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ブレイクコアとノイズ

少し前にPraxisからイギリスのノイズミュージシャンNomexが1999年に発表した12"レコード『Trocante Gramofony E​P』が再発された。
Nomexといえばオールドスクールなブレイクコア・ファンにとってはDJ Scudとのコンビネーションが有名で、ブレイクコア創世記に重要な作品を残した事で知られている。1997年にScudとNomexが立ち上げたレーベルMaschinenbauから『Eurostar』と『Total Destruction』という二枚の7"レコードを発表しており、この二枚は初期ブレイクコアに多大な影響を与え、ある意味でブレイクコアというスタイルの原型と概念を作り上げた。
2018年にはPraxisからこの二枚の7"レコードをリマスターして12"レコード化した『Maschinenbau EP』がリリースされたのも記憶に新しい。

『Trocante Gramofony E​P』の再発を記念して、Nomexの功績と、ブレイクコアとノイズの関係性について少し纏めてみる。

PraxisとAmbushが提示したラディカルなダンスミュージック・スタイル

良いノイズもあれば悪いノイズもあるよね、他のあらゆることと同じように。僕は「楽しむ」ためにノイズを使ったことはないけど、常に何か、それとない「喜び」あるいは恍惚とした感情を、どういうわけか感じていた。幸福感は間違った単語だろうけど、何かそれに近いものだ。カタルシス?多分、自我の喪失かな?大抵はサンプリングしている─僕は当時、たくさんの日本のノイズを蒐集していた。Masonna、Merzbow、Aube、C.C.C.C、Keiji Haino、その時代の非常に多くのあらゆるアーティスト、だけど僕の絶対的なお気に入りはThe Gerogerigegege だね!彼の7インチをたくさん持っていたよ。その中の1 つに、空襲警報が右のスピーカーから鳴って、左へ移動していくものがあるんだ!イカれた天才だよ。ある意味、Shizuo的でもあるかな?(DJ Scud / ブレイクコア・ガイドブック上巻)

ブレイクコアを形成したレーベルであるPraxisとAmbushが90年代中頃から後半に掛けてリリースしたレコードを聴くと、そのほとんどにノイズが使われている。その当時のPraxisとAmbushのレコードにはジャングル、ハードコア・テクノ、テックステップといったダンスミュージックが骨組みとなっており、そこにインダストリアルな質感のあるサンプルとノイズが重要なパートを補っているのが分る。
同時期、Digital Hardcore Recordingsもノイズミュージックの要素をデジタル・ハードコアに落とし込み始めており、オーストラリアのハードコア・レーベルBloody Fist Recordsも似た様なアプローチを行っていた。

ブレイクコアの出生地でもある90年代のエクストリームでアンダーグラウンドなハードコア・テクノ・シーンの一部は、日本のノイズミュージックと共鳴し合っており、当時のインタビューやチャートを見ると日本のノイズミュージックについて多く触れられていた。90年代のノイズミュージックとハードコア・テクノの関係性は深く、似た様な背景と姿勢を共有していたと思われる。
ノイズミュージックとハードコア・テクノの背景を理解した上で、そこに更に多くの音楽的要素を付け足していったのがScudとNomexであった。

Nomexはパンクやインダストリアルの音楽的ルーツを持っており、ノイズのライブパフォーマンスからブレイクコアやハードコア/スピードコアのDJ、特殊な機材を使ったインスタレーション、テクニバルからアートギャラリーまで様々な場所とスタイルで活動していた。ブレイクコアの発祥に大きく関わっているイギリスのパーティーDead By Dawnのオーガナイズも行っており、Christoph FringeliとScudと同等にブレイクコア・シーンにおいて重要な人物である。
Nomexとしては自主レーベルAdverseから幾つかのCD-Rとレコードを発表し、他にもPraxisとエクスペリメンタルなハードコア/ブレイクコアをリリースしていたReverse Recordsからも作品を残している。ブレイクコアやスピードコアからのフィードバックも得た特殊なサウンドを展開し、Nomex単体の作品もブレイクコアとカテゴライズ出来る物がある。

