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#076 スカンノへの旅 (その17) 手作りビスケット屋

BISCOTTERIA
ARTIGIANALE
手作りビスケット屋

 メイン通りから坂道を10メートルくらい下った場所に、このビスケット屋はある。旅の者は誰も気が付かないだろう。地元の人だけが買いに行く。ホテルでの朝食の際、ビスケットが並んでいて、これ美味しいね、どこで売っているんだろうねと話題になり、店の名前と場所をホテルの人に教えてもらった。
 訪れると、父親と息子が2人で製造・販売をしている小さな店だった。ショーケースの幅は1メートルくらいで、2人が店内に入ると3人目は外で待つことになる。
 ビスケットは塊で売っている。大きいものは幅が10センチくらいで長さが20センチくらい。厚さは2〜3センチあり、大きい草鞋のような感じ。小さいものは直径15センチくらいの円形で、これも2〜3センチの厚さがある。両方とも、ハンバーグのように捏ねて、丸めて、平らにして、そのまま焼きましたという感じのもので、形を整えることはしていない。
 木の実とドライフルーツをたっぷりと入れて、小さい方は赤ワインも入れて焼いていると息子は楽しそうに話してくれた。赤茶色をしているのは赤ワインの色だと理解した。
 小さな店だ。ショーケースの後ろが製造場所だ。そこで父と息子はビスケットを毎日焼き、販売している。恐らく父親は彼の親と長年ここでビスケットを焼いて販売してきたのだろう。
 家内制手工業。高校の地理の時間に勉強したな。

 フィレンツェの革職人が「私の仕事は、祖父と父親と代々伝わってきた技法を使って製品を作り、その技法を後世に伝えることです」と言い切ったことを思い出す。また、スカーフを売っていた店では、息子が接客し、両親は商品を整え、祖父母は店の中に置いてある椅子に座っているだけ。実にのんびりとおおらかな空気が店内に漂っていた。イタリアの家内制手工業は現在も生きている。
 都会に憧れて田舎を出ていく若者もいるだろう。しかし、田舎に残り(または帰ってきて)、田舎で暮らす若者もいる。スカンノのビスケット屋の青年はどちらなのか分からないが幸せそうだった。自分の仕事に誇りを持っているように見えた。

 帰国後、しばらくの間、コーヒーを飲むときにビスケットを食べた。味、香り、食感、どれも素朴だ。自然の恵みをそのまま口にしているといった幸福感に包まれる。恐らく、伝統的な味付け・手法で焼き上げているのだろう。
 地元の人たちから愛されているビスケット、そしてビスケット屋。そのようなものが存在していることが素晴らしい。
 スカンノでは、それは日常的で、当たり前のことであって、特段素晴らしいことでもなんでもない。この、なんでもないということが素晴らしい。
 ああ、なんて素晴らしいんだろう。
 私はスカンノのビスケットに酔ってしまったようだ。

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