水素74%『荒野の家』『コンタクト』『外道の絆』/万田邦敏『イヌミチ』

2014年2月16日(日)

 今日はアゴラ劇場で水素74%の『荒野の家』を観た。あらすじは形骸化してゾンビ化した『成熟と喪失―母の崩壊』(江藤淳)というか、家を守る「治者の不幸な役割」とニート息子の逆ギレが対決する。ある一家の抱える「DVあるある」「過保護な母親あるある」でこじれた問題の提示が始まったのが、「過剰な愛」によって支えられたシニカルな現状肯定(こう育てちゃったのでもうしょうがない)でしか家の中が見えなくなっている登場人物がしきりに台詞で言う、「自分でも不気味でわからない」窮地が外部からの第3者の介入で暴力的に引き剥がされようとする、のだがしかし、かと思わせて「君のためを思っているからまともになって欲しいんだ。現実と向き合え」と説教する人間が実は完全に心なくズレていたというホラー的な逆転があり、つまりそこで袋小路が外に開いたと思ったら、より人間らしくない3段階ぐらいに非常識のレベルが上がっていく化け物を招き寄せてしまい、身近な隣人にも潜んでいましたという「確かな正しい現実」が混濁させられる一方になる、ジェットコースター式に疑心暗鬼に突入していく劇。

 この劇団を観るのはまだ2作目だけどどういう人間が出てくるのか観客の心構えができていたためか前作より客席の笑い声が多かった気がしたけど、血のつながっている親子の依存状態がメインだっただけにアウトレイジ度は血がつながっていないカップル数組の支配/被支配関係を描く『謎の球体X』の方が強かったかもしれない。
 言うなれば前作が街の中で敵/味方の判別に脅える話だったとすると今回は家の中の味方だと思っていた身内の不気味さに焦点を合わせているということか。
 兄を心配する既に嫁いだ妹(ダメな夫と喧嘩して実家に戻ってきた)にしても、親の要請で青少年を矯正する登山スクールから迎えに来た更生済みの先輩だという若者にしても、「人のためを思って」雪だるま式に事態を悪化させる役の、舞台に登場した瞬間は一見まともな一般人だったのが脱線していく時の演技が見どころだった。

 水素74%といえば『謎の球体X』を観た時の「なぜ夫はコロッケにマヨネーズ以外で味付けすると激怒するのか問題」をどこにも書いていなかったのでこれはあれに書けばいいのか!!(※ここに書きました→ http://reqoo-zoo-room.jp/?page_id=1160

 ところで偶々読み直していて思ったのだが「批判」というのは元々趣味の批判だったという柄谷行人による村上春樹論はまさに水素74%「謎の球体X」の一場面への注釈になっている。

『しかし、本来、「批判」という言葉は、趣味判断の領域からきたのである。趣味の領域では、確たる基準はない。所詮、どんな意見も「独断と偏見」でしかない。カントは真理や善の領域を実は趣味判断の領域にすぎないとみなしたのであり、あらゆる判断を一度趣味判断と同じものとして見ようとしたのである。それが「批判」である。とすれば、ここから、一切を美的な趣味判断に従属させるドイツ・ロマン派が派生してきても不思議ではない。
 村上の「僕」は、この意味ではカントの「純粋理性批判」を“正確に”読んでいるといってもいい。「僕」は、一切の判断を趣味、したがって「独断と偏見」にすぎないとみなす、ある超越論的な主観なのである。』(柄谷行人「村上春樹の「風景」−−1973年のピンボール」より)

2014年4月11日(金)

 万田邦敏は世界一OLを撮るのがうまい、って名フレーズだな(笑)『イヌミチ』のオフィシャルパンフレット『イヌジン』に載ってる映画美学校キャスト&スタッフ座談会より。
 で、万田邦敏監督の新作『イヌミチ』は冴えない日常に縛り付けられていた他人同士だった20代後半のケータイショップ店員の西森と編集者の響子がふとしたきっかけで人間を捨てる生活を始める、という物語で(ぎりぎり性愛的なドロドロには至らない)「飼い主と犬」としての友情が深まっていくにつれてそれ以前は不機嫌で投げやりなOLだった響子(永山由里恵)が妖しく変貌していく、逆説的に被写体としての魅力が増していくというのは矢野利裕さんの批評文「かからないもの」でも言っていたのですがそこから先の「催眠術をかかったふりをするのが社会」、「つまりここでは、自分と離れて誰かになろうとすればするほど回帰してくる自分の姿が描かれているのだ」という洞察はさすがですね!

