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WORTH 命の値段

2019年制作 原題:Worth
監督:サラ・コランジェロ
主演:マイケル・キートン エイミー・ライアン スタンリー・トゥッチ
あらすじ : 2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロを受け、米政府は被害者と遺族救済を目的とした補償基金プログラムを立ち上げる。その特別管理人を任された弁護士のケン・ファインバーグは独自の計算式により、個々人の補償金額を算出する方針を打ち出すが、被害者遺族が抱えるさまざまな事情と、彼らの喪失感や悲しみに接する中で、いくつもの矛盾にぶち当たる。チームが掲げる対象者約7000人の80%の賛同を得る目標に向けた作業が停滞する一方で、プログラム反対派の活動が勢いづいていく。期限が迫る中、苦境に立たされたファインバーグはある大きな決断を下す。映画.com

   

TOHO日本橋で鑑賞、久しぶりのマイケル・キートン。
ネタバレ注意、と書くまでもなく米国911テロの実話ベースの映画。
Netflix配信だったらしいけれどノーチェックだったので、映画館公開に踏み切ってくれて感謝。

タイトルにValueではなく、Worth を使うのが面白いと友人と話していた。ValueもWorthも定量的な価値を示すが違いこんな感じ↓

①Value 他者や他のものと比較して価値を決める
例えば、有名デザイナーの家具は無名のものよりバリューがある、ネームバリューなど
②Worth それが持っている絶対的な価値、品位、真価、資産など
周囲からそれ相応の価値があると認められたのがワース
ゴッホの絵画には10億ドル相当の価値があるなど、社会的な価値を指すことが多い

911のテロで家族を失った米国民(不法移民も含む)へ政府が打ち出したのは一斉救済プログラム  Victim Compensation Fund (通称VCF)。意図としてテロを事前に防げなかった政府や航空業界、WTCビル崩壊を招いた建設業界の訴訟を防ぐためにプログラムが組まれ、マイケル・キートン演じるケン・ファインバーグの弁護士事務所が請負うことになる。ファインバーグと相棒のカミール女史を中心に、NY腕利きの弁護士たちが通常の仕事の合間に「プロボノ」というかたちで被害者への補償基金の立ち上げをおこなう――というのがおおまかなストーリー。
プロボノはラテン語の「Pro Bono Publico」で社会的公共的に自らの知識技術を無償提供する社会貢献活動の一種で、私はボランティアとNPOの間のイメージをもっている。

実際、ファインバーグの事務所は歴史的に名だたる訴訟ケースを取り扱っており勝訴もしくは調停に導いているので、かれらに白羽の矢が立ったのは不思議ではない。血も涙もない弁護士集団と揶揄されることがあっても、ファインバーグの「国のために何かしたい」という気持ちに嘘はなかったのだろう。(ファインバーグのようなユダヤ人は金にがめついという周囲のバイアスもあったかもしれない)

WTCにつっこんだ2機、ペンシルベニア州に墜落した1機、バージニア州のペンタゴンに墜落した1機。合計4機の飛行機ハイジャックの犠牲者とその被害者にどれだけの補償金を支払うかという問いに対し、ファインバーグは公式をつくる。
年収360万円のビルのレストランのスタッフと、年収7,000万円の証券会社のCFOは生きていれば取得できたはずの生涯年収が大きく異なる。障がい者は健常者よりも、独身者は既婚者よりもライフタイムバリュー(ざっくりいうと生産性)が少ない、ということはかれらの価値は低いのだろうか?補償金といえども、ひとりあたりに同じ費用が払われるわけではないのだ。年収や家族や資産の有無を加味して死んだひとの命の値段はいくらですよ、と電卓を叩く。
なかなか慈悲のない行為にも聞こえるが、事実保険会社はアクチュアリーを雇って同じようなことをしているので、別に真新しいやり方ではない(年齢があがれば疾病対策が難しくなるので保険料はあがる、似たような仕組みだ)

けれど、テロで突然愛するひとを奪われた側の思考はそう簡単に受け入れられない。WTCに乗り込んで多くの人を救い命を落とした消防士と、他人のカネで財を成した証券会社のCFOと、どちらが称えられるべきなのか?感情論が渦巻き、それを先導する遺族側のリーダーも出てきて補償金プログラムの申請は遅々として進まない。
物語の前半、ファインバーグは遺族の声を聞くことを拒否していた。聞けば同情しバイアスがかかり、同じような境遇の遺族を平等に扱えなくなる。公式をつくった意味がなくなる、という理由から。代わりに部下や請求管理部長のカミールがかれらと向き合い、傾聴し、「命を測る」難しさを肌で感じ始める。事実、現場の復帰作業を行ったがゆえに後遺症を負ったひとびとも声を上げはじめ、プログラム対象者は日々増えてゆく。予算は有限で、ファインバーグは民主党指示だけれど国からの(共和党ブッシュ政権)期待も背負っている。ひとの命に値段をつける特別管財人、こんな立場にはなりたくないけれど、ファインバーグのチームと働けるのはとんでもない人生経験になるだろうなと感じる場面が多々あった。

