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イチカバチカのその先で


三年間積み上げて来たものを一瞬で破壊された気がする。そんなはずはないのに。

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君の目玉をくり抜きたい。そしてオレの目にする。その若さに戻って通りを眺めてみたい。

とある映画でエドワード・ノートンが演じるキャラクターが憂い気にこぼした言葉。私は物語に触れる時、誰かを愛する時、この言葉を強く意識する。

元来、物語の登場人物に同化、同一視したくなる性分だ。オアシスを聞けばカラオケで右肩を下げるし、ジェフ・ハーディにハマった時には制服の後ろポケットから白いタオルを垂らしていた。挙げればキリがない。普段は解像度を下げているが少し目を凝らせば羞恥心のカケラもないイタイ行動の数々が私の後ろに転がってる。


今、私はアダム・ペイジの目を通して世界に触れたい。表層的な話ではない。もっともっと本質的に。そう願っている。

彼がプロレスという舞台において極めて個人的な闘いを繰り返すことで紡いできた物語、インタビュー等からこれでもかと伝わってくるパーソナリティに本気で感化されたのだ。

『王者である前により良い人で在りたい』

一見嘘くさい、でも彼が心の底から本気で願っていると感じられる言葉に私も本気になったからだ。

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私はCMパンクの目を通して世界に触れてきた。長い間。

散々各所で騒いできたので改める必要もないが私は生粋のWWE GUYだった。もともと海外ドラマを見るような感覚。デカいヤツがバカをしている姿を眺めているだけで満足だった。
その心地よい宇宙の揺らぎに身を委ねていると、突如発生したパイプボムという爆風に視界が弾け、エンタメの中に本気があることに初めて触れたクチだ。

一度去ったプロレス界に劇的なカムバックを果たし再び人生を狂わせてくれることを願い、心躍った世界中に数多存在するファンの一人だ。


そんな彼がプロレス界を去った後に、後ろ足で泥をかける姿に失望しながらも、それでもやはりどこか彼を渇望してきた後ろ暗い気持ちを隠していた一人だ。

MJFという新たなジェネレーションスター出現により、その思いがむき出しになり、乱暴に、丁寧に掬って/救ってもらったにも関わらず、権威と化したCMパンクが運ぶノスタルジーに完敗したファンの一人だ。

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MJFが、7年前の私が惨敗した直後、CMパンクがAEW王座への意欲を示したときに最初にこみあげてきた感情は『冗談じゃない』だった。

この感覚をどう表現すればよいかずっと考えていた。胸を引き裂いて10年以上煮詰めた感情を捻り出す事はしたくてもできなかった。

決戦の日が近づくに連れ徐々にその違和感を掴めた。

それはやはりアダム・ペイジだったからだ。

○アダム・ペイジ

 俺がどうするつもりかは三週間前に言ったはずだ。お前を破壊すると。恥をかかせてやると。DONまで待つ気はない。今ここでだ。
  この瞬間を待ち続けてきた。何週間どころじゃない、何か月も。胡坐をかいてライターでパイプボムに火をつけたら、お前の足元へと転がして顔を吹き飛ばす事をずっと想像していた。そうできたらさぞ気分がよかっただろう。ラスベガスで運命のルーレットが一回りするってことだ。

 でも今日ここにきて、それはできないと気付いた。俺にはできない。バックステージに戻ってクビを言い渡されるからじゃない。お前が怖いわけでもない。
 お前に何を言ってやろうかと考えるうちに、お前も同じことをすると気づいたんだ。お前が抱える憎しみ、卑劣さ、臆病さ、そうしたものと戦うのは賢明なことじゃないと気づいたからだ。
 ただ正々堂々と向かい合うからには、お前のことをどう思っているかを言っておこう。
 お前が憎いわけじゃない。むしろ憐れんでさえいる。お前にも、お前がここに来てからしてきたことにも、敬意を抱いていない。

 この王座を欲しがってはいても、結局王者であることの意味を理解していないようだからだ。それはリングの中だけのことじゃない、照明が全部落ちた後であっても、カーテンの向こう側で誰の目にも触れていないと思うときであっても、王者たること。そうして初めて王者になれる。額に汗かいて戦うことを声高に語ったところで、ここに来てからお前がやっていることはその正反対じゃないか。

 俺はこの場所を愛している。
 この場所を大事に思っている。
 ここは俺の家だ。
 DONでお前から俺が守るのは王座だけじゃない。

 俺は ALL ELITE WRESTLING をお前から守ってみせる。

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私の頭ではもう一人のフェイバリットレスラーの言葉がリフレインする。

エディ・キングストン『偉大なるCMパンクさんよ。今更やって来てマジで何様のつもりなんだ。教えてやろう。テメェは人を見下すニヤケ面の二枚舌のナルシスト野郎だ。ロッカールームの他の連中はビビって言えねえだろうが俺は違う。ここから出て行け。勝とうが負けようが知ったこっちゃねえ。俺はテメェをブチのめすだけだ。』

私の頭ではもう一人のフェイバリットレスラーの言葉がリフレインする。

MJF『ノスタルジーはさながらドラッグというのは本当らしいな。それは俺たちの記憶を作り変えてしまう。そしてお前はノスタルジーそのものだ。』

理由なく好きになると思っていた男たちが、実は全てCMパンクの対面に立つ男たちで、そんな彼らがずっと示してくれていた。

アイツはここに来た時何と言っていた?

