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避暑地の出来事

 その日も暑かった。

 わたしは軽く逃げるように車で軽井沢へと向かう。
 文字通り逃げだった。
 世界はなにも変わらない。
 ただ自分に金と時間の〝ゆとり〟があり
 自分ひとりがこの暑さから逃れたい。逃れて涼しくなりたい。
 そうできる余力があったからそうしたまでのこと。
 完全なエゴ 〝エゴロジー〟だ。

 一方その頃 似たような思いから
 同様の行動をする中間富裕層の連中らが
 ざわざわ軽井沢に押し寄せていた。

 これでは折角の避暑地も台無しである。

 ひっそり自然と語らうゆとりある時間を追い求めて
 わざわざ軽井沢まで足を運んだのに ざわざわする。

 わたしは己の選択を恥じた。
 文字通り逃げたことをではなく、
 場所の選択をミスったことをである。

 憤りながら いつもの癖で
 所在なくテレビのチャンネルをつける。

 たまたまニュースでお天気情報を
 ナイスバディでフレッシュな笑顔がまぶしい
 お天気お姉さんが伝えている。

「降水確率は0%
 暑さ対策には十分注意しましょう」

 はい。そうしましょう。

 テレビに向かって返事をする。
 これもまたいつもの癖だ。

 チャンネルを変える。

 地球温暖化に警鐘を鳴らす
 ゴリゴリのドキュメンタリー特番で目が止まる。

 ドスの効いたナレーションの喋り口調、
「ズギャーン」だの「ズゴゴゴ」だの
 ホラーばりに人を驚かす過剰なSEに
 気を取られ、しばらく見入って
 無駄に時間と電気代を使ってしまった。
 体にも環境にも悪い番組である。

 興醒めである。
 あゝますます折角の避暑地が
 色褪せてしまったではないか。

 気を取り直して
 車で排気ガスを撒き散らしながら
 温泉にでも行くことにした。

 愕然とした。

 こんな貼り紙がしてあったからだ。

「 この度は当温泉のエコ対策にご協力いただき
  まことに有難うございます。
  本日は「地球愛してるデー」といたしまして
  地球環境保護の観点から 温水量を
  一時見直し、通常の温水量から
  半分減らしております(当社比)。
  地球を愛する皆様のご理解とご協力賜りますよう
    宜しくお願い申し上げます。

               館主代理 」

 額に溜まった汗が、垂れ落ち目に沁みる。

 暑い。

 わたしはいま避暑地にいる。

 いつも以上に汗をかきながら。

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