私は2001年6月に渡米しボストンに住んでいた。9月11日の朝はいつものようにラジオを聞きながら大学に向かい、クリミナル・ジャスティスの授業に参加した。8時45分になっても授業が始まらず休講かな?なんて話していると教師がやってきて部屋のテレビをつけた。授業の内容から「テロ事件でも扱うのかな」と思っていたら「これはライブ映像です、ボストン空港から2機の飛行機がハイジャックされました。今日はこのまま解散」と静かに告げて去っていく。テロ?どこで?WTCに突っ込んだ??私は携帯電話も持っていなかったし、慌てて家に戻ると留守番電話に10件近くメッセージがはいっていた。ルームメイトと一緒にCNNの中継をみながら「このまま留学を続けられるんだろうか」と不安になったのをおぼえている。

翌週から国旗バッジをつけるひとが増え、近所の教会にいくたび誰かの息子娘が軍人になったという話を聞く。国のために立ちあがったひとびとへ感謝の寄付を募り、軍人をみかれば「Thank you for your service!」と声をあげる。ムスリムの友人たちは隠れるように暮らしていたし、スカーフをしているとなじられると嘆くひともいた。翌年の独立記念日には私も米国の国歌を3曲も歌えるようになっていた。当時の空気はよどんでいたし、くすぶった差別主義者たちが思い思いに心無い言葉を投げつけ、一体感を求めながらどこかで崩れ落ちそうで、そこら中に火種を抱えているようだった。移民の国である米国の弱さと強さを同時に思い知らされた時期だった。
それを踏まえてこの映画をみると、ファインバーグをはじめとした弁護士たちが遺族に寄り添ってプログラムを修正していったこと、亡くなったヒーローと呼ばれるひとたちの陰で心身を削り、犠牲者の人生に意味づけをしたチームがいたことを初めて知った。
同性パートナーと暮らしていたけれど法的には認められず、補償金を受け取れないひともいた。犠牲になった夫が不倫していて(怒ってもいいのに)そちらの家族にもきちんと補償金が渡るようにとお願いした妻もいた。1万人の犠牲者がいれば1万通りの物語がある。311東日本大震災の時にビートたけしの話がとても響いたので置いておく。

 常々オイラは考えてるんだけど、こういう大変な時に一番大事なのは「想像力」じゃないかって思う。今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。
人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。

ビートたけしが震災直後に語った「悲しみの本質と被害の重み」

スタンリー・トゥッチは社会派映画が良く似合う。キートンとは「スポットライト」以来のタッグで、どちらも民衆の声を代弁する役どころ。とにかく笑わない(皮肉をのぞく)論理的でどこか諦観している感じがとてもよかった。
エイミー・ライアン演じるカミールが言葉少なに遺族に寄り添う場面も、人生経験が少ない新人弁護士プリヤが遺族サポーターたちに会いに行く場面も、ありふれた行動だけれど胸をうたれた。オバマ政権、またトランプ政権に代わったあともこのプログラムが続き、2090年まで永久補償を打ち立てたのには米国国民のただならぬ執念を感じるが。
マイケル・キートンにいたっては「スポットライト」がドストライクな私にはご褒美のような役柄だった。ありがとうキートン、70歳にして今も輝いているあなたに励まされている。

ラストは海辺にバカでかい豪邸をたてているファインバーグのカットで終わるのだが、これも皮肉がきいてていい。彼自身は米国の富裕層といわれてもおかしくないが、エンドロールにファインバーグ本人の名前も監修(コンサルティング)に入っていたのであえていれたのかな。

911を前後に米国は変わっただろうか?今も人種差別はあるし、銃乱射や移民問題も悪化している。テロ対策は強化されても国内に燻ぶるヘイトクライムはそこかしこに存在している。それでも、なにかを変えようとしたひとたちがいたということを我々は知るべきだ。

読み応えがあった英語の感想記事 

https://flixchatter.net/2021/09/10/flixchatter-review-worth-2021/




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