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美メロ・ブレイクコアの進歩

2022年1月に突如現れた期待のニューカマーMedici Daughterが早くも新作『Dolly / Scammer / Watching Resi』をGeotact Recordsから発表した。
デビュー作である前作『Medici Daughter』よりも、カットアップやグリッチを解かりやすく全面に出したアブストラクトでドリーミーなメロディとサウンドスケープに酔いしれる素晴らしい作品。本当に全曲最高であるが、2stepをコラージュしたような「Scammer」はクラブのフロアからベッドルームでも楽しめる現代的な音色とフィーリングがあり、まさに今必要とされる音楽の形態であると思う。

主にGarageBandで製作されたというデビュー作『Medici Daughter』はPC MusicのRaffy、ラッパーのLe3 bLACKをフィーチャーし、オールドスクールなブレイクコアとIDMにモダンなヒップホップやポップスのエッセンスを違和感無く混ぜ合わせ、極上のエモーショナル・ミュージックを完成させている。また、Medici Daughterは作曲家としても非常に優れた才能があり、「PVL Toxin」を筆頭に飾らないピュアなメロディの美しさがどの曲からも表れている。

Medici Daughterからは2000年代のIDMとブレイクコアのフィーリングが強く感じられる。本人が直接的な影響を受けているかは解らないが、所謂「美メロ・ブレイクコア」的なニュアンスが「PVL Toxin」や「Dolly」といった曲の断片から垣間見える。
Geotact RecordsからリリースされているAGILITÄT『Empathy』にも、美メロ・ブレイクコア的な曲があり、最近こういったニュアンスの曲に出会うことが少しづつ増えている。

美メロ・ブレイクコアの元祖とも呼べるBogdan Raczynskiは今年3月に待望のアルバム『ADDLE』をPlanet-Muから発表。以前のような躁鬱が激しく入れ替わる激しい曲はなく、表情豊かなメロディが全体をゆるりと流れるアルバムであったが、Bogdan Raczynskiのファンにはたまらない作品となっている。

バロック、ノイズロック、ブレイクコアを合体させた気高く妖艶な作品で知られるNero's Day At DisneylandことLauren Bousfieldは、2020年にDeathbomb Arcからアルバム『Palimpsest』を発表。彼女の作品に一貫して通じている歪さのある美しいメロディはそのままに、以前よりもスケールが増した世界観と音像を披露しており、名盤『Avalon Vales』に並ぶ傑作を生み出した。ハイペースに作品を発表するアーティストではないが、自然な過程で作られている彼女の音楽は1曲1曲に濃密なものが込められており、しっかりと向き合って聴き込みたくなるものばかりだ。Medici Daughterの音楽と共通する部分が多い。

Ladyscraperとしても復帰作を発表し、新たにメタル・ブレイクコア・ユニットWARRもスタートさせたWayne AdamsのBig Ladは去年3rdアルバム『Power Tools』をリリース。イギリスの伝統的なアシッド/ブレインダンスの美メロにマスロック、グランジ、ブレイクコアを人力で融合させた力作を放ち続けている。他ではHitori Tori、Dead、Stazma、Anorakといったアーティストが現代的な美メロ・ブレイクコアといえる作品を発表している。

美メロ・ブレイクコアのルーツ

美メロ・ブレイクコアと呼ばれるスタイルのルーツはAphex Twin、Squarepusher、µ-Ziqの御三家で間違いないだろう。彼等が90年代に発表したクラシカルなストリングスに、アシッド・フレーズ/ベースラインと高速ブレイクビーツを重ねた疾走感のあるギャン泣き不可避なドリルンベースや、テクノやエレクトロを解体して組み合わせた崩れたビートの上に可愛らしさのある白昼夢なメロディを乗せたブレインダンスなどが、大本のルーツとなっていると思われる。

激しいビートと相反するようなメロディが組み合わさった躁鬱的でドラマチックな御三家の音楽は世界中に多くのフォロワーを生み、電子音楽以外のジャンルにも多大な影響を与えている。美メロ・ブレイクコアにカテゴライズされる音楽を作っているアーティストで、彼等の影響下にいないアーティストは殆ど存在しないのではないだろうか。