Nomexの作品も非常に素晴らしいが、やはりNomexとScudのコンビネーションは特別だ。彼等が90年代に作り出した曲は全てクラシックといえる出来栄えで、20年以上前の曲であるが今聴き返してもまったく落ち度がなく、完璧以上に完璧といえる。
その中でも、1998年にリリースされたScud & Nomexの『Total Destruction』は、ラガジャングルとハーシュノイズ、フィールドレコーディングの素材がカオティックに混ざり合い、多数の文化的側面が継ぎ接ぎに繋がった歪な芸術作品ともいえ、ブレイクコアという概念を具現化させたようなレコードであった。

笑っちゃうよ。けど同時に、彼(Nomex)はもう亡くなってしまったから悲しくもなる。あと今はもう、僕らがどうやってこの曲を作り上げたのか、めちゃくちゃ漠然とした記憶しかないんだ!ポール(Nomex)がコピーキャットっていうテープエコーを借りてきて、それをハーン・ヒルの僕の住処まで持ってきたのは覚えてる。当時、僕はAmiga1200を使っていて、メモリーは8MBで、8ビットサウンドを4チャンネル備えたOctaMed っていうサウンドトラッカーを走らせていたんだけど、それは出力を分けることができず、たった1 つしかアウトプットがなかったんだ。僕はそれに自作のEQ ボックスを通していた。Gain / Hi / Loしか無くてさ、Amiga の専門誌(今では想像するのは難しいけど、当時、まだ2 つ出版社があったと思う)の巻末リストから通販で買ったもので、めちゃくちゃスペシャルだったよ。僕らは全てを小さな4チャンネルのAlesisミキサーとさらなるEQに走らせて、コピーキャットのフィードバックエコーを使って、Amigaのキーボードで大量のサンプルとノイズを差し込んでいった。僕らはそんな午後を8 回くらいは繰り返したと思う。
「Total Destruction」のボーカルサンプルは1987年のAdmiral Baileyの曲、「Done PartII」(これ自体、Bob Marleyの「Real Situation」のカバーだった)から取った。オリジナルのジャケットに表記したとおり、他のサンプルはポールが通りを歩いているときに排水溝で見つけたホワイトラベルから取って(いくつかタイトルの分からなかった質の低いジャングルトラックがあって─それから作った耳障りなイントロのブレイクが聴けるでしょ)、そして「フィールドレコーディング」部分は、サウス・バンクに行ってスケーターの立てる音とか、研削するときの音なんかを録った。全部真実さ。悲しいことにポールはこの曲を嫌いになってしまって、そのことがすぐに僕たちの友情の崩壊を引き起こす原因となった。彼は度を超えた批判的な性格で、このトラックが独り歩きしてしまったように感じて(言ってみれば「ヒットしたというステータス」)、酷く苛ついていたんだ。彼はこう言っていたよ、「俺はお前らの知ってることなんかに用はない!」。(DJ Scud / ブレイクコア・ガイドブック 上巻)

2000年になるとScudはI-Soundとの共作を通して、ダブとダンスホールのセクシャルでダーティーな肉体的ビートとベースに、ノイズの高揚感と破壊衝動を力技で掛け合わせたラディカルなスタイル/手法を生み出した。
ScudはI-SoundのレーベルFull Wattsから『Kill Or Be Killed』と『Each One Teach One』でハーシュなダブ/ダンスホールの完成形を作り出しており、2000年にAmbushからリリースされたI-Soundとのスプリット『Mortal Clash』収録の「Next One Dead (Outronoise By Nomex)」も見逃せない。この曲にはNomexがフィーチャーされており、Full Wattsからのレコードとは違ったより殺気だったブレイクコア要素の強く出た曲で、ラガコアのクラシックである。

DJ ScudとNomexのコンビネーションによって生み出されたハーシュなダンスミュージックはPeace Offなどの2000年代に活躍したブレイクコアの第二世代達に引き継がれていき、ScudとNomexを模範とした曲が2000年前後はとても多く目立つ。ブレイクコア以外にも、The Bugも彼等のスタイルに影響を受けたアーティストの一人であり、DJ/RuptureのアカデミックなDJスタイルにも受け継がれている。

残念ながらNomexは2014年に亡くなってしまい、新しい作品を聴く事は叶わないが、彼が残した数々の作品は時間や時代にまったく囚われずに我々に興味深い体験を与えてくれる。Nomexの作品は彼のアーティスティックな拘りが反映されたフィジカルでの体験を優先した物なので、機会があれば是非フィジカルでも入手して体験してみて欲しい。



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