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Venetian Snaresとは?#1

今年の3月で『ブレイクコア・ガイドブック』の出版から二年が経過していた。
去年12月にはインタビューで参加してくれたアーティストを中心としたサウンド・トラックも発表し、2017年10月からスタートしたこのプロジェクトはやっと一段落した。


まえがきにも書いているが、ブレイクコアの歴史をまとめ、ジャンルとして定義するというのは不可能であったので、背伸びせずに出来る事だけをやったのが『ブレイクコア・ガイドブック』であった。
今、読み返してみるとレビューやインタビューなどでもっと色々とカバー出来た事はあったな、とは思うが個人的にはこの未完成感みたいなモヤモヤした感じがブレイクコアを取り巻く状況そのものなので、ある意味最も適した形になっているかもしれない。敢えて、というよりも自然とこうなってしまうのが、ブレイクコアという存在そのものだなと。
本の内容に後悔はまったく無く、自信を持って世に出せている。書き直したいとも思わないし、このままで十分だ。

だが、構想だけあって実際に本に収録しなかったテーマも幾つかあり、それらが下書き状態のままなのも勿体ないかなと思い、思い切ってここで公開する事にした。
まずは、ブレイクコアのアイコン的な存在となっているVenetian Snaresについて、段階を分けて紹介する。


個人的な話
ブレイクコアを知らない人でも変わった電子音楽や激しいダンスミュージックを追っている人であれば、Venetian Snares(以降VS)は知っているかもしれない。ここ数年は彼のレーベルTimesigの展開やDaniel Lanoisとの共作もあってモジュラー界隈でもVSは人気だ。
自分が始めてVSを知ったのは、ブレイクコアのフォーラムで公開されていた「Dance Like You're Selling Nails」のファンメイド?のミュージックビデオを見た時であったと思う。なぜか、当時はVSに対してブレイクコアのアーティストという認識はなく、CEXやOtto Von Schirachの様なユーモアのあるIDMやグリッチ系の電子音楽家というイメージであった。そこから徐々にVSの作品を買っていき、理解していく事になる。


ブレイクコア・ファンの方からしたら、なぜ『ブレイクコア・ガイドブック』にVSのインタビューが載っていないのか不思議だったかもしれない。彼の音楽を聴き続けて動向をチェックしている人であれば、参加していない方がしっくりくるかもしれないが。。
VSとは共通の友人知人が沢山居るのでコンタクトを取るのは難しくはなかったが、誰かの紹介で何かを依頼するのはよっぽどの事ではないと個人的に少し気が引けるのもあり、仲介などは挟まずに直接メールを送ってみた。返信は期待出来ないだろうなと思っていたが、インタビューを引き受けてくれるとの回答を受け取り、正直とても驚いた。すぐさま質問を作って返答を待ったのだが、VSのヨーロッパ・ツアーのタイミングとも重なってしまったりと期限内に間に合わず、残念ながら実現することは無かった。
音楽メディアやレコードショップがVSの作品を紹介する際、ブレイクコアの作品として紹介する事が多いが、本人がブレイクコアを商業的に利用しているのを見た事は無いし、どちらかというとブレイクコアから離れる動きをしていると感じる。そして、僕もVSの作品に対して全てをブレイクコアだとは思わない。多分、VSは自身に纏わりついているブレイクコアのイメージを嫌い、ブレイクコア・アーティストとして括られるのに疲れているんじゃないだろうか。それもあって、ブレイクコアの本に参加するのは絶対に嫌だろうし、まず興味も持たないと思っていたので、一瞬でも参加しようと思ってくれたのが意外で嬉しかった。

ブレイクコアという概念にVSは完璧に当てはまるし、ブレイクコアが発展していく流れに彼の作品は大きく影響を与えたのは間違いない。個人的な意見だが、ブレイクコアがジャンル化した頃から、ブレイクコア自体がVSに依存してしまっている様に見える。仕事として活動している音楽ジャーナリストやライターにも若干の問題があるかもしれない。もし、その人達がブレイクコアをしっかりと調べて、その周辺のジャンルへの理解もしていれば、VSの作品に対してもっと広い視点で評価と分析が出来ていたのではないだろうか。VSにはなんの問題もないが、彼の作品を紹介する側によるブレイクコアという言葉の使い方(音楽名ディアにおいて)などが、ブレイクコアを更に単一化させ、特定のイメージを与えた事になったのかもしれない。
まあ、ブレイクコア・シーンで活動していた人々がこういった誤解に関して、特に否定も肯定もしなてこなかったのも、ある意味では正しいと個人的には思うが、それによってVSだけではなく、革新的な電子音楽やダンスミュージックを作っていたアーティストの作品が得るべき評価を得られなかったのであれば、それは残念である。