2000年代に登場したアーティストはティーンエージャーの頃にAphex Twin、Squarepusher、µ-Ziqの作品を聴いていたケースが多く、原体験としてドリルンベースやブレインダンスが大きく残っている。そこにIDMやグリッチ、ブレイクコアといったリアルタイムで進行していたムーブメントと合わさり、Emotional Joystick、Curtis Chip、Line47などによる美メロ・ブレイクコアの最初期が出来上がっていったと予想される。レーベルでいえばZODやSonicterror Recordingsなど、USブレイクコア・シーンから美メロ・ブレイクコアの原型が出てきた記憶がある。

IDMやグリッチの方向性では、Kid606の『GQ On The EQ』や『GQ On The EQ++』に代表されるノイジーでねじ曲がったメロディアスでエモーショナルな作風があり、他にもFennesz、Sagan、Lesser、Max Tundraなどが開拓した流れも繋がっており、Medici DaughterやHitori Toriの作品には彼等の音楽のフィーリングに似たものを感じさせる。
最近は表立った活動をしていないが、Foxdye(Phoxii)は2000年代初頭のIDMをブレイクコアナイズした曲を幾つか残しており、美メロ・ブレイクコアに通じる作品を発表していた。

確立後

初期はシングルとEPでのリリースが多かったブレイクコア・シーンであったが、2000年中頃になるとアルバム単位で作品を発表するブレイクコアのレーベルが増えていく。それによって、いつもとは違ったスタイルの曲調に挑戦するアーティストの一部や、より深く自身の世界観を表現しようとするアーティストの一部がメロディと向き合い始める。
ラガコアがメインであったEnd.Userはストリングスを用いた「End Of A Beginning」という曲を披露。この曲はEnd.Userの代表曲の一つとなり、以降はメロディアスなハード・ドラムンベースやブレイクコアをメインに作り出していった。

ターニングポイントとなったのはThe FlashbulbとWISPの台頭がある。当初はベースをギターに持ち替えたSquarepusherというイメージが強かったThe Flashbulbであったが、Sublight Recordsを作品発表の拠点に移してからはポスト・ロック的な方向性に進みだし、自身の濃いオリジナルなカラーを映し出して成功を収める。WISPもRephlexとWARPチルドレンらしい作風であったが、USブレイクコア・シーンからの影響をダイレクトに受けた『Building Dragons』で強固な自身のスタイルを確立。以降、WISPはRephlexから二枚のアルバムを発表するまでになった。美メロ・ブレイクコアの土台には彼等の作品が大きく関わっていると感じる。

The FlashbulbとWISPのアルバムが高評価を得ていた頃、SabrepulseやSaskrotchなどのチップブレイクもジワジワと人気を集めており、Himuro Yoshiteru氏はZODやIn Vitro Recordsといった海外レーベルからブレインダンスやチップブレイクを自己流にアレンジした作品を発表。これらの動きは特に国内のネットレーベルやチップチューン界隈に多少なりとも影響を与え、日本の美メロ・ブレイクコアの発展に繋がっていたと見える。
istari lasterfahrer『The Rabbit In Me』やKrumble『Autobahn / Bass Line Vision』など、普段はハードなラガコアやブレイクコアを作っていたアーティストによるメロディアスなレコードもリリースされ、ブレイクコアのオルタナティブな部分が見えやすくなっていた時期でもあった。

その中でも、印象的であったのは硬派な姿勢でブレイクコアに取り組んでいたPeace Offが2006年にイギリスのDr. BastardoのLPアルバム『When Dubplates Attack』をリリースした事。ジャングルコアの名盤でもある『When Dubplates Attack』はブレインダンスの要素も大きく、それまでPeace Offがリリースしてこなかったメロディアスな作風であり、当時困惑したファンもいたと思われるが結果的にPeace Offの幅を広げることに繋がった。

そして、2010年代に突入してからはStazmaやHitori Toriがモダンな感覚でブレイクコアを軸に、90年代のブレインダンスとドリルンベースを取り込んだメロディアスなアシッドコアを展開。2010年代は彼等が切り開いたアシッドコアにインスパイアされたクリエイターが過去のブレインダンスやドリルンベースを掘り下げ、美メロ・ブレイクコアに繋がっていく流れがあったように見える。
Techdiffは『Service Pack』シリーズで伝統的なUKアシッド・サウンドの神髄を聴かせてくれ、Ruby My Dearは弦楽器の音色を使った幻想的で美しいブレイクコアで人々の心を射止めた。これら全ての流れがMedici Daughterが登場するまでに出来上がっていた流れではないだろうか。
Medici Daughterを筆頭とした新たな世代がどういった流れを作り出すのか楽しみである。






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