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お客様インタビュー・角谷諭三郎さん(会社員) 前編

角谷諭三郎(ゆさぶろう)さんは、トランぺッターの原朋直さんがライブのMCでありまさについてお話して下さったことで当店を知り、その後すぐに訪ねてきてくださいました。
奥様とともに、開店当初からのお客様です。

20年に渡り原さんにトランペットを習っていらっしゃるとのことで、原さんを「生徒さん目線」で見るとどうなんだろう?
と思いインタビューをオファーしました。

原朋直さんのインタビューはこちら⇩

お話は原さんのレッスンについてのみならず、
トランペットという楽器の難しさ、奥の深さ、趣味の持つ偉大なパワー
そして
ジャズの底知れない楽しさ、自由さ…

多岐にわたりました。

角谷さんは東京大学をご卒業後、総合商社に就職され、定年後も再雇用契約で働いておいでです。そんな傍から見たら恵まれた環境にいらっしゃる方がどうしてあえて習得の難しいジャズ トランペットに四苦八苦しながら取り組み続けるのか…?
時折お話を伺うと練習は楽しいというより苦しそうだし…?
はじめはとても不思議でした。


練習の帰りにありまさに寄って下さったりするのですが、
「思ったように吹けることなんて滅多にありませんよ…」
「今週も原さんのレッスンで全然できなくて…」

角谷さんはお話を「盛る」方ではないので、きっと本当にそうなのだろうな、と頷きながらも、
なぜそんな苦労をご自分からなさるのかしら…と疑問に思っていました。

でも今回お話を伺ううちに様々な謎が解け、
角谷さんを改めて尊敬するとともに、ジャズという音楽のパワーに驚愕している自分がいました。

インタビューをまとめつつ、私はピクサー映画の「Soul(邦題・ソウルフル ワールド)」を思い出していました。
ジャズ ピアニストになる夢があと少しで叶いそうな音楽教師が事故に遭い、魂の世界へ…そこでこれまでの生き方を振り返りつつ人生の意味を問うというお話。
角谷さんはこのアニメの主人公のように、ジャズとは、生きるとは、と真剣に考え続けていらっしゃるのです。

楽しくコミュニケーションしたい!
自由に、生きたい!!

そう願うすべての方にお読みいただきたいお話です。

☆☆☆☆☆

角谷
初めてトランペットに触れたのは26歳の時です。
それまでにも音楽っていいな…と思ったことはありましたが、私は音楽を聴きながら本を読んだり、勉強したり仕事したりできない。
狭い家に兄弟4人と両親で暮らしていたので、大きな音でラジオなどを聴くことへの遠慮もありました。音楽よりもぼんやりと雨の音、風で揺れる木の葉の音、虫の音、遠くから聞こえる電車やお寺の鐘の音を聞く方が好きでした。
大学生の時にジャズ喫茶に行ってみたんですが正直よく分からなかった。楽しいと思えませんでした。

大学を卒業して総合商社に就職し、3年目にサウジアラビアの海水淡水化プラントの建設現場に派遣されました。プレハブ宿舎の娯楽室にトランペットと教本があって、それで他のエンジニアと一緒に遊びはじめました。

翌年父が死んで、葬儀のために一時帰国した時に、お茶の水の下倉楽器でトランペットを買って現場に持ち帰りました。
教本はありましたけど、当然自己流です。音もほとんど出ない。

サウジアラビアに行く前だったか戻ってからか、銀座Swingに時々行くようになりました、。アメリカから戻ったばかりで元気いっぱいのMALTAさん、クレイジーキャッツ、ネイティブサン、向井滋春さんなどを聴きました。何をやっているのかさっぱり分からなかったけれど、楽しかった。

で、せっかくトランペットを持っているのだから習おうと30代のはじめに「ケイコとマナブ」で見つけた下落合のアルル音楽学園(現・アルル音楽教室)に入学しました。

週に1回、30分の個人レッスンを受けるのですが、
「自分の良いイメージ、良い音で吹けばいいんだよ」
と言われましたが、何が良い音か、良いイメージなのか分からない。
そもそもトランペットをどうやって持ったらよいのかもわからない…。
質問すればよかったのかもしれないけど、それもしなかったし練習もしなかったので、何年経っても全く吹けるようになりませんでした。

