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日本企業への期待:伝統に支配されない人材戦略

この記事は、当社の調査研究をまとめて刊行致します、「Sustainability in Japan 3: 再生型ビジネスへの道」から抜粋したものです。英語版はMediumで入手可能です。

日本に残る伝統的な体質を持つ企業

日本の伝統的な企業における慣習の中には、若い世代から否定的に受けとめられるものも多くありますが、海外の企業が採用することができる伝統もあり、学ぶ点も多くあります。

日本は創業200年を超える企業が世界で最も多い国です。明治維新から第二次世界大戦以降の復興、そして今日に至るまでに育まれた、持続可能性に対する知見と誇るべき価値想像の歴史があります。

このような企業のリーダーの多くは、環境、社会、コーポレート・ガバナンス(ESG)、安定した株価の上昇、社員への支援などに対してバランスをとりながらも日々努力を続けています。

ファブリックが2021年から2023年にかけて行った調査では、日本で最もサステナビリティへの意識が高いのは高齢者層という結果が出ており、伝統的な企業を率いている層と重なります。

しかし、このことは一般的には知られていません。最近インターネット上でしばしば見られる「ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー(JTC)」という言葉は、日本の伝統的な企業は全て同じような問題を抱えているとして、批判する意味を持ちます。

海外の企業と同じように、社会や環境への影響に対して取り組んでいる日本企業は多く、日本企業であるからといって、十把一絡に否定的に見るべきではありません。

日本には日本なりの変革の仕方があるのです。

変革を起こす

組織が戦略的意図を持って変化していく能力は、サステナビリティ時代の競争力を確保する上で極めて重要です。ESGフレームワークがより広く採用されるにつれて、この能力は株主の意思決定に影響を及ぼしますし、もし適応に失敗した場合には企業の存続さえ脅かされます。

大企業は日本経済に大きな影響力を持っており、多様で公平かつ包括的な社会への変革を達成できるかは、大企業が大規模な変革を実現できるかどうかにかかっています。

また、大企業の社員はよりサステナブルなライフスタイルを取り入れ、高齢化する家族を介護し、健康的な環境で子供を育て、地域社会の繁栄を築きたいと考えている人々でもあります。

しかし、2023年に行った仕事とウェルビーイングに関する調査で判明したように、日本の大企業の多くが社員の可能性を制限する壁やルールに固執していると、このようなライフスタイルの実現は難しくなります。

大規模な調達を行う大企業が、自社と同じガバナンスをサプライヤーに対して要求することも増えてきていますし、国外のグローバル企業のサプライヤーとしても同じプレッシャーを受けています。

もし調達先である日本企業がこうした行動をとらなければ、ESGスコアは低下し、投資家も調達先も、ESGで設定された自社の目標を達成できなくなるわけですから、仕入れ先を除外せざるを得なくなるでしょう。このように、持続可能性は日本経済にとって国際競争の課題となるのです。

さらに、今の投資家は激動の時代を勝ち抜く能力とDEIパフォーマンスとの間に明確な関連性を見出しています。DEIを優れた経営手段としてみているだけではなく、イノベーションと複雑な問題を解決するための前提条件であると見なしています。

国としてSDGsの目標を達成し、日本に住む人が健康で豊かな生活を送れるかどうかは、大企業が推し進める変革にかかっています。この変革は、自社のみならず、全体の利益ともなり得ます。

政府による緊急改革

岸田内閣が推し進めている最近の取り組みにも改革への機運が表れています。日本政府は、日本の経済競争力に対するリスクを意識して、人的資本に焦点を当てた変革を推進しています。

一橋大学教授の伊藤邦雄氏が中心となって経済産業省に設置された「人的資本経営の実現に向けた検討会」が発表した「人材版伊藤レポート」1では、人的資本とビジネスの結びつきを強化することが明確に提唱されています。
また、同レポートは現状と将来の目標とのギャップを見つけ、変革を促すための企業課題を育成するように提言しています。一方、ファブリックが行った調査では、人的資本戦略を策定している企業は少ないとの指摘が複数の回答者からありました。

この変革が成功するために必要な要素として、以下の5つが挙げられます:

  1. ダイナミックな人材ポートフォリオの構築による個人・組織の活性化

  2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン

  3. リスキル、学び直しの促進

  4. 従業員エンゲージメントの強化

  5. 時間や場所にとらわれない働き方の促進

政府でさえ人間中心に対する変革を促し、問題点を究明し、必要な方向性を定めているにもかかわらず、なぜ多くの日本企業は未だに変革を進めることに苦労しているのでしょうか?

