雑記18 最近観たホラー映画15ーー「ヘレディタリー/継承」ーー

 「ヘレディタリー/継承」は非常に良くできた作品で、まあ結構怖い。正直、また悪魔かよって感じだが、Jホラーも幽霊ばかりだからあまり変わらない。「ローズマリーの赤ちゃん」を洗練させた作品で映像もいい。9点の価値はある。本作は様々なオカルト知識で溢れているが、主たる解説は他サイトにあるので、ここではより細かいネタを考証する。
 作品末尾に登場する男性像は明らかにイエス・キリストで、そこから荊の王冠を取る行為は王位の簒奪と読め、パイモンを永遠の王としての顕現を暗示する。また三位一体を拒絶する信者達が三角形(後述する魔法陣および最後の土下座のシーンに見られる)や3人の女性の首といった3を重視するのもキリスト教の聖性を反転させる意味合いがあると思われる。悪魔に関する伝承や儀式の多くはカトリック儀礼の悪質なパロディなのだが、本作でもその方向性が貫かれている。
 作中で語られるパイモンは『ゴエティア』、ヨーハン・ヴァイヤー「悪魔の偽王国」、アブラハム『術士アブラメリンの聖なる魔術』などに登場する悪魔で、ルシファーに篤く忠誠を誓うという。本作に、彼を北西で見つけた、という旨のセリフがあるが、それは「悪魔の偽王国」にある、パイモンを召喚する際は北西、よりよいのは北を向くことでそこに彼の住まいがある、という記述を参考にしていよう。他の書籍では、『ゴエティア』が北西を統治するとし、20世紀のフレッド・ゲティングス『悪魔の事典』によれば『エノク書』関連文献が西方の支配者としている。その姿を女性の顔をした男性とするのは『ゴエティア』以外のグリモワールに見られる他、近代になって出されたコラン・ド・プランシ―『地獄の辞典』でも同様に記されている。地獄の八王の一角というネタは、パイモンを地獄の八王子(The eight sub-princes)とする『術士アブラメリンの聖なる魔術』と、『地獄の辞典』にある、地獄の王、という解説を参考にしたか。また、『ゴエティア』、「悪魔の偽王国」、『術士アブラメリンの聖なる魔術』、『地獄の辞典』、『悪魔の事典』の何れにもパイモンが富を賜うとはなく、他の文献に基づいた可能性はあるものの、オリジナル設定だと考えられる。このように本作のパイモン像は複数の文献に基づいて構築されている。
 ところで、本作には三角形の魔法陣がたびたび登場し、その中心にピーターの写真が置かれていたが、最終盤でパイモンがピーターの体に宿ることから、この魔法陣は悪魔を憑依させるための術式を意味すると考えられる。似たような儀式は20世紀のオカルトティスト、アレイスター・クロウリーによって行われていて、彼の著書『霊視と幻聴』によれば、三角の魔法陣の各頂点で鳩を殺すと、魔法陣の中にコロンゾンという悪魔が現れるが、コロンゾンが自由を得ないようにするため犠牲者の喉を切り、その血を三角形内に撒く必要があるという。顕現したコロンゾンは「ザザス、ザザス、ナサタナダ、ザザス」と叫び、脈絡のない戯言を言いまくってから召喚士によって退去させられた。Zasas(ザサス)は本編に登場する不可思議な単語であり、前述の通り、コロンゾンの話した言葉である。冒頭でチャーリーが鳩の首を切り取ったことやエレン、アニー、チャーリーという3人の女性の首が切断されること、また三角形の魔方陣を用いた召喚術はクロウリーの行った儀式をなぞらえているのであろう。このように本作の召喚術は『霊視と幻聴』を踏まえていると考えられるが、そうなると一つ疑問が生じる。コロンゾンを呼び出す術で果たしてパイモンが召喚できるのか。筆者の考えはNOである。実在のオカルト知識を多く取り込んだ本作で召喚対象だけ変わっているとは考えにくいし、こっくりさんの都市伝説にもあるように降霊術で望まないモノを降ろしてしまうことは馴染みの展開だからだ。こじつけめくが、エレンのファミリーネームであるLeighの発音はCowleyの語尾と同音である。つまり、エレン達はパイモンを呼び出そうとして、クロウリーの遺した魔術を使ったが、コロンゾンの召喚術だったためパイモンではなくコロンゾンが召喚されたと考えられる。『霊視と幻聴』によると、コロンゾンは拡散を本質としており、それゆえ思考に脈絡はなく、発言は嘘ばかりである。こうした性質は、知識を授けるパイモンとは真逆のものであり、パイモンの降臨を信じるエレン達の儀式は皮肉な結果に終わったと言える。恐らく悪魔信者の愚かさが表されているのだろう。方式の大切さを説く点は科学教育の重要さを語っているのかもしれない。オカルトにも科学リテラシーは必須なのだ。それにしても信じる対象が何者かよくわからないというのはキリスト教でもあることで、唯一神は人智を超越しているため正体不明なのである。なにせ人には理解できないのだから。悪魔の取り違えも、アンノウンを崇めるがゆえに起きた事故で、宗教自体を皮肉っているとも読めよう。


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