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AEW Full Gear レビュー(Kenny Omega vs Adam Page)


かつて、とあるプロレスラーに人生を破壊された。
かつて、とあるプロレスラーに人生を再生してもらった。
そして今、とあるプロレスラーと歩んでいくことを決めた。

この記事では、アメリカ時間2021年11月13日、日本時間同14日にミネアポリスにて行われたAEW秋のビッグマッチ(PPV)『Full Gear 2021』のメインイベント、AEW世界王座戦に関するレビューを行いたい。

とまあマッチレビューといっても、書き終えた今振り返ると私自身をレビューする極めて私的な文章になってしまった。
その理由については『ストーリー解説!』を謳っておきながら結局のところ「アダム・ペイジとダークオーダーと私」になってしまった以下の記事に詰まっていると思うので、予めご容赦いただければ幸いです。



AEWは年に四回ビッグマッチ(PPV)がある。毎大会凄まじい盛り上がりを見せるが、本大会も観客の熱気は素晴らしいものだった。

CMパンク7年ぶりの復帰戦、アダム・コール、ブライアン・ダニエルソンのサプライズ参戦等々。
言わば物量で攻めてきた前回のPPV『ALL OUT』にて発生したうねりとはまた異なる純粋なそれは、熟成されてきたAEW建国史が一つの頂点を迎えることを観客全員が理解し、その証人になる。あるいは共に作り上げるという自覚があったからではないだろうか。

そんなファンの夢と期待が詰まった一戦は、一本のVTRから始まった。


アダム・ペイジは馬に乗って会場前に駆けつけた。
ミネアポリスの広告ボードに流れる過去の失敗。
それらが目に入っているのかいないのか。
わき目も振らず、ただ確実に一歩一歩会場へ近づく。

そのまま会場に入りリングに向かうと思った?

二年前、初めての王座戦。
ベルトに指までかかったあの日。
ヤングバックスにセコンドを断られたあの日。
馬に乗って入場しなければいけなかったあの日。

あの日ならそうだった。
馬に乗って入場しなければ何者か示せなかった。
しかし今回、彼は会場の前で馬から降りた。

みんな、今日はいらないって言わなくてもわかってる。
俺たちは、Cowboy Shitは学んだだろ?

カウボーイであるために、馬すらいらないんだ。


"WE'RE PROUD OF YOU" -GRAPHICS TEAM

『君を誇りに思うよ、グラフィックチームより』

毎週ネームプレートの上部に様々な一言を残してペイジをいじりまくってきたグラフィックチームも、この日ばかりはこの一言つけて送り出した。

対する王者ケニー・オメガは髪色を黒に戻し、身体に片翼を纏って登場。
AEW旗揚げ後、不甲斐ない戦績のケニーに対してヤングバックスの二人はこう言っていた『お前はエリートだ。クリーナーだ。全てを始めた頃を思い出せ。』

これはペイジが全てを持つ者へ挑む闘い。
ラスボスとして今一度、片翼の天使として現れた。

エントランス口からリングへ。その道すがらケニーはとあるサインボードを見て立ち止まる。


『(飯伏)幸太が今の姿を見たらどう思うだろうな?』

ほとんど無表情のケニーの心中は私にはわからない。諦めを含んだ肯定にも、お前らはまだそこにいるのかと無関心を装ったようにも見えた。あるいはその両方か。

白と黒。はっきりとした色をその身に纏った彼の心は表現し難いグレー。そこには無い、もがれた片翼がケニーの物語をこれでもかと示している。

この間、ペイジは対角線でただ静かにケニーを見据えていた。

あと一つ、たった一つ勝てばいい。

ゴングが鳴った。














ずっと掴み損ねた王座をその手に。

アダム・ペイジは王者になった。AEW世界王者に。

あの日ファンに約束した自身の姿にようやく追いついた。
あの日セコンドに、傍にいてくれなかったヤングバックスの前で。
あの日一度敗れたケニー・オメガを倒して。
Bullet Clubに加入したあの日からずっと成れたはずの姿に。
そばにいるのはもうアイツらじゃないけど、新たな友人と共に長い長い回り道をして、ようやくHangman's Taleは動き出した。

レフェリーが三つ数えた直後、ペイジはケニーに何かを語りかけた。

ケニーに何と話したの?と記者から問われたペイジは答える。

『誰にも言うつもりはないよ』

知りたい。でも知りたくない。

ああ、今プロレスを見てる。プロレスを感じている。



喜劇、悲劇、成長物語、友情物語、etc. 