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どれから聴くべきか
VSの凄さを簡単に説明するのであれば、そのアウトプットの多さだろう。ハードコア、ブレイクコア、IDM、クラシック、ダブ、ジャングル、シンセポップ、アシッドなど、一つのジャンルに限定されることはなく、自身が表現したい世界を音で演出する為に、そのジャンルの特徴的な部分を各作品で使っている様に見える。一貫した美的センスやユーモアは、どの作品にも形を変えて流し込まれており、プロダクションのクオリティはずっと安定して高い。キャッチーなサンプルを使った踊れるアルバムであっても、VSの歪な世界観は変らず、キャッチーでポップな作品の方が逆に不気味さを増していて、VSの音楽には病的な何かが常に潜んでおり、それに人々が魅了されているのだと思う。

VSのアルバムやEPはトータルで50タイトル以上あるので、どれから聴けばいいのか迷うかもしれない。その場合は自分が好きなジャンルやスタイルから選んでいくのがいいだろう。ブレイクコアなら『Doll Doll Doll』『Shitfuckers!!!』『printf<"shiver in eternal darkness/n">;』、プログレッシブなIDMや電子音が好きならば『Songs About My Cats』『Huge Chrome Cylinder Box Unfolding』『Traditional Synthesizer Music』、スピードコアやハードコア・テクノ寄りであれば『Winnipeg Is A Frozen Shithole』『Fuck Canada // Fuck America』『Making Orange Things』、ジャングル/Raveなどのダンサブルなスタイルは『Pink+Green』『Detrimentalist』、メロディアスでクラシカルなのは『Rossz Csillag Alatt Született』『My Downfall (Original Soundtrack)』『Hospitality』、レゲエ/ダブであれば『Cubist Reggae』『Sabbath Dubs』など。ここで挙げた大抵の作品はストリーミング・サービス、もしくはVSのBandcampにあるのですぐにチェック出来る。


最初期
今となっては、VSといえばクラシカルであったり、モジュラーやアナログ機材を使った実験的な電子音楽を作るアーティストという認識が強いかもしれないが、元々はハードコア・テクノとジャングルを主体としたアグレッシブなスタイルであったのはVSファン以外には知られていないかもしれない。

VSの登場はブレイクコアが形成され始めた時期とも重なり、実験的なハードコア・テクノがブレイクコアへと変化していった頃であった。それによって、本人の意思とは無関係にVSとブレイクコアは同じ時間軸で世界に羽ばたいていった。
VSの初期作品はカナダのハードコア・シーンで重要な役割を果たしていたDJ Fisheadとのスプリット・テープであり、カナダのハードコア・シーンやRaveにも出演していたという。DJ Fisheadはハードコア・テクノからドラムンベースに日本のノイズミュージックをミックスするアヴァンギャルドなスタイルで、ブレイクコア以前からブレイクコア的な表現をDJの立場で行っており、彼とのスプリットは必然的であったのかもしれない。FisheadとVSは1998年に『Eat Shit And Die』と『Barrage』という二作のスプリット・テープを発表している。


1998年というとアメリカのDoormouseもハードコア・テクノからブレイクビーツを多用したスタイルへとなっていき、Abelcain(Davros)やBombardierといったUSブレイクコアの第一世代が作品を発表し、Kid606もその流れに合流。90年代後期、アンダーグラウンドではハードでインダストリアルチックな過激なドラムンベースやエレクトロ、ブロークンビーツもハードコア・テクノの文脈にあり、90年代前半のRave黄金期と同じく、大きな意味での「ハードコア」として括られていたのが過去の記録を読むと理解出来る。その大きな括りの中にブレイクコアもあり、ハードコア・テクノのサブジャンルとしてのブレイクコアであったが、1998年頃になるとブレイクコアはその背景を否定し、ジャンルではなく概念として形作られていく。そして、VSの登場は完璧なタイミングであり、カナダよりもアメリカのブレイクコア・シーンと共にその勢いを拡大させる。

