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ババたちの襲来

引っ越しを終えて荷解きをした姉・巴月がいらないものを処分する前に見にきて欲しい、と言うので母・トモコと母の姉妹に集まってもらうことになった。
母トモコは5人姉妹で、トモコ以外に、マサコ、マミコ、シゲコ、ユキミがいる。

この叔母たち、すこぶるキャラが濃い。
レンジャーでいうところの全員赤。それぞれ濃淡の差はあるが。

ちなみに母トモコの色は濃いめのガーネット。

そんなガーネットなトモコを含め彼女らはみな、自分たちを数えるためにババという助数詞を使う。
3人の時は3ババ、4人の時は4ババ、5人の時は5ババという具合だ。
聞き慣れない単位を使う謎の集団に得体のしれない恐怖を感じる人もいるだろうが、安心して欲しい。

まず、当日は何ババでの来訪になるか事前に通達される。ババたちは食べきれないほどのおやつと飲み物を持参するし、おかずを作ってきてくれるババもいる。なんならリクエストもアリ。
更には掃除に洗濯までやっていってくれるので用意するものは雨風がしのげる場所だけでいい。

ババたちはいい人たちなのだ。

ババたち来訪の前日、
「明日はトモコとシゲコとユキミの3ババです!よろしくお願いします!」
との連絡があり、わたしはホッとした。
なぜなら、5人姉妹の中で潤滑油の役割を果たしているシゲコとユキミが選出されたから。この二人がいれば無事にやり過ごすことができる。5人の中でも特に淡い赤色の2人はいつでもどこでも決して出過ぎず、驕らない。故にトラブルも起きない。
 

迎えた当日。

カンカンカン。3ババがアパートの階段を登る音がする。
ガチャリとドアが開き、「久しぶり〜!」と3ババが入ってきた。この瞬間、わたしは安心しきっていた自分を殴ってやりたかった。

まず3ババは「入って」きたのではなく「なだれこんで」きた。さらに長期旅行ほどの荷物をシゲコは両手に、ユキミは脇にも抱えてきたせいで入口でババたちがつまってしまった。
来訪時間が朝の忙しい時間でなくて本当によかった。入口から廊下までみちっとなったババたちがアパート住人の通行の妨げになるところだった。

3ババたちは部屋に入るなり嵐のように喋り出した。

そんなに広くないベランダを見て、
広い!バーベキューできそうやん! 

向かいの民家がすぐ目の前なのに、
こんなに見晴らしよければカーテンいらんわ!

家賃いくらなん?給料いくらなん?払えるん?大丈夫なん?駐車場代は?管理費は?おすぎです!
これをかぶせ気味に口々ピーチクパーチクしゃべるのだ。餌を欲しがるツバメの子供のほうがまだ静か。

あとは、全身用クリームの全身に顔は含まれるのか、お尻拭きはお尻以外に使ってもいいものか、香水のかわりにファブリーズをワンプッシュしても大丈夫、還暦過ぎると文字は書かんが背中はかくという話をノンストップで喋り続ける。
言葉たちがものすごい速さで目の前を通り過ぎていく。

「じゃあ、このいらんもの、もらってくね!」
シゲコがそういい、しばらくは3ババが本来の活動の意味を取り戻した。たった20分だけ。

「そういえば聞いた話なんやけど」
ユキミの号令に続き、プルーンで死んだ人の話、遺言を書くために遺言という字を調べていたら書く内容を忘れてしまった話が駆け抜けてゆき、
「全然すすまんね!あははははは!」
と、ユキミが誕生日にもらったあるものの話を始めた。

「わたし、先週ものもらいできてさあ、病院行ったん。目薬で良くなるよーって言われて目薬もらったんやけど。その日がわたし誕生日でさ、ふっふふっふふふ、そ、そういえば、先週わ、わたしの、ふふっ、たん、たん、誕生日やったやろ、ふふっ、誕生日に何ふっ、もらったと思う?」



九分九厘、ものもらい。
オチ言うとるんよ、先に。


「ものもらいもらったんーー!」
ドッカーン!

ユキミの話は大爆笑をかっさらった。箸が転がっても面白い年齢をとっくにすぎているはずの3ババは涙を流して箸よりも転がり回って笑った。

老後2000万問題、独居、孤独死、介護難民問題、高齢者を取り巻く課題は数多くあるが、この人たちを見ているとなんだか大丈夫な気がしてきた。

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