プログラップリングの隆盛から見た日米の柔術シーン比較論

1 私は打撃に関しては全くの素人なので、総合格闘技(MMA)の試合は一切見ない。それだけではなく、どこの団体とは言わないが、ユーチューバーだの有名人の息子だのと言った話題性だけで選手をリングに上げて興行を盛り上げようという風潮は、プロを目指して真剣に練習を重ねている総合格闘家の卵たちに対する侮辱であるし、観客の見る目を馬鹿にしているようで好きになれない。
 また、私個人が「公式試合に勝つ事」に興味がないせいもあって、BJJのギの試合もほとんど見ない。トップレベルの選手の技術は見てマネできるようなモノでもないからでらある。
 だが、そんな私でもWHO'S NUMBER ONE(以下「WNO」と称す)を始めとするプログラップリングの試合だけは見る。
 コロナパンデミックを物ともせず、WNO(アメリカ)を筆頭として、Polaris(イギリス・注1)、BJJSTARS(ブラジル)等のプログラップリングの試合は右肩上がりの成長を続けている。
 本稿では、WNOにターゲットを絞って、プログラップリングの隆盛から見た柔術シーンの日米比較を試みたい。

2 WNOの基本的な特徴は、①20分~30分(無制限という事もある)という長い試合時間②サブオンリーのポイント無し(但し、タイムアップの場合は勝敗は判定による)③試合の勝敗が賭けの対象となっている点にある。
 20~30分という長丁場でサブミッションを取らなければ勝ちにならないとなると、自ずから一本に辿り着くまでのプロセスが緻密になって来る。少なくとも、力任せにぶっこ抜いてアームバーでタップを取ると言った雑な試合にはまずならない。また、攻守が頻繁に入れ替わるため選手たちがディフェンス技術にも非常に重きを置いているのが分かる。BJJをやった事のある人なら分かると思うが、20~30分もリミッターを振り切って、攻め続けるという事は普通の人間には不可能である。単なる「勝ち負け」を超えて、それに至る過程にも随所に見所がある。
 そういう試合自体の面白さに加えて、試合が賭けの対象となっている事が観客の試合を見る目が肥えている一因となっているように思う。
 WNOの試合の前夜になると、YOUTUBEに試合の予想屋(昔場外馬券売り場の傍にいた人々とやっている事は似たようなものである)が出現し、試合当日には試合動画ではなく、試合を見ている当人の動画をライブ配信したりしている。
 自分の身銭を切って試合を見るとなると、試合に対する見方は当然変わる。賭博の功罪の話は抜きにして、上述したYOUTUBEの動画を見ていると、彼らはWNOの観客ではなく、選手と同じイベントの参加者であるという意識が非常に高いと感じる。
 私がWNOを見ていて「観客のレベルが高いなあ・・・」と思ったのは、ゴードン・ライアン(注2)とマテウス・デニス(注3)の試合を観戦した時である。
 ゴードンがマテウス相手にマウントを取った後、マテウスがブリッジやエビを駆使して5分かけてマウントを脱出した時に、解説のシャンジ・ヒベイロが「ゴードンのマウントから逃げた奴を見たのはマテウスが初めてだ!」と興奮し、そのエスケープ一つに会場が大喝采を送っていた。BJJの公式試合であれば、マウントからエスケープしても1ポイントも1アドバンも入らない。だが、ゴードンのマウントキープの技術の高さを知っていればこそ、観客はそこから脱出したマテウスの技術を正当に評価したのである。
 これに対して、「観客の見る目がないなあ・・・」と思ったのは、ONE Championshipのこの試合である。
 https://www.youtube.com/watch?v=l221w9X8_ZA
 この動画では聞こえないが、私が見た時は4:50辺りで観客席から失笑が聞こえた。それを度外視してもこの試合で盛り上がっているのは、マイキーが足関節を極めに行った時とクレベル・ソウザが最後に側転パスに行った時という事実に「ONEは選手だけWNOから引き抜いても、観客までは引き抜けなかったな」という感想を抱いた。
 マイキー・ムスメシがモダン柔術の申し子であることは話には聞いていたが、WNOで試合をしていた当時は、オーソドックな技術を駆使して勝ち続けていた。この試合では一転してスタイルを変えて、インバーテッドガードから50/50・サドルロック・リバースXへと次々にポジションを変えてクレベルを攻め立てている。だが、本当にマイキーが凄いのは、マイキーのディフェンスの固さである。マイキーはとにかくディフェンス力が高いし、距離のマネジメントが卓越しているので、うかつに中に入れば簡単に足を取られ、バックを取られる。攻め手に窮したクレベルが側転パスをしたのも、あれでパスするというより、要はマイキーとの距離を詰めたかったからだろう。
 そういう技術の攻防を抜きにして、上述した会場の湧いた瞬間だけを切り取ってみると、ONEの観客は「目に見える派手な動き」と「バイオレンス」にしか興味がないのだとしか思えなかった。
 WNOに話を戻すと、動画配信を含むチケットの売り上げだけでなく、賭けによる収益が売り上げの過半を占めていることから、WNOでは選手にIBJJFの試合とは比較にならない賞金を選手に払うことが可能になっている(注4)。
 高額のファイトマネーに見る目の肥えた観客がいれば、自然とその場には強い選手が集まって来る。また、選手同士はお互い「プロとして(=仕事として)」試合をやっているわけだから、コンスタントに稼ぎ続けるためには怪我のリスクをお互い避けたいはずである。だからだと思うが、WNOでは極めの形に入っただけで口頭でタップし、選手同士が互いに敬意を払っていると強く感じられる試合がしばしばある。プロであっても、いや、あるからこそ「スポーツマンシップ」というのはこういう事なのかもしれないと考えさせられる。