ブレイクコアに初めて触れたのは、ピッツバーグのGeoff Cutupsを通してだった。Geoffと彼のクルーが、アイスリンクでレイヴを開催して、Doormouse、Abelcain、Fishead、Venetian Snaresを含む中西部のハードコア/ブレイクコア・シーンのアーティストをほぼ全員ブッキングしたんだ。確か2000 年だったと思うけど、それまで全く聴いたことの無い音楽に出会い、人生が変わった体験だったよ。特に『Printf』をリリースしたばかりだったアーロン(Venetian Snares)のセットが鮮明に記憶に残っている。脳が少し壊れたような感覚を味わったよ。(Xanopticon / ブレイクコア・ガイドブック 下巻)

VSの初期作品を聴くと、ジャングルやブレイクビーツ・ハードコア以外にもフランスやドイツのエクスペリメンタル・ハードコア/インダストリアル・ハードコア/スピードコアからの影響も感じさせ、ナイフの様に鋭く硬いビートのアプローチにはアンダーグラウンドのテックステップからの影響を感じさせる。
ブロークン・ビーツやジャングル/ドラムンベースのフォーマットをハードコアに取り入れた4x4ストレートな四つ打ち展開ではなく、高速リズミックノイズ的なハードコアや、ノイズミュージック一歩手前のスピードコアなどの要素がジャングルやテックステップなどと交わったのが、初期VSのスタイルの一つだといえる。レーベルでいえばFischkopf Hamburg、Praxis、Sub/Version、Position Chrome、Ambush辺りにインスピレーションを受けていたのかもしれない。後にVSがリミックスを提供するイギリスのSomatic Responsesのスタイルには特に影響を受けているように思えるが、どうなのだろうか。だが、VSのコアなパートは昔から変わらず、ジャングルとその元となったブレイクビーツ・ハードコアの方が大きいとは思う。

実際にハードコア・シーンからもVSは長きに渡って支持されており、インダストリアル・ハードコア界の重鎮OphidianもVSの作品をフェイバリットに挙げ、Somniac OneはDJでVSの曲をプレイしている。『ブレイクコア・ガイドブック 下巻』にてインタビューしているフラッシュコアのカリスマJan Robbe(UndaCova/Atomhead)もVSには好意的な発言をしており、フラッシュコアのパイオニアであるLa PesteはVSの『Fuck Canada // Fuck America』収録曲を含めたレコードを自身のレーベルであるHangars Liquidesからリリースしようとしたが、様々な問題によって結果的に数十枚のホワイト盤のみが作られただけとなった。

初期VSの作品には彼のブルータリティが表面的に強く表れており、デスメタルやグラインドコアからのサンプルと思わしき素材も幾つかある。エクストリームなメタル系バンドやポスト・ハードコア系のバンドからもVSは支持されており、2004年にはIsisのリミックスも制作。それよりも前に、Dev/Nullがドラマーとして在籍していたグラインドコア・バンドFate Of IcarusのアルバムにVSはリミックスを提供しており、これは彼にとって最初期のリミックス・ワークであった。

僕はVenetian Snares が自身のウェブサイト(vsnares.gabber.org)に多くのMP3 を投稿してた頃から彼の大ファンで、c8のリストからも知っていたんだ。僕にとって、彼はお気に入りのブレイクコア・アクトで、僕が音楽で聴きたいと思っているものに最も近い存在なんだ。Dyslexic Response(R.I.P Wai)から出たEP の楽曲なんかは、ほとんどグラインドみたいな激しさだけど、めっちゃ断片化されてて、細かく刻まれ、耳障りで、だから僕には単純なグラインドコア、あるいはスピードコアか何かよりも、もっとクレイジーに感じられたよ。彼は僕がリミックスを依頼したい唯一の人だったし、リミックスしてもらえたことを光栄に感じた。ラッキーなことに、彼がPlanet-Muと契約し、すごい人気になる前にお願いしたんだ。
僕が彼にバラバラのパートを束にして送ると、彼は1 つのスネア音とボーカル素材を選んで、それを使って全く新しい最高の楽曲を作り出したんだ。バンドの他のメンバーもそのリミックスを本当に気に入っていたし、レーベルも喜んでいたよ。(Dev/Null / ブレイクコア・ガイドブック 上巻)