ファブリックがインタビューした何名かのエクスパートは、日本の伝統的な企業が採用しているマネジメント・モデル、つまり階層的なリーダーシップ構造を原因の一つとして指摘しています。

令和時代に昭和モデル

岸田首相はビジネスリーダーたちに倣い、株主資本主義の終焉とステークホルダー資本主義時代の到来を宣言しています。

しかし、日本の社会経済モデルは株主利益を最大化することのみを目的としたことはなく、その代わりに社員と社会に対する義務と責任を果たすことを目的としています。

この日本の経済モデルの価値観は、明治維新後の19世紀末から20世紀初頭にかけた、渋沢栄一による近代化のルーツにまで遡って見ることができます。多才な銀行家であり金融家であった渋沢栄一は、西洋から学びつつ、ビジネスと社会のあり方に日本独自の考え方を織り込み、ビジネス・リーダーシップにおける市民的責任を主張しました。

こうして渋沢栄一の時代に作られた基盤が、今日も「村社会」型の日本企業を形成し続けています。

これは、勤務する会社が従業員にとって「社会そのもの」であるという日本企業にある一面を捉えているもので、何十年も続いた従業員と企業の親密な関係が、あたかも家族であるような感覚を育ててきたのです。日本の大企業では伝統的に職場で配偶者に出会い、社宅に入居し、そして自分の社会生活は同僚の家族を中心に回るのです。

戦後の高度経済成長からバブル期にわたり、多くの企業でこのような”会社内の社会化”が形成されました。そして戦後の復興からバブル崩壊までに築き上げられた会社の規模、発展、アイデンティティは、後を継ぐ次の世代が規範として守り抜いてきました。

このような組織構造やリーダーシップの文化を持つ企業は、渋沢健氏が言うところの「昭和モード」から抜け出せずにおり、1989年に終わった昭和時代の文化がまだ続いています。平成、令和の時代を通じて、このような日本企業は時代遅れの考え方から抜け出せず、時代に合わせて進歩する可能性を年々狭めています。

それでは、このような企業が渋沢栄一も認めるような社会的・環境的価値を生み出すモデルをデザインし、再生型ビジネスに移行するためには何が必要なのでしょうか。そして、これらの伝統的な企業のどの部分を現代に合わせることができるでしょうか?

ジェンダー平等といった重要な分野では、早急の対策が必要です。世界が進歩する中日本は125位に止まっており、男女の賃金格差は22.1%と大きくなっています。このような不平等に会社方針が与える影響は大きく、性別役割分業に関する社会的な思い込みを刷り込み、男性の育休のような政府のインセンティブの利用を制限しているのです。

一方、大胆な人的資本戦略によって変革し、転換期を迎えた日本企業もいくつかあり、前章で取り上げた丸井グループはその代表的な例です。

日本の企業経営者は、持続可能性への移行を企業内のことだけではなく、社会やビジネスのエコシステム全体として捉える傾向があります。これは集団主義社会においては、とても重要な意味を持ちます。

構造の現状維持を優先する慣性とリスクを避けるリーダーシップによって、サステナビリティを率先して進めていくような意思決定が一向に進まないということが、昭和モデルを引きずる多くの日本企業による持続可能性の進展の欠如を物語っています。

ESGの枠組はまだ流動的で、複雑であるため、測定や分類の標準化が不十分です。ESGツールの有効性と妥当性についてもステークホルダーから定期的に疑問の声が上がっており、日本だけでなく世界の企業によってESGツールが悪用されている証拠もあります。

