能力と自分という存在はイコールではないと思っているのではないでしょうか。彼自身自覚がなくても「未来予知の情報の成果・責任は自分自身のものではなく、あくまで自分の能力のものだ。自分自身と自分の能力は、完全に切り離すことはできないけれど、完全に同一の存在でもない」と、自分の認識の中では見なしているのではないでしょうか。

だから無意識のうちに、『俺のサイドエフェクトが』という言葉になるのだと思います。これは言葉の中に込めた小さな責任逃避だと言われても仕方ありませんが、同時に彼に残されたささやかな自己防衛でもあるのです。

物語初期は「飄々とした最強キャラ」という印象しか抱けないと思いますが、そういった重く暗い一面が覗き始めるのが彼の大きな魅力です。

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