一つのフィナーレを迎えたペイジの物語をなるべく簡単な言葉で表したいと思うが、とてもできそうにない。これに取り掛かるまでに時間を要したのも、試合そのものについて全く語る事ができなかったのもそのためだろう。なるべくキャッチーに多くの人に届けたいと。でもどうやら難しいらしい。


そんな私にとってのHangman's Taleは『敗者』について語った物ではないと感じている。部分的にはそうだ。でも本質ではないのではないか。

全てを持つ者に挑む?ペイジだってどこまでいってもALL ELITEの内側じゃないか。そんな気持ちにならないわけではない。


"Anxious Millennial Cowboy"

訳すのならば『不安げなミレニアル世代のカウボーイ』と言ったところか。

アダム・ペイジを表すニックネームの一つだ。


誤解を恐れずに言うと、私は満たされている。
勉学も仕事も家族も友人も恋人も、そこそこ上手くやってきたつもりだし、今もそこそこ上手く進んでいる。特に不満はない。

でも不安だ。

それは人生への、ひいては世界の先行きに対するものなのか。何がそうしているのか、何で満たされるのか、今日も悩んでいる。日常に侵食して足が動かなくなるほどではない。あるいはそれすらも日常なのかも。

超人的なスーパーマンにも、悲劇の上に立ち闇と闘うバットマンにもなれない。トラヴィス・ビックルにも、タイラー・ダーデンにも、ロッキー・バルボアにもなれない。
いつか夢見て、今もどこかで求めているそんなものの総体。

自分の人生で訪れることはないんだろうと諦めていた。

この日、勝者にも負け犬にもなれなかった男が、遂に栄光と心の安寧を掴んだ瞬間を目にするまでは。


俺らはそうなんだよ、だからもういいだろ
完璧な瞬間なんてねえよ
転げ落ちてまた立ち上がる
転げるために挑戦する
この繰り返しだって

世代で括る必要はないともわかってる。ただ、同じミレニアル世代の先っぽの方で生きている私に彼は語りかけてくれた。少なくとも私はそう感じた。


共犯性の高さこそAEWの魅力であると思う。

そう。共犯性こそ私がプロレスという"エンターテイメント"を見続けている動機の一つであり、どうしようもなくAEWを愛してしまう要因。団体とレスラーとファンと私と。携わる全員で行う巨大な悪巧み。


『嘘から真を生む、真から嘘を生む』
その皮膜の美しさを求めて今日も彷徨っているだけ。
悲しいくらい自覚しているつもりだ。
プロレスはどこまでいっても創作物であるとわかってる。
実人生に必要なのか。そこに真実はあるのか。

ずっと笑われてきた。
(決着が決まってる闘いを見て面白い?)
(筋書き通りなんでしょ?)
(ああなるほど。歪みあってるように見えてこの人たちは『プロレスしてる』って事か。)
(いやぁそれだけ熱くなれるものがあって羨ましいなぁ)



あの試合から一週間と少し経った。人生はまた日常に戻っていく。
残酷って言えるほどヒロイックではないけど、まあ残念だ。
飛び上がるような出来事は特にないし、永遠にあの瞬間に浸っていたいとも思う。
変わったことと言えば、少しだけお酒の量が減った事くらいかな。



しかしペイジも次なる闘いに馬の腹を蹴った。相手はもう一人の『ベスト・イン・ザ・ワールド』ブライアン・ダニエルソンだ。


(『本当に』アルコホリックだったなんて信じてたの?)
(『本当に』全てを失っただなんて信じてないだろ?)
(『本当に』エリートと決別したなんて信じていないだろ?)

『ああ。でも全部信じてるよ。』

プロレスは嘘をもって真実を語る物語
真実をもって嘘を語る
嘘をもって真実を語る
ただのエンターテイメント

『プロレスは人生』

青臭く、耳が赤くなりそうだ。

それでも私は大きな声で叫びたくなる。

『プロレスは人生だ!』と。

一度見たら戻れない。積み上げられた物語は血となり肉となり私の中で生き続ける。

Cowboy Shit.  転げ落ちたら立ち上がれば良いんだ。

そう信じてる。だからこれからも彼と共にこう叫ぶ。


『アダム・ペイジはAEW王座を生涯守り抜く』

私は今日も嘘をつき続ける。
私は今日もプロレスに加担する。

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