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DC100 / 2021年のUKハードコア

1994年に始動したイギリスのハードコア・レーベルDeathchantが昨年遂に100番目のリリースを迎えた。
デジタル・フォーマットが支流となり、サブスク全盛期の昨今でもDeathchantはレコードのリリースを止めず、レーベル・オーナーHellfishのシングルを中心にDataklysm、Khaoz Engine、Raxyorといった下の世代のアーティストのシングルも積極的にリリースし、UKハードコア/インダストリアルを更新し続けている。

カタログ100番目を記念して『DC100』というシリーズが昨年10月から始まり、第一弾にHellfish & Producer「Return Of The Damagers」という往年のUKハードコア・ファンは号泣してしまう1曲をぶん投げてきた。
以降、Deathchantに縁のあるアーティスト達からDrokz、Angerfist、KutskiといったDeathchantには初参戦のアーティストまでが『DC100』に参加し、シリーズは10作目まで続いた。現在、『DC100』を一つに纏めたコンピレーション『Battle Colours』が配信されている。

『DC100』はフレンチコア、インダストリアル・ハードコア、ブレイクコアを取り込み時代の流れを汲みながらも軸であるUKハードコアからは離れず、Hellfishのアティチュードを反映させた作品展開で、ハードコア・シーンの中で唯一無二のレーベルとして絶対的な存在感を放っているDeathchantの歴史を凝縮している。そして、UKハードコアはカッコいい音楽だと改めて気づかせてくれた。

UKハードコア・スタイルの核心部分を作り上げたDeathchant最初期アーティストDiplomatとSkeetaの曲が聴けたのは嬉しく、2000年代のDeathchantを盛り上げたHardcoholicsやMicronの曲も素晴らしかった。Rude Ass Tinker(Mike Paradinas)の曲は、もしかしたらハードコア・ファンからは不評からもしれないが、不穏な雰囲気が漂うモダンテイストなスタイルでCaustic Windowのハードコアを思い起こさせる不思議な心地よさがあり、個人的には大好きだ。

The DJ Producerの「100 Years Of Deathchant (The Deathchant Will Never Die 100 Megamix)」とThe Teknoistの「For Those That Know」には、DeathchantとUKハードコアの輝かしい功績の数々が素材として散りばめられており、Deathchant/UKハードコアの神髄を解らせてくれる。

他にも、Drokzの「The Murderer」は高速ジャングル・ビートを駆使したハードコア・トラックでHellfish & The DJ Producerの「Theme From Fuck Daddy」へのオマージュを感じさせるし、Tugie「Audio Intercourse (Rogue Remix)」はクロスブリード以降の新しい可能性をUKハードコア視点で証明している。今後、UKハードコアとは何かを伝える際には、『DC100』を紹介するのが最も手っ取り早く的確だろう。
そして、UKハードコアとUKインダストリアルの違いも曲から感じられ、今後更なる発展を遂げるであろうUKインダストリアルの重要な分岐点として『DC100』は数年後にまた語られるかもしれない。

『DC100』は300枚限定の5枚組LPボックスも製作されたが、予約の段階で売り切れてしまったみたいだ。LPのジャケットが強烈で最近のHellfishのスカム感が全面で表れている。
そういえば、20年程前にCDとレコードが缶に入った特殊ケース仕様のコンピレーションをDeathchantはリリースしていた。

2021年はUKハードコア関連での良作が多かった。『ハードコア・テクノ・ガイドブック オールドスクール編』ではUKハードコアをフィーチャーしているが、書き終えた後(2021年上旬)からも続々と良作が出てきていて、正直困った。

The DJ ProducerとのユニットThe Coalitionでも活動していたX-E-DosやTraffikなどが参加したWarehouse Waxのコンピレーション『We're Not Dead Volume 4』は、ブレイクビーツ・ハードコアの変わらぬ魅力を我々に教えてくれている。今作でのThe DJ Producer「Bring The Orchestra」は一音一音から圧倒的な音の説得力が出ており、ブレイクビーツ・ハードコア全盛期に最前で活動していただけある流石の仕上がりだ。Traffik「Dreamland」も素晴らしく、イギリスのハードコア・シーンにおいて、ブレイクビーツ・ハードコアがどれだけ重要であるのかが嫌でも伝わってくる。

『ハードコア・テクノ・ガイドブック オールドスクール編』でのUKハードコアのチャプターではブレイクビーツ・ハードコアの重要性についても触れ、The DJ Producerのインタビューでも当時の話を幾つか聞かせてくれている。その中でも、以下の発言は特に印象深い。

