見出し画像

AI企業としてのAdobeの戦略 (前提編)

今年のAdobe MAXの話題は、人工知能「Adobe Sensei」一色だった。
ステルスぎみのAI企業だったAdobeが、いよいよ浮上してきた今回のMAX 2017。

数年前から「AdobeはAI銘柄」と言い続けてきた僕としては、とても感慨深い。

以下、自身の雑感まとめ。大きな戦略レイヤーの話がメインなので、個々のテックはICSさんの記事などをご参考。

*注
筆者はAdobe社から、Adobe MAX 2017への招待を受けて参加しています。ですが、それはそれとして中立で書きます。Adobeさん都合の悪いこと書いてたらごめんなさい。

前半エントリではAdobeのAI戦略を理解する前提として、「AdobeがAIや未来に投資しだした背景」、「Adobeのビジネス構造」の2つを論じる。

AI戦略の始まりは月額課金へのシフト

まず最初に、AdobeがAIプレイヤーとして、急速に浮上してきた背景を整理したい。

現在のAdobe社の躍進は、2012年の経営改革が始まりだ。この年、同社のプロダクトはPhotoshopなどを「ソフトとしての売り切り」モデルから、「サービスとしての月額課金」へと、大幅な方向転換と行った。この月額課金の導入は収益体制だけでなく、Adobeのプロダクト戦略にも大きな方向転換をもたらした。

従来のAdobe製品は、1.5年ごとに約40万円の最新版をリリースするという商品サイクルだった。これは消費者にとっても負担であったが、Adobeにとっても課題を抱えるモデルだった。プロダクトの開発サイクルが長いほど、プロダクトが空振りした時のリスクは高くなるからだ。

このため売り切りモデルでは、「売れるための目玉の機能」に開発リソースを割く必要があった。空振りすることは許されないため、チャレンジングな機能開発も、地味で堅実な機能開発も行いにくい。また、1年半ごとに大金が入るキャッシュフロー的にも、中長期の施策を行いにくい構造であった。Adobe社は月額課金の導入でこれらの問題を一気に解決した。月額課金は、予測可能で安定したキャシュフローをもたらした。またマーケット的には、カジュアル層の取り込みによるシェアの拡大をもたらした。

月額課金の恩威は、利益だけではない。開発面では中長期のためによりコストを投入できるようになった。月額課金では「継続率」の重要度が高まったため、目先の派手な機能よりも、より本質的な機能や未来への投資に注力できるようになったためである。足場固めや、レガシーコードの返済、新規テクノロジーの開発など、Adobe社の基礎体力が大幅に改善した。

このような収益構造の変化と、クラウド化によってデータ収集が可能になったことにより(Flashが潰されたこともある)、長期的な展望を見据えたAIへの投資や、後述するマーケティング部門の強化が行われたと思われる。

・月額課金でキャッシュフローが改善
・今期の売りよりも、未来に向けての投資できるようになった
・AI投資やマーケティング部門の強化が行われた


Adobeフォトショップの会社ではない

ほとんどの人はAdobeを、「PhotoshopとIllustratorを売る会社」あるいは、「PDFの会社」として認識している。だが、Adobeを理解するには、この考えを改めなければならない。

PhotoshopもFlashも実は、Adobeのビジネスの一角にすぎない。構造的には、Adobeのプロダクト群は以下の3種類のドメインから構成されている。

・クリエイティブツール(Creative Cloud)
・マーケティング・分析ツール(Marketing Cloud, Experience Cloud他)
・PDF(Document Cloud)

trefis.comのAdobeの利益構造より

クリエイティブツールは全体売上の60%程度、急成長するマーケティングツールが30%ほど。そして残りがPDF事業となる。

現在Adobeはマーケティングクラウドの成長に注力し、2024年までに現在3〜4倍の規模に成長すると考えられている。

このような事業構造である以上、AdobeのAIシステム「Sensei」を、クリエイティブに特化したAIと考えるのは適切でない。そこはクリエイター向けイベントで発表された、「Sensei」という氷山の一角にすぎない。

Adobe Senseiは、本質的には「クリエイティブツール」と「マーケティングツール」の両者に(厳密にはドキュメントクラウドにも)深く食い込んだシステムだと考えるべきである。

以上のような前提を踏まえると、AdobeのAI戦略を理解するには、クリエイティブツールとマーケティングツール、その両側面からのAIの分析が必要となる。

・Adobeのビジネスは、クリエイティブ、マーケティング、PDFの3本柱
・MAXの発表は、Adobe Senseiの「クリエイティブ」パートだけの話
・AdobeのAI戦略を正しく理解するには、「マーケティング」や「ドキュメント」のパートを含めた分析が必要。


後半では、クリエイティブのAIとマーケティングのAIが連結される意味。そして連結により何が起きるのかを、明らかにしていきたい。

続く


いただいたサポートは、コロナでオフィスいけてないので、コロナあけにnoteチームにピザおごったり、サービス設計の参考書籍代にします。