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交差する寄り道

わたしは自分が嫌いではない。

好きだ嫌いだ、と、言うのは身近にあるから感じるのだと思う。
わたしには自分がどうしようもなく遠い存在。

わたしが思うことの通りに自分が動いたためしがない。
わたしの期待にいつも自分が裏切られ傷ついてきたからだろうか。

小さな頃は親や周りが自分を傷つけていたと思っていた。
でも、いつしかわたしの期待が夢を見させていただけだとわかった。
周りはそんなわたしの期待なんて知るわけがないし、
思い通りにならないから…と、裏切られたと思うのは違ってた。

自分にとって憎むべきは単純な期待を押しつけてくるわたし。
そうやって生きていくことができた。

…死ぬべき理由を失った。

*****

「戸田美海です」

わたしの名前に興味をもってもらえることなんてないし、言いたいと思うこともないから、自分の名前を聞くと毎回妙な気分に襲われる。

{ 戸田美海って誰?}

メガネに七三、ジャージズボンにワイシャツ、ネクタイという、今どき漫画にも登場しないようなスタイルの担任がわたしの簡単な紹介を続ける。

自分にとっては遠くで響く雑音。
わたしには多少、胸の奥が痛くなる記憶に触れることもあるけど、その記憶にはわたしを覚えている人は存在しない。

わたしだけの記憶ははたして実存していると言えるのだろうか。

*****

海沿いの中堅都市にある私立校に転入できたのは自分の親のおかげ。
何度も寄付金を無駄にしてきたのに、学校を卒業させるのが親の義務だという思い込みは堅いらしい。女性はこうあるべき…という先入観も。

だから、数少ない(だろう)お嬢様私立校にはけっこう詳しい。
ここもありきたりのお嬢様学校に思えた。
古さを伝統と偽り、貧しい設備を質素と言い換え、隠したい結果は中途で放り出して無かったことにする、ありきたりの学校だ。

「…で、視聴覚室はA棟の2階にあるんだけど…」

クラス委員という女子生徒が自分に学校の案内や注意事項を告げている。
ここもありきたりのお嬢様学校らしい。

自分は余り関心がないようだけれど、わたしは彼女の声に引きつけられた。可愛らしい声でちょっと息が抜き加減でゆっくりと喋る様子はまさにお嬢様。にっこりと笑顔を交えながらゆっくり喋るのって初対面じゃ難しい。
この子は相当に人と会話することになれてる様子。

「…わかりました?」

説明が終わったらしい。わたしはぼーっとそんなことを考えていたので何を言われたのか正直よく覚えていないし、返事をする気も自分にはない。

ぼーっと前を向いて座る自分の視界にスッと影がさした。
え?っと思った時、耳元でクラス委員の心地よい声が囁く。

「転校生が舐めた真似してつっぱらかってると、明日の朝はチューブにぶら下がって病院のベットってこともあるからね。気ぃつけや」

…おっと、ありきたりとはちょっと違うみたいだ。


…つづく


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