隈元リュウ

退屈な日々の中で 他人に気付かれずに踊る事を考えて生きてます。

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マガジン

  • さくっと読める短編集

    更新は不定期です。

  • 連載小説「もっと遠くへ」二章

    小説の二章を読めます。

  • 連載小説「もっと遠くへ」一章

    小説の一章を読めます。

  • 連載小説「もっと遠くへ」まえがき

    小説のまえがき部分を読めます。

最近の記事

誰も知らない

総武線高尾行きの電車が、高円寺に停車する。電車を降りて、ホームの真ん中から眼下に広がる街をしばらく眺める。あの時と何も変わっていない。歩く人達が駅に向かうわけでもなく、駅周辺を何度も行ったり来たりしている。見えない何か、強く悍ましい引力のような、反発する力が強ければ強い程、引き戻される力も比例して強くなるような、はたまた結界の中にいるような、そんな風に見える。この街に一度住んだら、引っ越しを躊躇する理由はそこにあるんだと思う。僕はそんな結界から抜け出し、今は田園都市線沿いに住

    • ウイルスの前では僕たちは無力

      本来であれば昨日から劇場に小屋入りして、テクニカルの確認や、最終調整などを行っている時間帯である。 今月の23日~25日の三日間で全5公演を予定していた舞台「いつからか、それは」が全公演の中止となった。 中止を発表したのは、一昨日の2月20日。小屋入りの前日である。 関係者に複数名体調不良者が出たことが公演中止の理由である。 「悔しい」の一言しかなかった。 チケットを購入してくれていた人には申し訳ないという気持ちしかない。 僕達が約三カ月、稽古に準備を進めてきたこれまでの時間

      • 舞台をつくる

        久しぶりの投稿になりました。 連載していた小説を途中で断念して、僕はずっと何をやっていたのかと言うと、舞台の脚本を書いていました。 なんとか脚本が完成して、今年の2月に阿佐ヶ谷シアターシャインで 上演することが決まりました。 脚本だけでなく、今回は演出にも挑戦します。 今回のテーマは「記憶」についてです。 僕自身が持っている記憶って、実際のところ どれくらい正しいのだろうって、ふと疑問に思ったことがあって それがきっかけで書きました。 ーあらすじー 男は今年で30歳を迎える

        • 初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-6

          3-5はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/n063319ae0633 勧誘活動が忙しくなっていたのか、焼き鳥屋に顔を出す頻度も徐々に減っていき、週に一度程になっていました。 その頃の僕は、相変わらず、大学での友人などはおらず、アルバイト先の同僚と仕事終わりに酒を飲んで、これが東京に来て出来た唯一と言えるほどの道楽でしたので、それに耽り、たまに酔いが回りすぎて、同僚の女とキスをすることなどもありましたが、恋愛と呼べるほどの進展もな

        誰も知らない

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        • さくっと読める短編集
          5本
        • 連載小説「もっと遠くへ」二章
          5本
        • 連載小説「もっと遠くへ」一章
          4本
        • 連載小説「もっと遠くへ」まえがき
          3本

        記事

          吹き出物

          二週間程前に、 私の顎の下に小さな吹き出物が出来た。 最初の頃は赤く腫れ上がり、痛みを帯びていたが、最近では乾燥して痛みは無くなり、代わりと言ってはなんだが、愛着が湧いてきている。 無意識のうちに、これを触り、どこか落ち着いている自分さえいる。 早く治れと思っていた当初の自分の気持ちをたまに憎く思うことがある。 消えないでほしいとさえ思う。 学生時代に一緒に馬鹿をした友人が立派な社会人になり、父親になっていくような気持ち。 久しぶりに会った両親に皺が増え、老人になっ

          ハニービー

          「まえがき」 十数年程前に若者の間で流行していた 通話し放題の携帯電話。 契約と同時に二台の携帯が与えられ、若者カップルの間では、片方の電話機本体を相方に渡し、いつでも気兼ねなく通話を楽しんだものだ。だが、それも時代と共に需要は減り、今では見かけなくなってしまったが、まさにあの時代の若者の象徴でもあるように思う。 「本編」 私は、十数年ほど前に一世を風靡した携帯電話です。黄緑色の私はハニービートと名付けられております。 私は今、東京の足立区と呼ばれる場所の、大きな川のほ

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-5

          3-4はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/n898e43c0c3ec 自分の父に嘘までついて、僕は東京に出て来た。 大学で友人と呼べる人間など一人もいない。 時給千円で必死に働いて手にした給料も、その大半が家賃や光熱費で消えてしまう。そんな生活の中で何かを必死に見つける行為。 オセロの盤で角を全て黒に取られた状況から如何に白を残すか、いや、少しでも黒にならないよう必死に抗う行為、既に負けなどほとんど決まっているような、そんな局

