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新しい詩「小舟」



『小舟』


私は この白い紙のうえに
舟を浮かべる
櫂の雫も
血の くれない

私は この小舟で
めざしている
暗い空の河の
一つ星を

雲に塞がれているけれど
私には 見える
雲間の光が

それは それは
眩しくて
昏い

ドアを 叩いて
強く 叩いて
開かないことを嘆くばかりで
思いきって ノブをまわして
引いてみることをしない
そんな愚か者のように
私は 愚直に
ペンを持つ
ペンを持つ

いつか 母が
ショウウィンドウに飾られた
ウェディングドレスを見て
「あんたも こんなん
 着るようになるといいな」
そう言ったときの気持ちが
今なら わかる

そして、
誰よりもウエディングドレスを着たがっている
あの子の誕生日が
おとずれるのを
怖れる

なぜなのだ
あの子が幸せになることを願いながら
あの子を遠ざけなくてはならない
あの子が自分の足で立つために

櫂の雫も
血の くれない

血を分けた者だから
分かたれない

今年 あの子は 四十三









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