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#065 スカンノへの旅 (その11) 教会の鐘の音

 朝6時、昼12時、夕方6時に教会の鐘の音が聞こえてくる。その瞬間、日本では感じることのない一種の張り詰めた空気のようなものが漂う。キリスト教では、祈りへの呼びかけとか悪霊退治とかの意味もあるらしい。若干不協和音の響きが加わった、追い立てるような鐘の音を耳にすると、キリスト教徒でもない私だが心が洗われるような気がして、異国の地にいることを改めて意識する。

 朝、まだ暗い中を散歩する。6時の鐘の音が石造りの建物に降りかかる。今日も一日が始まる。何が起きるか予測の付かない一日の始まりに、石畳の道を歩きながらワクワクしてくる。
 8時過ぎから描き始め、12時の鐘の音を聞く。ああ、もう12時か。4時間も絵を描いていたのか。日本では1時間でスケッチを終えてしまうが、海外に来るとついつい頑張ってしまう。椅子から立ち上がり少し歩き回る。ベンチに座り、持ってきたパンを食べながら通り過ぎる人たちをぼんやりと眺める。午後はどういう計画で描くかを考える。
 プロの画家でもないのに1日中絵を描く、という体験ができている幸せを心に刻む。
 その後、僅かに疲れを感じながらも、再びスケッチブックを開きペンを握る。折角、イタリアまで来たのだ。描くしかないだろうと自分を納得させずとも、私の脳は自覚している。それほど苦しくはない。

 夕刻が迫っているのを感じた。少し寒くなってきた。でも未だ明るい。大丈夫だ。休みながらも継続してペンを走らせる。
 教会の鐘の音。18時だ。
 1日中絵を描いた。1日中絵を描くなんてことは日本にいたらあり得ない。自分を追い込むことも大事だ。区切りのいいところまで描き、腰を伸ばして立ち上がる。腰と背に痛みを感じ、スクッとは立ち上がれない。私も歳をとった。
 画材・荷物をバッグに入れてホテルに向かう。途中、夕食に向かう家族連れと擦れ違う。一人で歩いていることの孤独感を少しばかり味わう。
 歩きながら、今日描いた絵の出来具合いを思う。楽しく充実した時間だったが、思うようには描けなかった。悔しさがジンワリと込み上げてくる。素人なのだから、描けなくて当たり前なのだが、出来ないことは悔しい。
 でも、明日があるよ。明日は今日よりも上手く描けるよ、きっと。
 目の前にホテルが見えてきた。明日の朝も歩きながら教会の鐘の音を聞こう。


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