『若手を助けたい』『プロレスに恩返しをしたい』『エディ・ゲレロの様になりたい』

今なんと言っている?

『なんでそんなに個人的に捉えるんだ。王座戦は俺にとってただのビジネスなんだ』

今何をしている?

『ブレット・ハート・オマージュのマスターべーションみたいな試合だ。』

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AEWという団体の興りについて考えた時、やはりCMパンクという男がいなければ、これほどまで大きな台風となって吹き荒れることはなかったと言わざるを得ない。
好む好まざるにかかわらず、2011年6月27日に彼の落としたビッグバンがなければ今の広がりはなかったと誰しも認めざるを得ないはずだ。

大爆発で発生したミームに感染し、幾人ものレスラーたち、ファンたちを媒介した先で発生したALL ELITE WRESTLINGは、その『エリート』という言葉が放つ無味乾燥な響きからは想像もつかないくらい、濃縮されたパーソナルな、普遍的なテーマが多く描かれている。

だから私はこの団体が好きだ。口を開けているだけで”楽しい映像”を流し込んでくれるだけじゃない。時に目をそらしたくなる多くの本気が見られるから好きなんだ。

そうだ。怒りという極めてパーソナルな表現を続けてきたからCMパンクはここを死に場所に選んだはずだ。だからこそのカルト・オブ・パーソナリティのはずだ。

さあ。なんと言った。もう一度聞かせてみろ。

『王座戦は俺にとってただのビジネスなんだ』

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かつて権威に中指を立てたパンクキッドは『俺が始祖だ』と嘯きながら戻ってきた。自らが権威に堕ちたことに目をつむりながら、極めてパーソナルで反骨精神を持つ団体”ALL ELITE WRESTLING”に。

耳障りのいい言葉を並べ立て、笑顔で対戦相手に右手を差し出す。その伸ばした手が文字通り相手の胸を突いて、時にえぐっている事を自覚しながら。あたかもそうしてない様に見せながら。

彼らだけが気づいていた。

この男の本心に。この男がヒーローの仮面を被ったヴィランであることに。この男がもたらした負の部分に。笑顔で凱旋した救世主がもたらす急激な領土拡大に少なくない犠牲が伴っている事に。この男の到来によりゴールドラッシュは終わりを告げ、もはや理想郷が失われつつある事に。

それに気づいた彼らだけは、AEWの魂を体現するこの三人だけは勝たなければいけなかった。

20年間這いつくばってドブを飲み、己の心に巣食う悪魔を制御しながらようやくスポットライトを浴びたエディ・キングストンだけは。

憧れのヒーローに捨てられ、傷つき、相手を傷つけることでしか本心を晒すことができず、ヒーローを超えることで自らのオリジン、あるいはトラウマを超えようとしたMJFだけは。

誰よりも感受性が豊かで、自身の弱さも強さも自覚したとある一人のレスラーは。

暗闇の中で使命を与えてくれたダークオーダーから二人の離脱者が出ている中で、実質的にその原因となっているCMパンクと対峙することとなった伏し目がちのカウボーイは。

言葉にはせずともそこから得た燃え上がる怒りを抱えながらも、それでもより良く在ろうと自身に願いを込めたAEW王者は。

アダム・ペイジだけは。
その目を通して生きたい私だけは。

『俺はAEW王座を防衛するんじゃない。CMパンクからALL ELITE WRESTLINGを守るんだ。』

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負けた。

プロレスはビジネスだ。より多くの人に届ける必要がある。そんなこと言われなくてもわかってる。試合後に『より多くの金を生むぞ』と言ったパンクの言葉も理解している。

プロレスはフェイクだ。入場ランプの向こう側に何が潜んでいるかなんて知る由もない。

プロレスはリアルだ。

あの爆発以来、プロレスは本質的にはレスラーが持つ怒りを表現するエンターテイメントであると捉えている。

フェイクの中でリアルを表現できるレスラーしか信じない。

それでもDouble Or Nothing、イチカバチカの崖に立った時、より良く在るという決意が揺らいだ先で負けた事は変わらない。

何をしても、今日この王座戦に負けた事実は永久に変わらない。

どれだけ御宅を並べようとも、友人とファンの支えにより魂の救済を得たペイジが、王者としてAEWの魂を守る闘いに負けた事実は未来永劫変わらない。

この深い失望はリアルだ。

頭で理解しても、心が納得を拒む。

この感情はリアルだ。

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アダム・ペイジは負けた。

眠らされたカウボーイが再び目を覚ました後、馬の鼻が向く先はわからない。

『転げ落ちても立ち上がれば良い』

そう言える日が来るのだろうか。
この燃えたぎる怒りと果てしなき虚しさが晴れる日は来るのだろうか。


長い付き合いになるはずだ。
今度は私の番なんだろう。

いつになっても構わない。
それでも私は待っている。

嘘くさく聞こえても、誰に笑われても。
もし仮に彼が一時でも諦めようとも。

私はより良く在ろうとし続ける。

馬に乗って。

その鞍と胸にCowboy Shitをぶら下げて。



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(5月31日追記)


アダム・ペイジ『AEW王者として過ごした期間を振り返ったよ。今それは終わりを告げた。みんなには本当に感謝してる。俺を支えてくれたことにじゃない。ビジョンを支えてくれたことに。栄冠や栄光を追い求めることじゃなく、互いへの愛と尊厳を持って接することに。Change The World.』

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