そういうするうちに大崎のアイリッシュパブの「シャノンズ」にあったチラシを見て日比谷野音に「アルタン祭り」というライブを聴きに行きました。
ライブの最後に出演者全員がステージに上がってセッションをしました。
ケルト音楽、ジプシー音楽、バスク音楽のミュージシャン達が楽譜無しで他の人の演奏に反応して音楽をその場で創っていく。楽器で会話している! 興奮しました。2000年の5月39歳の時でした。

翌年だったかな、知人が
「青山学院大学の近くでサラリーマンが楽しそうにジャズを演奏している。一緒に行こう」
と誘ってくれて、
「SEABIRD」の第2金曜日夜のセッションに聴きに行きました。
ここは神戸大学のジャズ研のOBが企業に勤めながら月1でセッションをしていて、何だか楽しそうでいいなあと思いましたね。
定年までにこういうことができるようになりたい、と思いました。

その後YAMAHAの原さんのクラスに入るわけです。
アルルでトランペットを習っていたけれど、初心者同然。
普段練習もしていない状況で原さんと出会いました。42歳の時です。

女将
やはり、原さんという有名トランぺッターに習いたかった?

角谷
いえ、当時は原さんが誰か、どんな人かは知りませんでした。
原さんの演奏を聞いたこともない。名前も知らなかった。
名前を聞いたことがあるジャズ・トランぺッターはCMで見たことがあるマイルス・デイビス、日野皓正さん、近藤等則さんぐらい。
でも「SEABIRD」で演奏していた人達への憧れがあって、あんな風にジャズを楽しみたい、楽しめるようになりたい、という気持ちがありました。

新橋から銀座方向に歩いていて、たまたま生徒募集の看板を見つけたんです。駅から徒歩1分の『ミュージックアベニュー銀座アネックス』
一度通り過ぎたんですが…、
当時のアルルにはジャズのトランペットを教えてくれる人はいませんでしたし、 この機会を逃したらジャズのトランペットを習える機会なんてまずないだろう、と。
これを逃してはいけない、と引き返しました。


受付の人に
「まったくの初心者なんですが…」
と言ったら、
「音が出れば大丈夫ですよ」。
何もできないけれど初心者OKと書いてあるし、手取り足取り教えてくれるんだと…

女将
ああ…

角谷
そうです(笑)、入ったら全然違っていました。
私が期待していたようなトランペットや音楽の初心者向けの説明がほとんどない。
入った時は講座の2年目でした。
1年目だったら懇切丁寧に説明してもらえたかというとそうでもないと思いますが、
原さんは
「ジャズは自分で創るもの。『こうしたらよい、これはダメ』と先生が言うと生徒の創造を邪魔する。だから、良いとか悪いとかは言いません」
本当に何も言わない。

女将
洗足(学園音楽大学)ならともかく(笑)

角谷
原さんの理想と、音楽経験ゼロの人との隔たりがすごくある。
その隔たりを埋めるものが全く、示されないように当時の私は感じました。
「ここでは時間が無いからトランペットの吹き方を教えることはしません」
「ジャズの演奏に正しいとか間違っているとか、良いとか悪いとかはありません。あるのは自分にとって気持ち良いかどうかだけです」
「ジャズは歌です」
「ジャズは自由です。何をやっても良いのです。ドレミファソラシドの中の12の音のどれを使っても良い」

って言われてもね…良いも悪いもまず音が出ないんだし…。

「歌う」ってSEABIRDで演奏している人たちも言っていたけれど何をすることが歌うことなの?
具体に手や足や頭のどこをどう使ってどうすれば歌が作れるの?

女将
ですよね。分からないところをアルルで補完する感じですか?

角谷
いえ。アルルの先生はクラシック出身でしたし、中学生の時から「人に質問したり話しかけることは、相手の時間を奪うことだ」と思っていて分からない事は先生に質問するのではなく本を買って調べるのが私の勉強方法でした。
焦りまくってSEABIRDの2金セッションのトランペッターの方に教えて貰ったJamey Aebersoldの「PLAY-A-LONG」という伴奏CD付教本を山野楽器で何冊も買って取り組んだのですが、音が出ない私には歯が立たず…。高かったのに。豚に真珠、猫に小判でした。