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-5

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-4

          3-3はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/n9196971f5719 壁の向こう側では、早くも何かが始まるそんな気がして、それを互いに言わずとも感じていましたので、黙って、壁に男二人並んで、耳を当てていました。 江戸のボロ長屋から一変して、東京のボロアパートに舞台を移しましたが、薄い壁に耳を当てていると、そこに大きな違いなどあってないような、そんな気さえしてくるのです。 少しばかり水気を含んだ粘着性の、その音を聞きながら、

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-4

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-3

          3-2はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/n2a6740740287 初めて日本酒を飲んだのも、確かその時だったと記憶しています。僕にはどうしても、理科の実験で使うエタノール液にしか思えず、味わうということが出来ませんでした。 二合の冷酒をおちょこで少量ずつ飲み、その度に、顔の全てのしわが中心に集まってきて、お互いの顔を見合いながら、苦笑し、 「大人になるって、苦しいって事やな」 と、格言になるには、少しばかり力量が足らない

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-3

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-2

          3-1はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/na4534caae01b 煙草の先端の燃える箇所をただただ眺めながらいましたら、 「いや、何か用があるんかも知れんから、一応聞いとこ思て」 亮介が続けます。僕は、なんと答えればいいのか分からず、とりあえず黙っていましたら、 「時間あるなら、これから一緒に飲みに行かへん?いいとこ知ってるから。もし、あれやったら無理にとは言わんけど、あんまし乗り気じゃない?それともなんか用あった?」

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-2

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-1

          2-4はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/nc887f2d726fb 上京東京の経済学部のある大学に進学しました。 あの日以来、父はちっとも口を聞いてくれなくなりました。荒れることもなく、大人しいという印象さえありました。僕はそんな父から逃げるように東京に出てきたのです。 京王線の聖蹟桜ヶ丘という駅で部屋を借りましたが、その部屋が、築年数五十年を超えた、ボロアパートで、大変苦労しました。風呂の温度調節も一苦労で、排水溝からは下

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-1

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」2-4

          2-3はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/n735c51b79710 父は喜んでいました。そのはずです。普通科に入ったことは知らないのですから。 いつからでしょう。僕の中で、「本音」を隠すという行為が次第に「嘘をつく」という行為にすり替わっていたのです。 三年間、父を騙す事はそう難しいことではありませんでした。 父に対する嘘は板につき、自分のことを名俳優と勘違いしてしまうほどでした。母は、大御所の名女優です。こんな田舎のごくご

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」2-4

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」2-3

          2-2はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/n50ecd26b58ca 土曜のその日、父はあれこれ僕に仕事を体験させてくれました。測量のやり方だの、道具の名称だの、ユンボの操作だの、もちろん子供であったため、運転などはさせてもらえませんでしたが、運転席に座る僕を見て、 「どげな、きもちよかろっ」 と、答えは一つであると決められているかのような質問でした。 僕は、子供の好奇心を逆手にとって、心にもない事をいくつか質問して、その度

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          初稿の連載小説「もっと遠くへ」2-2

          2-1はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/nffe9df010f5a 本音という猛獣が鉄格子の中で暴れ出し、その様子をじっと観察する。人が人と共に生きる(共存する)と言うことはすなわち、これをずっと檻の中に閉じ込めておくことであると理解したのは、僕が記憶している限り、小学校の二年生、八歳頃ごろだったと思います。 僕は鹿児島の田舎で生まれ育ちました。東京に出てきてから鹿児島の場所を聞くと、大概の人間がその場所を言い当てることができ

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」2-2

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」2-1

          1-3はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/n767e53123548 父と本音 「あなたは何を食べても美味しいと言うね」 今では自分にとってそう珍しい言葉でもなければ、驚くこともありません。 むしろ、その言葉は僕の代名詞のようにもなっており、愛着さえ湧いているほどです。 服のセンスもまるでないと言われます。同じズボンを着回し、 「これしか持っていないのか」 とよく言われます。 事実、ひとつではないにしろ、複数を所持し

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」2-1

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」1-3

          1-2はこちら↓ https://note.com/fine_willet919/n/n44503291b8aa いくらか経ったと思う。 この店に来る前に購入した煙草の箱は、ライターを収納しても、まだ十分に余裕があった。 店内に流れるソウルミュージックはいつしかジャズに変わり、ブレンドコーヒーは、ジントニックやウイスキーに姿を変えていた。 店内の照明も赤や青といった原色で彩られ、一層、夜の水槽を演出して見せる。 僕はウイスキーをオンザロックで注文した。店主は驚いてい

          初稿の連載小説「もっと遠くへ」1-3