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東京行 本郷編

 2月9日から11日まで東京神保町で2泊していた。目的は就職活動の作文試験対策ゼミへの参加と合宿の息抜き兼本を見つけることだった。

 1月26日から2月8日まで続いたスキー部の合宿で溜まったフラストレーションを読書に全振りした。初日は文京区本郷にある本郷会館に集まり、作文を書いてゼミ数人で講評しあった。

 そこで何故か自分の作文を褒められた。表現力と構成が上手いのだというのだ。それまであまり自覚がなかったため、とてもいい気分になった。

 しかし、その後は次々とダメ出しを喰らう。特に作文の結論。オチが壊滅的で「尻切れトンボ」だと講師の方に言われた。鼻をへし折られた形だ。

 昨年春から書いてきた作文の腕は確実に上がってきた。最後のメッセージ性のあるまとめ方はまだまだと自分を戒めていく必要がありそうだ。

就活ゼミ後のイタメシ

 ゼミのあとお腹をすかせた私達は講師の方に連れられて近くのイタリア料理店に入った。「取り敢えず飲み物は?」。周りの学生たちが次々にビールを注文していた。

 私は下戸であるため、やむなくオレンジジュースを頼む。流石イタリア料理の並ぶ席。オレンジジュースの色も何故か明るく地中海を彷彿とさせた。

 乾杯のあとに次々とピザ、パスタ、サラダ、ガーリックトーストなどが運ばれてくる。お酒を飲んでいないため、周りに遠慮なく食べ進められる。

 隣に座る女の子が気を遣って食べ物をよそう。自分は自分でよそおうとするが、断られる。今思うと物凄く守旧的な感じがした。どこかその動きに違和感を抱いた自分もいた。

 だから私は代わるようにして、周りに食べ物を勧めてよそう役を得る。だが何故か断られ講師の方に食べ物をよそうことに徹した。

 飲み話は必然的に就活へ繋がる。学生の選考状況や就活アドバイス、企業についての話が主になった。

答えづらい話と自己矛盾

写真=東京の朝

 別に意図していたわけではない。自慢したいわけでも、自己との差別意識があったわけではなかった。

 選考状況についての話になり、ある新聞社がエントリーシートで多くの志望者を落としていた事実を知る。その場には私以外通過者はいなかった。

 「正直に話すべきなのか」。迷った。就活仲間にどこからが自慢でどこからがマウントに捉えられてしまうのか怖かった。結局その時は料理を口にしながら頷くだけだった。

 帰り道。ふと忘れていたかのように講師の方が私に選考状況を聞いてきた。「通過しました」と答えると周りの学生にしきりに驚かれる。

 そこには聞かれたことを嬉しがり心の奥底で冷たくニヤける自分がいた。自分自身が気持ちが悪くて最悪の気分だ。

 どこか忘れがたい感覚でもあった。他人を下に見ること、蹴落とすこと、自己顕示欲を示すことが善意と社会正義に矛盾した形で心に住み着いていた。

帰り

 解散後神保町のドミトリーに帰る。本郷からなら歩けば新宿線一本なのだが、いかんせん駅から遠い。近くの都営三田線に乗って他の学生たちと大手町で別れた。

 駅のホームに降りて振り返るとドア越しにみんなのふる手がどこか温かい。自分の冷たい内心を省みた。

 そこから半蔵門線に乗る。直前に神保町への電車の乗り換えを教えてくれた優しい学生がいた。言葉にしたがった。

 駅から10分掛けて宿に着いた。ロビーにあるカフェには中国からヨーロッパまで幅広い国の言葉が飛び交っていた。

 そんな中の一席に座り、セルフサービスの紅茶を淹れてスマホでズームを開く。残り16パーセントしかない携帯で今度は別のオンライン作文ゼミに参加した。

 ミュートを切るとしきりに英語が入るらしい。相手は言葉を聞き取れない。画面越しにいつも話す人の声がする。コントみたいな会話。笑えて優しくてどこか自分と似ているところがある。

 見知らぬ地にいる自分には心強かった。矛盾した心を和らげる時間にもなったようだ。作文は数時間前に言われたこととそれほど大きく変わらない。

 自分の「いつも」を知っている人だけに、おだてたり強く否定したりしないのが嬉しかった。同時に甘えている自分はもう少し大人になりたいとも思った。

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