アルルでも原さんのレッスンでも、当時はとにかく音が出なくて。
中音がやっと出るくらいで、低音も高音も出ない。ブルースのコード進行、ブルースの音階といった基礎の基礎の教材プリントを渡されて今度はこれこれを覚えてましょうと言われるんですが、書かれている音が出せない。
写真付の初心者向けトランペット教本を見ながらこうかな、ああかなと自己流で練習しました。仕事関係の付き合いの殆どを断って練習しました。でも間違った持ち方、間違った吹き方だったので数年後には唇が振動しなくなり
中音も出せなくなってしまいました。教材を覚えるどころか顔の筋肉がこわばって笑うこともできなくなりました。

原さんのレッスンは月に1回1時間のグループレッスン 、正味50分ほどです。進め方は20年間ほとんど変わりません。
前半はブルース
を、その日に決めたキーでひたすら回す。
回すというのは、伴奏アプリに合わせて原さんも入れてリレーのようにアドリブを吹きます。数年前からは2コーラスずつ吹いて、その後は伴奏無しに2コーラスずつ順番に吹いています。1コーラスはブルースの場合は12小節です。
後半はジャズのスタンダード曲。年に2~3曲。全員でテーマ(楽譜に書かれているいわゆるメロディ)を吹いて、それから一人ずつアドリブを回していく。
That's all(笑)。ブルースもスタンダード曲も自分で考えたアドリブを吹かなければならない。

レッスン中に「質問は?」と聞いてくれますが、初心者なので何を聞いたら良いかも分からない。
20年間に4回ほどメールで質問したらとても丁寧な返信、回答をもらいましたが。

新曲の時は曲の解説、いわゆるアナライズをしてくれます。例えばここは転調します、ここは転調してるように聞こえるけど「セカンダリー ドミナント」と言って転調してないですよ、とか教えてくれるんですが、では「セカンダリー ドミナント」とは何なのかの詳しい説明はない。
自分で調べて、考えないといけない。ネットや市販の教本で調べても良く分からない。

はじめはキーって何?
コード進行って?

と全然分からないし、ブルースも本で調べると色々なコード進行があってレッスンでのコード進行とは違う。でも違う理由が分からない。
楽譜にコードの名前しか書かれていないブルースではテーマを崩してアドリブを作ることはできない。コードって和音ですよね。トランペットは同時に複数の音が出せない単音楽器で和音は出せない。私はピアノやギターが弾け
ないのでそれぞれのコードの響きやコードの動きをイメージすることもできない。ジャズをろくに聴いたことがなかった自分の引き出しは空っぽ。どうすればイメージが湧くのですか、と繰り返し原さんに聴いても禅問答(と当時は思いました)。

分からないことだらけだし、自分の順番が来たらどうしようということで頭はいっぱい。

私はアルルでも拍子感(リズム感)がなくてすごく苦労していて、
アルルの発表会の疑似的なビッグバンドでもリズムが全然つかめないから、一緒にやってるトランペットの人にすごく怒られたくらいで(笑)、
もう何が何だか、混乱しているうちにいつも1時間が終わっていました。
レッスンの録音を聴いても原さんが何をやっているのかさっぱり分からない。

原さんは常々「楽譜を見ないで吹けるようになりましょう」と言うんですが、そんなこと言われても覚えられない。レッスンで渡された楽譜をトランペット用に移調するためのピアノとトランペットの対照表をエクセルで作成したり、ブルースのコード進行を12キー分、自分で書いたり…。

チェロキーをやった時も
「これは早いテンポだから大きく捉えます」
とか言うんですが、
「大きく捉える」
の意味が分からない。

「4分音符だと間に合わないから2分音符で」
と言われても何のことか分からない。
ずっとそんな感じです。

後から分かりましたが、私は1年目になぜかジャズの経験者のクラスに入ってしまっていたようで、原さんもさすがに見かねて、翌年か翌々年に今のクラスに替えてくれました。

女将
率直に言って、よくおやめにならなかったなと思います。

角谷
やめてしまう人もいます。
社会人のクラスだから、仕事との兼ね合いとか、理由は様々だと思いますが。

辛かったのは発表会で、これはヤマハの3年目、4年目に開催されたんですが(2006.2007年)、プロのトリオと演奏するわけですが、何をやったらいいのか分からない。
ゆっくりのテンポで、コードが3つくらいの曲なら吹けるかもと思ったけれどまずテーマが吹けない、ましてアドリブなんて無理。
途中で何も出来なくなって、「もう出来ない、吹けません」。
ただ立ち尽くしていました。

発表会のプログラム(2006年)
発表会のプログラム(2007年)

