見出し画像

ハチの干潟(加茂川河口)

普段は仕事をしていますので、連休などを利用して遠征調査を行なっています。兵庫県に住んでいるので、京都府、和歌山県、広島県、愛媛県などの近隣の府県がほとんどです。多様な生物を採集するのであれば、沖縄県や北海道が最適かもしれませんが、近畿や中四国いわゆる瀬戸内)はそれに負けないくらい多様な自然があります。今回は、瀬戸内の自然の魅力をお伝えできればと思っています。

宿泊した竹原ステーションの窓から見える風景。これを眺めながら研究ができるのは羨ましい。

今回のターゲット

遠征調査に行くときは、メインターゲットとサブターゲットを設定しています。今回のメインターゲットは、アオタナゴというウミタナゴ属魚類の1種です。ウミタナゴ属魚類の一部の種は、2007年に2種2亜種に分かれました(Kawafuchi and Nakabo, 2007)。そのため、瀬戸内海に生息しているウミタナゴは、マタナゴとなっています。また、このウミタナゴ属魚類のエラにも寄生虫(単生類)がいることが報告されています(Yamaguti, 1940)。しかし、発見された当時は“ウミタナゴ”と呼ばれていたため、新たに分類された2種2亜種にどのように寄生しているのかは不明になっています。アオタナゴはこの2種2亜種とは関係ないのですが、まだ記録はないものの、知り合いが標本を持っていたので、DNA解析などをしてちゃんと論文にするために、なんとしてでも入手したい魚です。
サブターゲットは、いわゆるギンポです。この魚類のエラにも単生類がいます。ただ、“ギンポ”と呼ばれる魚は、とても分類が複雑です。簡単にいうと、図鑑にはなんたらギンポと載っていても、ギンポではなかったりします。しかし、そんなのをふくめてギンポが欲しいです。

賀茂川河口にかかっている皆実橋

ハチの干潟

今回私が訪れたハチの干潟は、広島県竹原市の賀茂川の河口にある干潟です。詳細は割愛しますが、もともとは現在の位置には賀茂川の河口はなく、江戸時代に行われた約30年間の工事により現在の位置になったようです。この工事の結果、現在の河口のところに川からの土砂が堆積して干潟ができました。干潟は、干潮時に海水がなくなることから太陽の光を直接受けることができます。これによって、植物性のプランクトンやアマモがよく育ち、魚や海の動物の重要なエネルギー源となっています。他にも、大型の海産動物が侵入できないことから、魚介類の産卵・育成の場にもなっており、干潟は生物の多様性を育む場所となっています。

干潮時に現れるアマモ。正確にはコアマモかもしれません。

なぜ?広島まで?

先述したウミタナゴやギンポの単生類ですが、実は私の地元の神戸の垂水漁港で発見されています。それにも関わらず、わざわざ広島県竹原にあるハチの干潟に行ったのには残念な理由があります。神戸ではウミタナゴ属魚類はあまりとれません。兵庫県ではウミタナゴ属魚類を食べる文化がないというのもありますが、アマモ場などの生息場所がありません。年配の方に聞くと、歴史的にも有名な須磨海岸にも昔はアマモが生えていたそうです。正確な因果関係は調べていないのですが、神戸の海といえば、30年ほど前に郊外に住宅地を作るために、山を崩し、海を埋め立てるということを行なっていたことが思い浮かびます。もし、関係があるのであれば、現在の神戸はとても良いところですが、その街を作るために失ったものもあるのかと思います。

宿泊した竹原ステーション。調査をするのに最高の場所でした。

最高の調査日和

調査を行った日は、晴天大潮干潮が15時と最高の条件がそろっていました。広島大学の竹原ステーションの一角を借りて行いました。潮が引き始めたお昼前に竹原ステーションを出発し、水面が下がってきた賀茂川河口から干潟に入って行きました。余談になりますが、干潟へのアクセスはこの河口の水が引いた時しかありません。戦後、日本は沿岸開発を盛んに行ってきましたが、このハチの干潟はアクセスの悪さから残されてきたという経緯もあるようです。まずは、干潟のシンボルでもあるハチ岩に向かい、干潟の西から東へといろんな魚や無脊椎動物を探しながら歩いていました。しかし、ここで問題が2つ発生します。1つ目は、干潟は泥などが堆積しているのでとても歩きにくいです。足が完全に取られてしまい、歩くのがやっとになります。漫画で予習はしてきたのですが、実際は違いました(https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000047729)。2つ目は、私の体力が干潮前に尽きました。遠征調査によくあるのですが、休みを確保するために仕事を一気にすませます。加えて、長距離を運転し、慣れない枕で寝るというのが原因です。幸いなことに、いつも魚大好き大学生が同行してくれるので、助かっています。彼らからよく言われることは、「余計なことをして、怪我をするな。」です。
しかし、残念なことに期待していた成果は得られませんでした。初めての場所だったということもあり、アマモ場を探す間に完全に水がなくなってしまったこと、シュノーケリングで採集を試みたものの濁りで魚が見えなかったことが原因です。翌日、再挑戦のために河口に向かったのですが、水の量が多く干潟には行けず、淡水魚探しで賀茂川を少しさかのぼったのですが、西日本豪雨の影響が今も残り、魚がいそうなところがありませんでした。

左が干潮3時間前の河口で、右側が干潮時の河口。満潮時には背丈ほどまで水位が上がります。
左:シオマネキ 右:イソギンチャク
左:ヨウジウオ 右:ハゼの仲間
左:カジカ? 右:チチブ
左:フグの仲間 右:メバル

残ってほしい景色

海と私のコンディションが悪く、思うような結果は得られませんでしたが、近いうちに再調査に向かう予定です。広島の海はとても魅力的で、調べたいことはたくさんあります。しかし、このハチの干潟も西側に火力発電所建設の話が出ているようです。干潟を潰すわけではありませんが、何かしら悪影響があるのではないかと、広島大学の大塚先生をはじめ多くの方が問題提起をしています。これまで、日本は経済的に発展をして豊かな生活を得てきましたが、同時に沿岸に生息する生き物のことは顧みず開発を行なってきました。「このくらいの規模なら影響はない」という判断のもと開発を進めているのだと思いますが、私がアオタナゴの単生類を探しているように、どんな生物がいるかまだまだ分かっていません。私もエアコンのない生活はできませんが、事前にしっかりと調査をしてから進めて、現在の広島の景色を残してほしいと思っています。

アマモに張り付いていたよくわからないもの。何かの卵?

参考文献

Katafuchi, H., Nakabo, T. Revision of the East Asian genus Ditrema (Embiotocidae), with description of a new subspecies. Ichthyol Res 54, 350–366 (2007).

Yamaguti, S. 1940. Studies on the helminth fauna of Japan. Part 31. Trematodes of fishes, VII. Japanese Journal of Zoology 9: 35–108, 2 pls.

近藤祐介, 大塚攻, 佐藤正典(編)ハチの干潟の生き物たち

この記事が参加している募集

アウトドアをたのしむ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?