2016年のレディオヘッド来日前夜 ~居場所を巡る物語~

いよいよサマソニでのレディオヘッドのライブを体験出来るときが迫ってきた。彼らのライブに行くのはこれで4回目だけれど、いつになく興奮している自分がいる。

それはもちろん、彼らの新作が素晴らしかったから。これに尽きる。ただ、今回は作品はただ内容的に素晴らしいだけではなく、これまでに無かった感覚(あるいは予感のようなもの)を感じさせる部分があった。ぼくが殊更興奮してワクワクしているのはそのせいだ。
それがどういうものなのか。感覚的なことなので書きづらいし伝わりづらいかもしれないけれど、せっかくライブ前夜なのでちょっと書いておきたい。

レディオヘッドが音楽や歌詞でテーマとしてきたことはたくさんあるけれど、まずはレディオヘッドの歴史を『居場所を巡る物語』であると仮定してみよう。
そう、それは『Creep』から始まった。
「I don't belong here.」と、自分を惨めにさせる居場所への拒絶から始まった彼らの旅は、
『Let Down』では「You know where you are with.」という居場所を見つけることへの予感を感じさせるフレーズを見つけたり、
『How to Disappear Completely』では「I'm not here.」と自己を消失してしまったり、
『Pyramid Song』では「There was nothing to fear and nothing to doubt」と宗教的な魂の救済のような体験をしたり…
と、大変壮大で勇猛なキャラバンを続けてきた。

そして、そのすべては失われた名曲と言われる『Lift』へと向かっているようだ。

この『Lift』というベンズとOK Computerの間に生まれた曲は、レコーディングされては最終的なアルバムのトラックリストからは外される、という経緯を繰り返すことで、結果的に現在のレディオヘッドにとってとりわけ象徴的な曲となっている。

今回のアルバムでも、最終のトラックリストが公開されるまで『Lift』が入っていることを期待していた人も多かったはずだ。でも結果はご存知の通り。今回も最終的なトラックリストには入っていない。

その理由は単純だ。音楽至上主義の彼らのこと。単にまだ納得のいくレコーディンが出来ていないのだろう。それ以上の理由はない。
だけどもうひとつ、こうも考えられる。『Lift』は「This is the place.」という出だしから始まる通り、それが心地よい居場所を見つけることについての曲だ。でも、OK ComputerにしろKid Aにしろ、そのあとのすべてのアルバムでは、そんな心地よさを求めることをむしろ彼らは積極的に排除し、否定して音楽を作り、前に進み続けてきたという経緯がある。だから彼らは何度もアルバムにこの曲を入れようとして、結局外すことになった。そして僕たちファンとしても、まあ仕方ないよね、と残念ながらも納得しつづけてきた。

確かに今回のアルバムでは『Lift』は収録されなかった。だが、『A Moon Shaped Pool』を聴いていると、そのときが近づいているということがはっきりと実感として感じられる。これまでのどのアルバムでも、それは遠い未来のことのように思えたのだけれど、今回のアルバムを聴いているとそれは確かにやってくる未来なのだ、ということがぼんやりとではあれ透けて見えてくるのだ。

そう、何年後、また何作後になるかはわからないけれど、彼等は『Lift』を正式にアルバムに入れることになるだろう。
ぼくはそんな予感を、今回のアルバムから感じている。このアルバムを聴いていると、まるで長い長編でやっと終わりがほんのすこし見えてきたときのような、そんなワクワクとした気持ちになってくる。

こんな風に思わせるのは、やはりアルバム後半の流れによるところが大きい。『Identikit』から『True Love Waits』への、間違いなく音楽史に残るであろう素晴らしい流れは、これまでのレディオヘッドのどのアルバムにもなかったフィーリングが満ち溢れている。(個人的に『Present Tense』がめちゃくちゃ好きなので、そのうちこの曲についてだけの原稿を仕上げたと思っています)
許し、受け入れること。臆することなく希望を語ること。そして最後の、まるで原初の海を漂っているような『True Love Waits』の言い表しがたいフィーリングときたら…ここではもうあけすけに胸をかきむしられるような感情は全く残っていない。孤独なんだ、行かないで、と叫んだ想いが木霊のように浮かんでいるだけだ。行かないでといくら叫んでもいつか必ず行ってしまうということを知っているし、孤独であることはいつまでも変わらないということもわかっている。完全にわかった上で、あえてそう歌う。これはそういう曲だ。

今回の彼らのツアーは各国で絶賛の嵐を浴びているが、その理由はその新旧を織り交ぜた理想的なセットリストだけではなく、新作の曲の持つ風通しの良さによるものが大きいのではないかと思っている。これまでの彼らのライブも本当に本当に素晴らしかったけれど、曲によっては窮屈さというか、シンドさを感じさせるような部分もないではなかった。それはもちろん彼らの現実認識のまっとうな厳しさがそうさせて来たのだろうが、『A Moon Shaped Pool』の曲たちにはそれをマイルドにさせる効果があるようだ。極端な話、『Climbing Up the Walls』のような曲であってもまた違った形で生き生きと聴こえてくるのではないか。

ぼくは大阪で彼らのライブを観る。明日が本当に楽しみだ。もし大阪に行かれる方がいたら、一緒に大いに楽しんで、盛り上げましょう。よろしく。

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