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エゴイスト

2023年5月に発効した同人誌「クィア映画読本 volume.1」より抜粋したレビューです。

エゴイスト
2023年 日本 120分
監督 松永大司
主演 宮沢氷魚  鈴木亮平

eiga.com

 鑑賞済みのひとはぜひ、サムソン高橋のエゴイスト評を読み込んでほしい。これ以上のレビューはないというくらい完成されているし、何より生前の原作者と交流があったからこそ書ける視点と、ドライな批評がたまらない。私はクィアでゲイの友人たちとの交流もあるけれど、やはり同じ枠で生きる人間だからみえる景色は格別で、どこか切ない。
 原作は高山真の自伝小説。パーソナルジムのインストラクターと、ファッションコーディネーターのふたりが出会い、恋に落ち、不幸が訪れ幸せな時間に終止符を打つ。事前に情報を入れずに挑んだ私は映画の前半と後半の落差にびっくりした。これが実話だとして、二〇〇〇年代に流行った、こてこての韓国ドラマかと思うくらいドラマチックな展開に溢れていたからだ。淡々と語られる男たちの恋愛、家族や友人たちと過ごすありきたりな日常、そこに突然差し込まれる不幸、怒り、悲しみ。残された者は悩み苦しみながら、それでも前を向いて歩く。キャラクターを変えれば同じような脚本はいくらでもみつかるはずだし、ちょっとでも手を抜けばひと昔前の携帯小説並みのダサい話になっていただろう。それを傑作に変えたのは原作は勿論、映画製作陣のリサーチと誠実さにほかならないと、勝手に思っている。ゲイの登場人物にフォーカスをあてて、こういう「当たり前」をみせてくれた監督には拍手をおくりたい。
 よかったところを上げればきりがない。①男同士のセックスシーンをリアルにつくったところ(インティマシ―コーリオグラファーが監修)②新宿二丁目で繰り広げられるゲイのガールズトーク③実家の親との当たり障りのない距離感とかけられる心無い言葉④ファッション誌の仕事仲間と友人と遊んでるときの仕草の切り替え⑤ひとり熱唱するちあきなおみ…
 これらに関して話し始めたらたぶん夜が明けるので、ざっくりポイントだけ書こう。そもそもゲイの当事者の自伝なのだから、世界観を壊さぬよう、有名ドラァグクイーンのドリアン・ロロブリジーダが監修で参画している。その貢献度は非常に高くセックスシーンや売り専がホテルに行く流れのリアルさは友人のゲイたちが揃って満点をだしている。特に浩輔のオラネコっぷり(ぱっと見は年上でタチっぽいのに龍太に突っ込まれている様)に非常に身悶えしたと友人のひとりは言っていた。
 ゲイバーで「あんた最近どうなのよ」「別れたわよ」とくだをまく場面、居酒屋でWの悲劇や懐かしアイドルについてきゃらきゃらとかれらが語るところも、私は実際何度も見てきた。ちあきなおみについては、四十代以上は志村けんが「夜へ急ぐ人」を女装で熱唱するコントを強烈に植え付けられているため(半径五メートル調べ)刺さるターゲットが狭いといえば狭いのだが、あえてあの演出をぶっこんできたのは明断といえるだろう。一晩明けて龍太を見送った浩輔が、田舎から都会に逃げてきた承認欲求の塊のような部屋で重厚なクラシックをかけていた浩輔が、毛皮を羽織って熱唱しだす場面に、アラフォーゲイの胸は打ち震えたはずだ(半径十メートル調べ)
再現性が高すぎる、という点で底上げされてしまうのはノンケ(異性愛者やNot クィア)の人々には申し訳ないのだが、ここまで自分事に近い邦画作品はなかったので許してほしい。ノンケで生きていれば恋愛やライフスタイルで感情移入できた作品が山ほどあったはずだ。クィアにとってはそのような作品に出会えるのは砂漠のダイヤレベルだし、オアシスより泥水を啜って生きてきた。本作がある意味ゲイ映画のひとつの到達点、そして新たな始まり、と書いたサムソン高橋は極めて正しい。
 個人的には阿川佐和子に今年のアカデミー助演女優賞を差し上げたい。本業なんだっけ?というくらい自然な演技で、息子とその愛するひとに向ける柔らかな視線がなんともいえない。柄本明はそろそろ樹木希林枠にはいってきた気がする。柄本ブランドに乾杯!



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