見出し画像

「新しい分かり方」

「新しい分かり方」(佐藤雅彦 中央公論新社)

「だんご3兄弟」「ピタゴラスイッチ」などで有名な著者による、「伝える」こと「分かる」ことについての本。前半は、それこそ「ピタゴラスイッチ」などに出てきそうな作品がいろいろ並び、後半は解説のエッセイで、作品をさらに深く考えるヒントが与えられている。特に最後の東大医学部での人体解剖の話は、象嵌(ぞうがん)のインパクトをはっきりと伝える内容であった。面白かった。

「実は、私、天気予報のコーナーを担当させていただいているのですが、例えば、いい天気になります、とは言えないんですね」
「えー、なんでですか。いい天気、みんなうれしいじゃないですか」
「そうですねぇ、確かに、晴れれば、旅行はいいものになるし、屋外スポーツもできます。旅行者やスポーツをやる方たちには、晴れはいい天気かもしれませんが、雨を望んでいる、農業をやっている方たちには、一概に、晴れはいい天気とは言えないんですね。だから、私たちは、明日はいい天気になるでしょうとは、言わないんです」(212ページ)

 ちょうど20年前、海外で賞を獲ったあるテレビCMがあった。私は、それを初めて見た時、驚いた。
 CMが始まると、まるでビールのCMのような賑やかで軽快な音楽が流れ出す。しかし、画面には、真夏の太陽もビーチも、水着の美女の笑顔なども一切ない、ただただグレー地の画面の中央に文字テロップが流れてくるだけであった。そこには、こう書かれていた。もちろんナレーションはなく、視聴者はそのけたたましい音楽を聴きながら、流れてくるこれらの文字をじっと読むこととなる。

<訳>
目の不自由な方には、このCMの音は、
ビールのCMのように聞こえるでしょう。
なぜ、私達は、彼らをからかうようなまねを
しているのでしょうか?

それは、彼らが誇り高く、お金を恵んでもらうことを
よしとしないからです。
しかし、彼らにはお金が必要です。もの凄く。

あなたの税金控除寄付金を送ってください:
米国盲人協会
20005 ワシントンD.C. 北西地区 ヴァーモント通り 1010

(しかし、みなさんに話したことは彼らには言わないで)

 モダリティを使い分けることによって、あるコミュニケーションが成立する。基金が必要な視覚障害者たち。でも、それを欲しいと言えないプライドもある。でも社会は、それを解決しなくてはならない。どうやって解決するのか。その一つの解答がここに示されたのである。(225-226ページ)

 私は、表現を作る時には、いきなり表現に入るのではなく、どう作ったらかっこいいもの・面白いもの・かわいいものができるかということを、まず考える。別の言葉にすると、手法をまず考えるのである。この時には、ある質感の中に別の質感のものが嵌まっていると、それだけで感心が生まれるということを意識していた。「ある質感の中に別の質感がある」ということは、何も、私の発明ではまったくない。
 日本では、そんな手法が古えからあった。【象嵌】である。象嵌とは、工芸技法のひとつで、ある一つの素材に異質の素材を嵌め込む手法で、例えば、漆器に貝殻を入れ込む螺鈿などもその一種である。(246ページ)

 この書籍には、「こんなことが自分に分かるんだ」とか「人間はこんな分かり方をしてしまうのか」というようなことを分かるための機会をたくさん入れようと構想しました。そういう意味で、本のタイトルを「新しい分かり方」としました。順番としては、一見、ばらばらの内容がランダムに並んでいるように見えるかもしれませんが、いろんな側面で次から次へと「新しい分かり方」を誘因する表現を並べた結果なのです。ご自分の中で起こる希有な表象やまったく新しい表象を確認してみてください。(262-263ページ)

 「新しい分かり方」は、ものの見方を示すだけではありません。それを得た時には、生き生きと生きていける意欲と希望も得ることができます。これからは、読者のみなさんも、自分にとっての「新しい分かり方」を意識してくれると、作者としては本望です。(265ページ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?