俺はいつもブレイクビーツがあるファンキーなものを見つける努力をしていた。それはいつも近くにいて、集めなくてはいけない。
The UK Hardcore Techno DJの「UK」はブレイクビーツのことだ。それがトレードマークとなり、クロスブリードの誕生のきっかけとなったのは、このメンタリティのお陰かもしれない。The Outside AgencyのFrank & Noelに初めて会った時、Frank(Eye-D)は俺にこう言ったことがある。「俺達は君がブレイクビーツを沢山使っているのが本当に好きなんだ。本当に沢山ね。オランダではそんなことはしないんだよ」と。

(The DJ Producer / ハードコア・テクノ・ガイドブック オールドスクール編)

UKハードコアの最も大きなルーツであるブレイクビーツ・ハードコアを無視してUKハードコアを理解するのは難しいだろう。コロナ過になってから、The DJ Producerは定期的にDJプレイを配信し、クラシックなブレイクビーツ・ハードコアのセットを披露していた。それによって、UKハードコア/インダストリアル・ファンは改めてブレイクビーツ・ハードコアの重要性を実感していたんじゃないだろうか。『We're Not Dead Volume 4』はUKハードコアとブレイクビーツ・ハードコアを繋ぐポイントとして、見逃せない作品であった。

Deathmachineは2ndアルバム『Mutability LP』をPRSPCTから発表。
前作『Engines Of Creation』よりも幅が広がり、テクノ~ダブステップにも挑戦しているが、それらを完全に消化して自身のサウンドとスタイルに落とし込めていた。Deathmachine印のずっしりとしたインダストリアル・ハードコアは健在ながらも、クロスブリードを通過したグルービーなハードコア・スタイルが目立ち、普段ハードコア系を聴かない人々にも受け入れられるオルタナティブ性が全曲に込められている。

元来、UKハードコアはハードコア・テクノの中でもオルタナティブな姿勢が無意識的にも表れており、常に他ジャンルから貪欲に素材や手法を取り込んで進化してきた。『Mutability LP』はUKハードコアのサウンドよりも、そのメンタリティが全体に活かされ、UKハードコアのオルタナティブな側面を全開している。
だが、DeathmachineはUKハードコアという枠から意図的に外れようとしているようにも見える。作家性が強いアーティストであり、その趣向は年々強く表れていたように思えるが、その結果『Mutability LP』を生み出したのかもしれない。今後Deathmachineがどういった方向に進むのかが本当に楽しみだ。

UKハードコアのオルタナティブ性を感じさせる曲としては、去年リリースされたKilbourneとThe DJ Producerのコラボレーション・トラックにも新しいUKハードコアの可能性の断片が生まれていた。

UKインダストリアル・スタイルを強化したリリースも記憶に残る物が多く、Khaoz EngineやMykozが強烈なトラックをリリースしていた。DJIPEは1stアルバム『Prism』でインダストリアル・ハードコアそのものを破壊して再構築した凄まじい作品を発表し、彼のルーツであるUKハードコアのテイストも随所で反映されていた。

Hong Kong Violenceからリリースされた日本のCoretex & MIDI WAR『Tokio Phonk EP』も近年のUKインダストリアルをベースとしつつ、バウンシーなビートとサンプルを駆使してハードコアの中にあるブルータリティを上手く引き出している。同じく、日本のMiyuki OmuraはUKハードコア/インダストリアルを軸にオールドスクールなハードコア・クラシックやドラムンベースを巧みにミックスし、時代性に囚われないDJプレイからはUKハードコアのメンタリティを継承していると思える。

2022年に入ってからもUKハードコア界隈は面白い。
HellfishとDoormouseはFISHMOUSE名義でコラボレーション・シングルを発表。Hellfishは90年代からDoormouseのレコードをプレイしていたり、両者にはファンキーなブレイクビーツ使いや悪趣味でノイジーなスカム風味の作品など共通点も多く、遂に実現したコラボレーションは予想通りの内容であった。
初期UKハードコア・クラシックとしてファンから愛されているDiplomatのシングルはオークションなどでは非常に高価で入手が難しかったが、今年に入りBandcampでデジタル・リリースが行われた。Diplomatが残した名作は変わらぬUKハードコアの素晴らしさを体験出来る。

Dolphinはコンピレーション『The Anti​-​Imperialism Schism』に提供した「Oscillate」という曲で、ダブステップをハードコア化させていたKomplex Kommunications期を思い起こさせる新たなスタイルを披露。Celsiusの『Dark Crystal EP』と似た実験的なハードコアであり、この路線のDolphinをもっと聴いてみたくなった。
Hellfishは名曲「You Need More Crack」のVIPなどを収録した『Holy Hellfish Vol1』で通常通りの爆走を続けている。2022年はどんなUKハードコア/インダストリアルに出会えるのか楽しみだ。


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