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ビリー・ザ・キッド、真実の生涯―第9章


新しい仕事—明らかな改心—信頼できる友人—タンスタールの殺害—キッドの怒り—復讐—キッドがタンスタールの殺人犯達を殺害—ベイカーがキッドと会って最後の戦いをする

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タンスタールに忠誠を誓った後、キッドは「カウボーイ」として単調な生活を数ヶ月間送った。彼の態度を見ても、これまで彼の特徴であった恐ろしい悪魔のような振る舞いを誰も見つけられなかっただろう。彼はしばしば雇用主と一緒になって、強い友情と深い尊敬を持った。タンスタールもそれに完全に応じた。ビリーはマクスウィーンの住居に客としてよく歓迎された。タンスタールとマクスウィーンは、ビリーにとって信頼できる友人であり、彼は最後まで彼らに忠実であった。彼の人生は何事もなく過ぎていった。暴力行為と流血がしばしばペコス川やこの地域のその他の場所で起きたが、フェリス川沿いは静穏であった。キッドは血の味を忘れたかのようだった。

凋落した運命の子は、ここでそのつきを取り戻す[訳注:ウォルター・スコットの作品]。

彼は勤勉であったが流れのままに身を任せて満足しているようであった。それは嵐の前の静けさであった。

1878年2月、ウィリアム・S・モートン(保安官代理の権限を持っていたと言われる)はカウボーイからなる一団を率いてペコス川からタンスタールやマクスウィーンが所有権を主張している馬を差し押さえ始めた。タンスタールは何人かの雇われ者と一緒にその場にいた。モートンとその一団が接近してくると、タンスタールの男達はすべて彼を見捨てて逃げてしまった。後にモートンは、タンスタールは自分と一団に発砲したと主張した。いずれにせよ、モートンとその一団は、タンスタールを撃って彼と馬を殺した。さらに後に羊の群れを奪おうとして殺害されたトム・ヒルなる者が、うつぶせになってうめいているタンスタールに馬を寄せ、ライフルを後頭部に当てて発射し、脳味噌を地面にまき散らせた。

殺人は1878年2月18日に起きた。夜になる前にキッドは友人の死を知らされた。彼の怒りは恐ろしかった。復讐に駆られてビリーは仲間達のもとを馬に乗って離れた。その日から最期の日まで彼の足跡は強奪と流血に彩られることになる。

彼は悦楽、安楽、怠惰を投げ捨てて、彼の手でナザレ人を叩き起こした。その恐ろしい手を固く結んで不忠実な敵に向き合った[訳注:ウォルター・スコットの作品]。

キッドはリンカンへ向かってマクスウィーンを探した。ここで彼は、R・M・ブルーアーが特別保安官に就任して逮捕状を携えて一団とともにタンスタールの殺害犯を逮捕しようと動き出したことを知った。キッドは一団に加わって、ペコス川に進んだ。

3月6日、ブルーアーと一団は、ペコス川から6マイル(約9.6キロメートル)離れたペニャスコ川の下流の浅瀬で5人の男達と「遭遇」した。彼らが逃げ出したので、保安官の一団は追跡した。彼らは二つに分かれた。そして、キッドは、逃亡者達の中にモートンとベイカーがいるのを見つけた。2人は逃亡者達の先頭に立って道案内をしていた。丸々5マイル(約8キロメートル)にもわたって必死の逃亡と追跡が続いた。キッドのウィンチェスター銃は絶えず火を噴いた。彼の仲間達も何もしていなかったわけではない。しかし、距離があまりに遠く、走る馬が激しく動くせいで狙いを定めることができなかった。逃亡者達は無傷だった。しかしながら、突然、彼らの馬がほぼ同時に転倒した。彼らは負傷したかもしれないが、誰も茫然と立ち尽くすことはなかった。近くの平原に都合良く窪があって、避難できる胸壁として使えそうだった。そこから彼らは追って来る者達を二度も「斥けた」。まだ追跡者達は好都合な場所を見つけられていなかったが、追われる者達には二つの選択肢しか残されていなかった。すなわち降伏するか飢えるかである。

十分な話し合いの後、モートンは、もし一団が自分と仲間のベイカーをリンカンまで安全に護送すると名誉にかけて誓うなら降伏してもよいと言った。キッドは、約束を交わすことに反対した。タンスタールの殺人犯達の2人を手中に収めたと信じていて、彼らの血を渇望していた。キッドの主張は却下され、約束が交わされた。捕虜達は武装解除され、チザムの牧場まで連行された。キッドは先に馬に乗って進んだ。彼が馬に乗る時、「俺の出番がきっと来るさ」と呟いているのが聞こえた。

1878年3月9日、保安官と一団と捕虜達は、チザムの牧場からリンカンに向けて発った。一行の数は13人であった。2人の捕虜、R・M・ブルーアー特別保安官 、J・G・スカーロック、チャス・ボウディー、キッド、ヘンリー・ブラウン、フランク・マクナブ、フレッド・ワイアット、サム・スミス、ジム・フレンチ、ジョン・ミドルトン、そして、マククロスキーである。チザムの牧場から5マイル(約8キロメートル)離れたロズウェルで彼らは、郵便局で手紙を送る機会をモートンに与えるために立ち止まった。この手紙はバージニア州リッチモンドにいる親戚のH・H・マーシャルに宛てた手紙であった。 このお手紙のコピーは、マーシャルが郵便局長に宛てて返送したその後の手紙とともに著者が持っている。モートンはバージニアの上流階級の出身であり、彼の死を悼む多くの親戚と友人がいた。

モートンと一行は郵便局長のM・A・アプソンによく知られていた。 もし何か重要なことが起きたらそれに関することを親戚に伝えてほしいとモートンはアプソンに依頼した。 旅が危険だと理解しているのかとアプソンはモートンに聞いた。彼は理解していないと答えた。なぜならリンカンの当局に安全に送り届けると一団が約束したからである。しかし、約束が破られた場合、親戚や友人達に知らせたい。保安官の一団の一人であるマククロスキーは、すぐ横にいてそれを聞いて「ビリー[訳注:モートンの愛称]、お前たち2人に危害が加えようとするなら俺を最初に殺さなければならないだろう」と言った。

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