日本の経営陣は、確固たる計画もなしに排出削減などの野心的な目標を立て、ESGフレームワークがそれに対して評価をするやり方に対しては懐疑的です。

在職期間が短い欧米の経営幹部は目標を立て、達成は自分でせずに後継に任せるということで満足しています。しかし、日本の経営者は1つの会社で勤め上げるため、現実的ではない目標設定に躊躇します。

日本の観点から見ると当てはまらない点は他にもあります。その1つとして、排出削減の優先順位が挙げられます。日本企業は1970年台からほぼ一貫してエネルギーの効率化を推進しており、海外の同業他社よりもはるかに低い排出密度を既に達成しています。

社会的な影響に目を向けると、ESGフレームワークを制定する人たちのほとんどは欧米人であり、日本のような他の文化や仕組みを考慮せずに、自分たちが考える良い社会のみに焦点を当てているように見えます。

多くの日本のビジネスリーダーは社会の安定と文化を守る立場にいると考えており、SDGsや他のフレームワークを受け入れたとしても、日本特有のアプローチで、社会的な摩擦を起こすことなく、ゆっくりと行うべきだと考えています。

これにより進歩は後回しにされることが多いものの、経営者たちは世代交代に注目しています。

喫緊の課題である人的資本改革

日本企業に対する様々な外部からのプレッシャーがある中で、変革の原動力となる可能性が最も高いと思われる要素は、その企業の中核事業にあります。若い世代は自分たちの意思を表明するために動き、伝統的な企業の慣行を拒否します。

これは、人口が減少するという大きな課題がある中で、見込みのある従業員を失うということに繋がります。この問題は、日本の経営層がリスクを避けることが社会全体の利益につながると考えていることから起こる問題です。

もしこのリスク回避の姿勢が間違っていると証明され、若年層に拒否されれば、経営層の根本的な価値観と信念が揺るがされることになります。

構造改革が進まず、賃金は停滞し、チャンスが少なく、単調な作業が繰り返され、しかも社員の仕事に対する関心度がとても低い状態だとしても、これまでの世代は伝統的な企業に留まり続けます。これは企業が家族のように信頼できるものであり、完璧ではないにしても職を守るためには様々な手を打ってくれると信じられていたからです。

しかし、若い世代は違い、企業には家族のような絆を感じていません。先輩社員たちが歳を重ねるにつれて、世代区分別でZ世代たちは社内で4番目の世代となり、年功序列によってZ世代と管理職層の間には大きな開きがあります。Z世代にとって、先進的なスタートアップや外資系企業で働く機会があるのであれば、このような状況に我慢する必要はありません。

テクノロジーやグローバルな仕事のトレンドにも精通しているZ世代は、先進的な職を求める傾向があり、自分のキャリアアップのために転職をする可能性もあります。旧態依然のシステムを見ると、興味を失うことにもつながります。

社会や環境の持続可能性について学んだこの世代は、日本の未来を象徴しています。Z世代の期待は高く、柔軟性と変化を求めています。日本の伝統的な企業を避けることのデメリットは少なく、むしろメリットが数多くあると考えてもいますが、そうであり続ける必要はありません。

伝統的な企業が変革に取り組み、人材を重要な戦略の要素として組み入れ、伝統的・進歩的雇用制度の両者から良い点を取り入れることにコミットすることができれば、グローバルとローカルの利点を組み合わせたユニークな日本企業を作り上げることが可能となります。

新たな若い世代と協力して再生型ビジネスを形成し、元来から社会や社員を大切にしてきた日本が培ってきた共同体的な組織のあり方を再確立することができれば、より良い未来が見えてくるのではないでしょうか?


参考文献

  1. ITO Report for Human Capital Management. (2022). https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/0825_ITO_Report_for_HCM.pdf


ファブリックは、企業がより革新的で持続可能な未来に向かって進むことを支援し、戦略的デザインの構築やサステナビリティ活動が直面する、様々な課題の解決を支援するコンサルティング企業です。2004年の設立以来、東京を拠点にグローバル企業や地元企業に対してデザイン思考、サステナビリティに関する知見、深い人間洞察力を結集し、優れた戦略をクライアントに提供しています。

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