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UKインダストリアルを構成する流れ

前回公開したUKインダストリアルの記事では、ジャンルとしてのUKインダストリアルを定義するのではなく、UKインダストリアルと呼ばれるカテゴリーの大まかな生い立ちを考察してみた。
イギリスで発祥したヒップホップとブレイクビーツ・ハードコアにハードコア・テクノを掛け合わせて生まれたUKハードコアに、フランスの実験的でサイケデリックなインダストリアル・ハードコアとフレンチコアが融合したのがUKインダストリアルの原点ではないかと個人的に思う。90年代後期に誕生したといえるUKインダストリアルには、まだオランダのインダストリアル・ハードコアや他のオランダ産ハードコアの要素は薄いと感じる。2000年以降になるとEnzyme XやDJ Promoといったオランダのインダストリアル勢からの影響や、UKハードコア勢がオランダのハードコア・フェスティバルでレギュラー化していった事もあり、オランダとイギリスのスタイルが混合していき、新たな音像を得ていく。特に、DJ AkiraとDrokzのテラーコアのエッセンスはUKハードコアと深く共鳴していったのではないだろうか。

UKハードコアのグルーブ感とマッシブなサウンド、フランスのインダストリアル・ハードコア/フレンチコアの実験精神と歪みとサイケデリック感、オランダのテラーコアのスピードと攻撃性がマッチして、現行のUKインダストリアルというスタイルが出来上がったのではないかと思う。
だが、実際にUKインダストリアルというスタイルがあるとするならば、それは2000年後半から2010年代前半に現れたアーティスト達の方がそれを具現化していると感じる。2000年代後半に登場したアーティスト達とその音源を振り返りながら、UKインダストリアルと呼ばれるものをもう一度考察してみよう。

UKハードコアとブレイクコア
UKインダストリアルというスタイルを構成する要素は、先程挙げたもの以外にもブレイクコアの要素が少なからず反映されていると思う。2000年中頃、The DJ ProducerとHellfishはブレイクコア・シーンとも繋がり、彼等はShitmatやDoormouseのレコードもプレイしていた。The DJ Producerはブレイクコアにも友好的な発言をしており、ブレイクビーツを軸としてUKハードコアとブレイクコアは良い相性を見せていたのと、サンプルとブレイクビーツを多く重ねていく手法やシニカルなユーモアのセンスなど、ブレイクコアとUKハードコアは似た様なメンタリティを共有出来ていたのだろう。ブレイクコア界のボスであるRotatorはハードコアに特化したMr Kill名義でも作品を発表しており、Hellfishのキックをサンプリングした曲をリリースするなど、2000年中頃からブレイクコアとUKハードコアの接近は深まっていった。
HellfishはShitmatのリミックスを制作し、Wrong MusicからブレイクコアチックなスピードコアをリリースしていたLadyscraperは2008年にDeathchantから12”レコード『The Thunderbox EP』を発表し、PacemakerからBryan Furyとのスプリット・レコードやKhaoz Engineのリミックスも行っている。The Teknoistはハードコア・シーンよりも、ブレイクコア・シーンでの活躍が目立ち、自身のレーベルNinja ColumboでUKハードコアとブレイクコア/ジャングルの混合スタイルを推し進めていった。
DJ TugieのレーベルAudio Damageが2010年にリリースしたコンピレーション『The Audio Damage All Stars LP』は、ブレイクコアとUKハードコアのおいしい部分が合体したトラックが幾つか味わえる。Bryan Furyもブレイクコアにフォーカスした活動をしており、Pacemaker のサブレーベルPacebreakerが2011年にリリースしたコンピレーション『The Press F5 EP』では、Peace Offから作品を発表しているブレイクコア・アーティストElectric Kettleとのコラボレーション・トラックを制作。Peace Offのハードコア専門レーベルBang A RangはDetestやThe Teknoist & Scheme Boyの12”レコードをリースし、こういったブレイクコアとハードコアのクロスオーバーはAbused Recordingzなどに受け継がれる。UKハードコアとも近しいKhaoz Engineの最初期の作品は台湾のブレイクコア系レーベルSociopath Recordingsからリリースされている。


