ウマ息子

1 私の学生時代に「ダービースタリオン」という育成ゲームがあった。今のようにネットの攻略サイトもない時代で、どうすれば凱旋門賞を勝てるのか?全く分からず、何回かプレイしたものの最後は投げてしまった記憶がある。ただ、このゲームをきっかけに競馬に興味を持って、上京したら一度は競馬場に行ってみたいと思っていた。

 それから幾ばくかの月日が流れ、受験は何とかクリアする事が出来たので、大学生活が落ち着いたある日曜日に府中競馬場に行った。
 その日私の印象に最も強く残ったのは、パドックで間近に見える競走馬の息遣いでも、スタンドの大観衆でも、手に汗握るレース展開でもなかった。
 全レース終了後、興奮冷めやらぬ競馬場を出ると、入る時には全く気付かなかったが目の前には質屋が軒を連ね、それに向かって脱兎の如く駆け込んでいくオジサン達の真っ青な顔が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
 そう、賭け事は本当に恐ろしい。その日のオジサン達の印象があまりに強烈過ぎて、私はその後一度も賭け事に手を出していない。パチンコや麻雀はおろか、サッカーくじにすら手を出したことがない。

 論理的に考えても、賭け事は必ず胴元が儲かるようなシステムになっているからこそ、(合法非合法を問わず)賭場が存続しうるわけで、金を儲けようと思うのであれば、博打に手を出すのは合理的とはとても言えない。
 
2 さて、それから幾星霜。今「ウマ娘」というソーシャルゲームが流行している。BJJの稽古を始めるまでYOUTUBEという名前は知っていても、実際に見た事はなかった私である。「ウマ娘」によって「ソーシャルゲーム」がどういうものか始めて知った。
 なぜウマ「娘」なのか?「ウマ娘」は人間と「ウマ娘」の間に生まれた存在らしいのだが、「ウマ息子」はいないのか?等々その設定に色々と疑問はあるが、実際にプレイしてみると、古の「ダービースタリオン」と比べてもよく出来ていると思う。
 私の場合「課金」というシステム自体が良く分かっていなかったので(単にケチなだけかもしれないが)、今日まで無課金で通しているが、「ヘビーユーザーは月に10万、100万と課金している」と何処かで読んで、本当に驚いた。
 私が子供の頃は、周囲の大人達を見ていると「暇人は金がなく、金持ちは暇がない」という法則がある程度妥当していたように思う。だが、どうもこの経験則はソーシャルゲームでは当てはまらないらしい。自分で稼いだお金をどう使おうとそれは個人の自由(な財産権の行使)であるが、ゲームのデータに100万円も蕩尽出来るほどの財力のある人が、ゲームをやる時間的余裕がある事に強いショックを受けた。
 馬券は外れれば、紙屑にしかならない。ソーシャルゲームは、サービスが終了すれば、あるいはゲームを止めてしまえば、紙屑すらも残らない。紙屑にすらならないデータに躊躇なく月100万円も使える人が存在するという事実に、今の世の中における富の分配は私が子供の頃に比べて明らかに不公正になっているのではなかろうか?と考えさせられてしまったのである。

3 検索サイトで「ウマ娘」と入れてサーチしてみたら、「絶対バズるYOUTUBEの作り方」という記事が出てきた。
 「バズる」という言葉も謎だったが、どうやら「一気に話題になる」という意味らしい。


 その記事に目を通すと、「バズる」には、誰を視聴者層に設定するか、同じジャンルを扱った他の動画とどうやって差別化を図るか、等々の条件をクリアする事が必要らしいのだが、結びに「そのコンテンツでそもそもお前が何を伝えたいのか?」を明確にする事が高収益の条件だ!という言葉が書いてあった。
 その記事を書いた人物の作成した「ウマ娘」の動画サイトのリンクも載せてあったので、開いてみたら1年以上前から更新が止まっている。どうも収益化には失敗したようだ。

 ブラウザでその動画サイトを開くと、横に「ウマ娘」関連のお勧めサイトが山のように表示された。動画を逐一チェックするまでもなく、タイトルをざっと見ただけで、「ウマ娘」の攻略情報から元ネタとなった競走馬の解説まで、相当の数のチャンネルがあるらしい事が分かった。
 「ウマ娘」に限った話ではなく、YOUTUBERの作成する動画全般に言えることだと思うが、動画が扱う対象となるジャンルが有名であればあるほど競争は厳しいのだろうと思う。まして、そのジャンルがソーシャルゲームのようにいずれは「サービス終了」という終わりがあるものだとすれば、一時期YOUTUBERとして一儲け出来たとしても、それで生涯食っていこうというのはかなり危険な賭けだと思う。
 YOUTUBEのチャンネルを開設して、広告で収益を上げるには、動画再生数1万回とかチャンネル登録者数1000人とかいう最低限の基準があるらしいのだが、私が以前作成を手伝った「営利を目的としない」サイトは、未だに一円も広告収入が入っていない(だから、その取り分で揉めることもない)。
 
 どういうジャンルを対象に、どういうコンテンツを作成すれば稼げるのかは私には全く分からないが、それでもこういうチャンネルなら私は応援する、というのはある。
 勿論、私が応援する気になるだけで、他の人も皆そう思うだろうと言うつもりは毛頭ないのだが、同じジャンルを扱った、同じようなコンテンツであっても、そこに他と差別化を図る工夫ないし作成者の強いメッセージがあるかどうかである。

 柔術の場合、毎日のように道場に通っていると世の中の大多数の人は柔術に興味関心があるかのような錯覚に陥る事もあるが、実際はその全く正反対で、世間の99%の人は柔術の存在すら知らない。
 BJJを今現在練習している人を対象に「去年ムンジアル(世界選手権)を制した人の名前を挙げて下さい」と問えば、一人も答えられない方が半数以上だろうと思う。
 それくらい柔術がマニアックなジャンルであるせいか、BJJを対象にした日本語のYOUTUBEチャンネルの大多数は収益化を目指していないと思う。道場の宣伝目的でYOUTUBEを使うのも表現の自由のひとつなので、それはそれで全く構わない。むしろ、チャンネルを収益化するために会員への指導をなおざりにするようでは本末転倒だと思うから、このままBJJのチャンネルは今の平和な状態が続いて欲しいと願っている。
 

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