3 翻って日本のBJJシーンを見てみると、今現在プロとしてグラップリングを定期的に開催している団体はない。
 私の知る範囲では、KIT(注5)というギのプロ試合があるくらいである。
 KITは無観客・動画配信による視聴料だけで運営しているので、優勝賞金が30万円という額になるのは仕方がないと思うが、それにしてもWNOの10分の1以下というのはあまりに寂しい金額である(繰り返すが、それは主催者の責任ではない)。
 日本の専業柔術家は大抵インストラクターとして生計を立てているものと思われるが、ほとんどの選手はそれだけでは日常生活費に消えてしまう。KITの30万円という賞金額は一般人にとっては魅力的な額だが、競技柔術の選手にとっては海外渡航費の足しにしかならない程度の金額だろう。
 そういう日米の柔術シーンの差を受けて、私から提言できるのは「カジノ特区」を利用したBJJのプロ試合の開催である。
 スポーツを賭けの対象とすることは、スポーツの尊厳を損なうという批判もあるだろう。だが、現在日本の競技柔術の選手が置かれている状況を考えると、まずは彼らのおかれた金銭面の状況を変えない限り、BJJそのものが日本に根付く前に衰退しかねないと思う。
 また、賭博そのものの功罪をどう考えるか?というのは難しい問題であるが、法律上は刑法で「賭博罪」の規定がありながら、「競馬」「競輪」「TOTO」といった公営ギャンブルが例外として大々的に運営されている現実に鑑みれば、リバタリアニズム(他人に迷惑を掛けない限りは、何をやるかは個人の自由であり、国家の干渉は許されないという考え方)の観点からは、「賭博罪」は非犯罪化するのが素直だろうと思う。
 依存症や金銭トラブルと言った賭博がもたらす弊害については、少なくとも「特区で行われるBJJのプロ試合」に関する限り、個人の掛け金に上限を設ける、ベットに必要なアカウントの取得に公的証明書での本人確認を要求する(複数アカウントを所持して掛け金の制限に抜け道を作らないため)等の手段である程度は対応可能だと思う。
 私なりに日本の柔術シーンを盛り上げるためのアイデアを書いてみたが、アメリカと日本ではこれだけ差がある、という事実を踏まえて、日本の柔術を盛り上げるために何が出来るかを皆さんも考えて頂きたい。

注1)https://polarisprograppling.com/
注2)https://www.bjjheroes.com/bjj-fighters/gordon-ryan 過日行われたADCCで史上初の三連覇を成し遂げた文句なしに現役最強のグラップラーである
注3)https://www.bjjheroes.com/bjj-fighters/matheus-diniz
注4)この記事からも分かるようにIBJJFでもワールドで優勝すれば5000ドルの賞金が出るそうだが、WNOを始めとするプログラップリングの賞金はこの5~10倍を超えると思われる。https://grapplinginsider.com/world-champion-kaynan-duarte-talks-of-ibjjf-low-pay/
注5)http://btbrasil.livedoor.biz/archives/cat_50248631.html

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