2000年中頃はブレイクコアがヨーロッパ全土でムーブメント化していたのもあり、この時代にティーンエージャーだったアーティストはブレイクコアの影響を大きく受けていると思われる。これに関しては、いずれまた別の機会に実例を公にする。
2005年~2010年までに一部で起きていたUKハードコアとブレイクコアの混合スタイルが、今に繋がるUKインダストリアルの骨組みの一つとなっていると思える。UKハードコア勢以外にも、ブレイクコアとハードコア・シーンを行き来していたのがポーランドのI:Gorだ。彼はIDMに特化したアルバムも残しており、2003年~2004年はSuburban Trash IndustriesやLow Res Recordsからブレイクコア・スタイルのレコードを発表している。DeathchantからI:Gorがリリースした『Funk Off』はブレイクコアとUKハードコアの理想的なミックスの一つだろう。Detestも名盤LP『The Massacre』でブレイクコアのエッセンスを交えており、リミキサーにはBong-Raが起用されていた。


ベルギー勢
彼等以外でブレイクコアとUKハードコア/インダストリアル・ハードコアを高密度で合体させたのがベルギーのIgneon Systemであった。僕が最初に聴いたIgneon Systemの曲は先程触れた『The Audio Damage All Stars LP』に収録されていたHomeboyとの合作「Respect The Strength」。狂ったように打ち鳴らされるスネアと多用なサンプルを駆使したあの曲の衝撃は今でも鮮明に覚えている。今聴き返しても最高の狂いっぷりだ。これをハードコアというのか、ブレイクコアというのか、未だに明確に分けられない部分がある。Rebelscum からリリースされたIgneon Systemとベルギーのブレイクコア/ブレインダンス・アーティストX&Trickとのコラボレーション・レコード『The Wise Guyz EP』もブレイクコアとインダストリアル・ハードコアが上手く混ざり合っており、双方のジャンルの良さがしっかりと目立っている。Igneon Systemはリリースを重ねる度にプロダクション・レベルが上がっていき、それに伴ってスリムになっていった部分もあるが、Heresyからのシングルではブレイクコア的なエディットが今も垣間見える。
また、同じくベルギーのTrippedもUKインダストリアルの発展に貢献していると思う。TrippedがRebelscumからリリースした『Infiltration』は、UKハードコアにテラーコアのアグレッシブなエネルギーが込められていて、それまでのUKハードコア/インダストリアル・ハードコアとは違った、そぎ落とされたストイックなサウンドを展開している。2013年にHong Kong ViolenceからリリースしたTripped & Khaoz Engineの『Competition Is None Volume 3』は、DJ Akiraが広げようとしているUKインダストリアルの方向性を具現化した作品ではないだろうか。


ダンスミュージックの場合、新しいジャンルが生まれるのはターンテーブル上であることが多い。ジャングルやバブリンの様にピッチを変えて生まれたものや、別々のジャンルをミックスしていって生まれたものなどがあるが、UKインダストリアルもDJ達の試行錯誤によって生まれた部分が大きいと思う。例えば、2008年にThe DJ ProducerがPsychik Genocideから発表したミックスCD『Operation Obliterate - A Collection Of Industrial Love Songs』は、Rebelscum的なクロスオーバー感を元にオランダ、イギリス、フランスにベルギーのハードコアもミックスし、UKハードコアとインダストリアル・ハードコアの最良のミックスを展開している。クロスブリードの最初期も記録しているSignal Flowの名物ミックス・シリーズにDrokzが提供した『Signal Flow Podcast 38』やDJ Akiraの『Signal Flow Podcast 42』は、彼等が2000年代から追求していたテラーコアとUKハードコアのミックスを最も解りやすく形にしており、UKインダストリアルという感覚を理解出来る。このように、DJミックスで表現したスタイルをスタジオに持ち帰って作られたのがUKインダストリアルと呼べるものになっていったとも思える。

前回の記事でも書いたが、UKインダストリアルの歴史やスタイルを定義づけするのは不可能に近い。だが、上記のようにThe DJ Producer、Hellfish、Manu Le Malin、MicropointからDrokz、DJ Akira、I:Gor、Detest、Igneon System、Khaoz Engine、Trippedへと流れていき、彼等が自国のハードコアにブレイクコアやドラムンベースを取り込んで生み出していったものの一つがUKインダストリアルというスタイルになったのだと思う。

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