正直にっちもさっちもいかなくて、諦めてしまった時期もありました。
原さんの言うことは今は全く正しいと思うし、途中からもそう思っていました。
「ジャズはアート。自分で創るんだ。自分の絵を描くんだ」
本当にそうです。

原さんは教えている大学でも
「基本フレーズを覚えよう、基本リズムを覚えようなんてことに高いお金を出す必要はない。そこは自分でやればいい」
と、カリキュラムを大きく変えたそうですし、筋は通っている。
1つの曲やフレーズを12キーで全部吹けるようにするとか、そんなことはやらないと。※(末尾に原さんからの注釈があります)

正しい、正しいんですけど、その正しさは初心者には厳しいですよ。
ようやく「あばば」と言い始めたばかりの幼児に
「小説を書くには自分のイメージが大事です。いくら文豪の文章をコピーしても小説は書けません」
と言っているように聞こえてしまう。

女将
テキストを読み漁って自習する、アルルに行く、YAMAHAに行く…と。ものすごい努力ですね。

角谷
もちろん本を読んで理解できても、吹けるようになるのはまた別の問題です。
はじめは音が出ない状態で読んでいますから、何冊も挫折しました

挫折するんだけど…でもそれくらいしかできないわけです。
レッスンを受け続ければ続けるほど、出来なかった曲だけが増えていくんです。期待していた楽しさ、達成感はどこ?
でも原さんのレッスンを辞めたら、もう二度とここには戻れない、ジャズの楽しい世界に行けない…と必死でした。

2007年のはじめに、アルルの先生が代わりました。
新しい先生にトランペットの持ち方から、上半身や腕や唇のどこに力が入っているのか一つ一つ教えてもらって正しい音程が出るようになって、音域も広がってきました。
先生との相性も良いのでしょうね。クラシック出身の先生なんですが、去
年の夏からはジャズに引き込もうと企んで、私のレッスンでは模範演奏付のジャズ教本を使ってもらっています(笑)。
時間を掛けてトランペットの基礎技術を少しずつ身に着けていくうちに、ブルースなら少しずつフレーズが出てくるようになりました。
4拍子の感覚とか、4拍子の中の裏拍とかも、少しずつ分かってきた。

そうすると、以前は全く歯が立たなかったテキストに改めて取り組めるようになりました。
池田篤さんの監修で、トランペットを岡崎好朗さんが吹いているCD付の教本「ザ・ジャズ道」3冊シリーズに取り組んでみました。
出来そうだなと思った曲を集中して練習しました。
それで「バイバイ ブラックバード」とか、あ、なんか出来るかもしれない…と思うようになってきた。

女将
原さんのジャズのスタートも、高校時代の「完コピ」でした。

角谷
最初はゆっくりのテンポ100でも辛かったわけですが、
120とか140とかの曲でも楽譜に書いてある通りなら時折吹ける日もある、そんな風になってきました。

2014年の3月に思い切ってSEABIRDの2金セッションで1曲吹かせてもらいました。顔から火が出るような思いでした。
4月にヤマハ銀座での納浩一さんがホストのセッションに参加したりして準備を重ねて、秋に行われたアルルの発表会で初めてアドリブを吹きました。 
テーマの楽譜とコードの音を書き込んだ楽譜の二枚を見ながら必死に吹きました。

女将
伺っているとまるで修行のようにも聞こえますが、お仕事もなさりつつ、どうしてこんなに頑張れたのでしょうか?

(つづく)

※原朋直さんからのコメント
誤解のないように注釈させて頂きます。
上記の練習がダメということではありません。大学では
「そういうことは自分で考えて、いろいろやってみれば良い。大学はやり方を教わるところではなく、自分の制作や研究をする場所。多くのアーティストたちは先人から様々なヒントを得たとは思うが、基本的なところは自分で発見し、努力を積み重ね成長した。大学の教員や仲間は自分と同じ研究者なのだ」
と伝え、学生とともに研究しています。

そもそも、私自身、初心者の時から基本的に自分でやり方を見つけ、発展させてきました。その過程で素晴らしい先人たちからヒントをたくさんいただき、でもやはり自分で噛み砕いて糧にしていくということをして、それが身になったと思っています。

他人の言う通りにやるのではなく、自分で考えて決める、自分で切り開くのが大事だということです。

■銀座swing

■シャノンズ(大崎)

■ジャズ喫茶・シーバード(青山)

■アルル音楽教室

■ヤマハミュージックスクール



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