『Rossz Csillag Alatt Született』以降/以前

Snaresは恐らく、ブレイクコアを作っている、作っていたアーティストの中で、最もユニークなアーティストなんじゃないかと思うよ。彼のサウンドは2003~4年以降、ほとんど全てのブレイクコア・プロデューサーにとってのテンプレートとなった。信じられないほど才能に恵まれたミュージシャンだよ。彼とコラボレーションできて本当に誇らしかったし、特にRosszアルバムはそうで、なぜなら僕の考えではあれは、これまで作られた中でぶっちぎりのベストブレイクコア・アルバムだからさ。(Bong-Ra / ブレイクコア・ガイドブック 上巻)
初めて聴いた時、最も感動したのはVenetian Snares のアルバム『Rossz Csillag Alatt Született』だ。そのとき僕は、自分はブレイクコアを作曲したいんだということが分かった。このアルバムは完璧すぎるよ!(Ruby My Dear / ブレイクコア・ガイドブック下巻)

VSの名前を世に知らしめたのが2005年にPlanet-Muから発表された『Rossz Csillag Alatt Született』。このアルバムによって、VSのキャリアは一気にステップアップし、今に繋がる地位を気づき上げた。


今作はVSが一時期住んでいたというハンガリーを訪れた時に得たインスピレーションを元に制作され、バルトーク・ベーラ、イーゴリ・ストラヴィンスキー、グスタフ・マーラー、フランツ・ワックスマンといったクラシック・ミュージックがサンプリングされている。ピアノや弦楽器を多用した美しいストリングスと感情的なブレイクビーツが芸術的なバランスで重なったメロディアスで壮大な楽曲は世界中の人々を魅了し、日本でも大手レコード店で販売され、今作をキッカケにVSを知った人は多い。『Rossz Csillag Alatt Született』に影響を受けたアーティストは多く、Bong-Raの発言にもあるように、テンプレートになる程であった。
どの曲も印象的であるが、特に「Öngyilkos Vasárnap」の物悲しい歌声とメロディは一度聴いたら忘れられないインパクトがある。ある理由で放送禁止にもなったという有名な「暗い日曜日」が原曲であり、VSの耽美なサウンドと相まってなんとも重々しく、だが何度も聴いてしまう曲だ。ストーリー性があって視覚的な展開と情熱的な音の波に飲み込まれる「Hajnal」も素晴らしい。

クラシックとブレイクコアの融合、というある種のスタイルを作り上げ、これに触圧された作品は今作以降増えていった。VSは以前にもジャズ・テイストの『Moonglow』で弦楽器の扱い方がとても上手であるのを披露していたが、『Rossz Csillag Alatt Született』はより表現力が深く、作曲家として大きく成長した姿を見せ、それによって電子音楽やダンスミュージック外のリスナーの獲得にも繋がった。

2006年には、VSと親交の深いオランダのBong-Raは『Rossz Csillag Alatt Született』を再構築した『4 Adaptations Of Rossz Csillag Alatt Született』(Venetian Snares vs Bong-Ra名義)という作品を制作。ジャズプレイヤーでもあるBong-Raによって再構築された『Rossz Csillag Alatt Született』の楽曲は原曲と並ぶ素晴らしい内容であり、彼等の優れた技術と作曲能力が存分に味わえる。Bong-Raは自身のダークジャズ・バンドThe Kilimanjaro Darkjazz Ensembleでも『Rossz Csillag Alatt Született』収録曲「Senki Dala」をカバーしていた。

『Rossz Csillag Alatt Született』以前にこういった作風は無かったのかというと、幾つか重要な作品がある。まず、『ブレイクコア・ガイドブック』で何度も挙がっているChristoph De Babalonのアルバム『If You're Into It, I'm Out Of It』(1997年)は、ドローンとジャングルとクラシックを混合させた地底まで沈められるかのような重く美しい傑作であり、ブレイクコア・アーティストに多大な影響を与えている。『If You're Into It, I'm Out Of It』のインパクトに隠れがちだが、同年にリリースされていた『Seven Up』も同等に重要な作品である。
さらに、ストレートにクラシックとブレイクコアを融合させていたのがŚlepcyの『Absent Opera』(2000年)と、ネオクラシカル/ドローンにハーシュなブレイクコアを叩きつけた『And Again』(2001年)の二作も非常に重要だ。ŚlepcyのMarcin StefańskiはDesper名義で最近も素晴らしいブレイクコアを作っており、VSのファンにも受け入れられる内容である。


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