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行かないで、秋。

いつの間にか9月が過ぎ去り、10月に足を踏み入れてしまった。

とは言え今年も9月はまだまだ暑かった。物心ついたころから、秋という季節は大体9月から始まると思っていたが、気付けば9月は秋ではなくなっていた。9月は夏になった。今日から10月になったわけだが、それでも日中車に乗っていると陽射しが暑くて、車内でも冷房をつけずにはいられなかった。そのうち、10月はまだ夏、11月になるとやっと秋、みたいになってしまうのではないかと、地球の行く末を案じてしまう。

このままどんどん秋は短くなっていくのだろう。儚い季節、秋。食欲の秋か、読書か、それともスポーツか、そんなこと考える間もなく今年の秋もどこかへ行ってしまう気がする。この時期の夕暮れ時の、少し冷たい空気が好きだ。だからできるだけ長い間、秋を私の側に引き留めておきたいなあとか思う。紅葉の鮮やかな赤や黄色に染まったスカートの裾を引っ張って、「行かないで」と呟いても、秋は颯爽と消えてしまうのだ。

夕方、仕事を終えて会社の外に出る。地下鉄の駅へ向かおうと建物を出て左に向かって歩き始める。2,3歩歩いてから、私は回れ右をして反対方向に歩き出した。折角だから数駅先まで歩いてみようと、ふと思いついたのだ。身体を包み込むひんやりとした空気、風。見える景色は薄暗くなっていて、何となく淡い紫色のベールがかかっているように見えた。この穏やかな空気の中に、もうしばらく漂っていたいと思った。

それに、前の週末に買ったばかりの新しいスニーカーを履いていた。1年以上前からずっとほしいと思っていた、ローカットのコンバース。色はベージュ。私が勝手に自分に似合うと思っている色だ。良い靴は良いところに連れて行ってくれるとよく聞く。このおニューのコンバースが私を連れて行くのは通勤経路上にあるターミナル駅であって、綺麗な花畑やおしゃれなブティックではない。それでも、穏やかな秋の風、可愛い靴、そんなものたちと一緒に歩を進めるのは、なんだかちょっとだけワクワクした。

歩くこと40分、思ったより長い道のりで、途中でちょっとだけ後悔する。そして自分の体力のなさにちょっとだけ悲しくなる。でも、そのすぐ後に職場の隣の席の人の飲み物のことを思い出して、疲れたという考えはどこかへ消えた。彼女が家から持ってきているタンブラー、その蓋が開かれたときに毎回、畳の匂いがするのが気になっていた。あの畳は何の飲み物なのかとずっと気になっていた。それが先日やっと気付いた。あれはほうじ茶だ。ほうじ茶と畳の匂いは似ている。

ひんやりした空気を堪能したくて歩き始めたはずが、目的の駅に着いた頃には汗ばんでいた。運動不足とは言え、私の代謝もたいしたものだ。ちょっとした達成感とじんわりとした疲労感を背負いながら、特急電車に乗り込んだ。

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