読書日記 「幸せとお金の経済学」

本書は「幸せとお金の経済学」は、そのタイトルのとおり、幸せを経済学の観点から論じた本だ。


人は幸せを合理的に追求できない

本書の発するメッセージは、「人は幸せを、合理的に追求することができない」ということだ。

人間は脳の仕組みのせいで、古典経済学が唱えるような、超合理的な思考ができない。この認知の歪みにより、人間は「幸せ」を、他人との比較で評価してしまう。

他人より給料が多ければ、他人より大きな家に住んでいれば…そんな風に「他人より優れていれば幸せ」と考えてしうのだ。

だが、これは大きな間違いである。何故ならば、そのような「地位獲得競争」は、参加者全員に過度の経済的な負担をもたらしてしまうからだ。すると結果的に、本来なら幸せを獲得するために使えた、金銭的なリソースを、競争に使い果たしてしまうのだ。


地位獲得競争の無益さ

皆が「他人より大きな家」を持とうとすると、競争が発生する。より大きな家を買うために全員の労働時間が増し、一方で住宅市場の価格は上昇する。結果、労働量が上昇しても、各人が所有する家の相対的な大きさは対して変わらなくなる。全員が余暇を犠牲にしたのに…である。

このような「他人との相対で評価される財産」にリソースをつぎ込んでも、見合うリターンはほとんど得られない。軍拡競争のごとく、全員のコストが高まるばかりだからだ。このような財産を「地位材」と呼ぶ。

人間は労力や金銭のほとんどを、この地位材に注ぎ込んでしまうため、お金を稼いでもそれほど幸せになれない。

幸せの追及において、地位材(他人との相対で評価される財産)の追及が非合理だとすれば、我々は何に投資をすべきだろうか?

 著者は、非地位材を求めるべきであると主張する。


非地位材を求めろ

非地位材とは、「他人と比較することに意味の少ない、より主観的な財産」のことである。これは健康であったり、余暇であったり、体験、行動の自由といったものである。こういった非地位材ほど、幸福のコストパフォーマンスがよく、持続性が高い。

人間が幸せになるためには、他者との比較による満足ではなく、自身の主観的な満足につぎ込む方が効率が良いのである。


幸福の総和を増やすには

このような幸せの経済的な定義の末に、著者は、格差の拡大が幸福の総和を犠牲にしていると指摘する。

収入が増加をすると幸福は増加するが、ただしその伸び幅はドンドンと鈍くなっていくためである。結果、「これ以上儲けても幸せが増えない富裕層」により多くのお金が集まり、「ちょっとの金額で幸せが激増する貧困層」にお金が回らないという現象が起きているという訳である(逆を言えば、金銭的な格差に比べて、幸福の格差は小さいとも言える)。

最終的に、本書は世界の幸福を増やすために、何が必要なのかという議論に進んでいく…


幸福に関する経済学の本はいくつかあるが、本書はその取っ掛かりとしては、非常に入りやすい本である。いくら働いても幸せにならない、いくら稼いでも幸せにならないという人は、一読してみると良いかもしれない。


幸せとお金の経済学
ロバート・H・フランク 


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