 そして万田監督の男と女が同じ家にいて人間→犬→また人間(母)と関係が変わっていくごとに、それを演じる俳優がどういう姿勢で同じ空間にいてどう対峙するのかを(時に「古風」と言われるらしいほど)厳密に演出する、その対決が起きる距離・間隔を同じフレームに収める技術が冴え渡っている。
 人間的解決(真の理解ある恋人に巡り会えるかどうかの恋愛? もしくは困難を乗り越えた家庭への回帰?)を捨てていって飼い馴らされた偽の野生から前人未踏の野生に右肩上がりに突き進んでいくハードボイルドで不穏なラスト。「飼い犬と野良犬」は片上平二郎さんによる文章のタイトル。
 「犬映画」の耳の部分を強調(増幅)した原田真志さんによるテキストは、確かにこの映画では人間が犬の真似をして出すノイズ=物音や半ば自信なさげにやらされる鳴き声の「ワン」は聴こえたけど耳に不快な犬のハウリングそのものはなかったかも。路上の犬と目を合わせる場面は何度もあった。
 聴覚的に分析するとこの映画が写した「犬」というモチーフの扱いがより明らかになるのではというのは憎い切り口ですね、聴覚表現の問題は佐々木敦さんの新連載『新しい小説のために』でもさりげなく所々で混ざってきているのだが、そこがさらに展開するのかどうかは不明なのですが文芸批評への音響批評の移植になっているのを思い出した。
 でも西森役の矢野昌幸の、普段は空虚な無表情寄りなのにここぞという瞬間に思いつきの好奇心で悪い顔になる演技も見所だったような。増村保造の『遊び』が下敷きになっているという監督の話も対談で出ていた。
 あと、水素74%の舞台にも出ていたクレーマー客役の兵藤公美が映画と演劇の枠を越えた異物としての存在感を示していたな。さりげなく。

2014年10月10日(金)

 実を言うとつい先日まで古谷実の『サルチネス』の最終巻がどうしても開けない病気に罹っていたのですが、アトリエ春風舎で観た水素74%の『コンタクト』が未来人のカップルが出てくる突飛な思考実験的な設定も含めてダメ男のリゴリスティックな論理が作動する悲痛な運命論な話で似ている所があった効果で不意に治った。『サルチネス』の最後の涙と『コンタクト』のあれ……。
 『コンタクト』には『イヌミチ』で主演していた永山由里恵がたまたま通りがかった所を水素74%の登場人物に襲われる(ナンパされる)店員役で家に帰りたいという欲求しか持っていない唯一の常識人としてコントラストを発揮していましたが、言うなれば古谷実の漫画のヒロインがそのままスルーして通りすぎて行く役だなーと思った。

水素74%『コンタクト』

2016年11月12日(土)

 アトリエ春風舎で水素74%の『外道の絆』を観た。法律や人との大事な約束や果たすべき責任をわかっちゃいるけど守れないグズグズの弱い心に疚しさを覚えつつのらりくらり躱してきた父+息子のダメさが極まって開き直った状態から一念発起して変われるのか変われないのかの瀬戸際のサスペンスを淡々と描く密室劇。
 3人家族が囲む丸テーブルに、家を飛び出した後行き場がなくなって転がりこんできた手癖の悪い息子と中学時代にいじめられていた過去を知っている因縁があって正しいことができない現職に不満のある近所の県警の警察官を加えた5人だけで、異様に気不味い人間関係が煮詰められていく。
 激情型の台詞や演技がなくても良かれと思ってどんどん不味い事態が悪化していく「普通の人々」の行動の一断面が並べられていくのだが、何気ない言い訳や自己正当化の会話に卑怯な自己保身や周りへの責任転嫁が不吉すぎるイヤな思考を垣間見せる台詞のキレの鋭さが過去作にも増して見所だった。
 そして愚者だと扱われている割にやたらと勘が鋭い中学生の娘・道子の将来の心配で頭を一杯にして神経質になっている妻・繭子役の黒木絵美花が湛える狂気の母性愛が静かにその密閉空間=舞台となる家庭の事情を引き締めている。

 後半がややベタな落とし所に落ち着いた感は否めないけど、生活に手一杯で精神的余裕がない妻の圧力に負けて轢き逃げ事件をもみ消そうとする冒頭からして、自分のことしか考えていない歪な登場人物達による後味の悪いシチュエーションコメディとして完結しているのでそのまま映画化やドラマ化もできるのではと感心するほどよくできた戯曲だった。岸田戯曲賞にエントリーするかどうかはともかくこのまま韓国映画界や「世にも奇妙な物語」に持って行けばいいのでは(笑)
 心を入れ替えて更生するという約束を何度裏切られても「こういう奴だからしょうがない」と言って前妻との息子に情が移ってしまって追い出せなくなってしまう車の板金塗装業を営む父役の用松亮の、韓国の名優ことソン・ガンホ(『シークレット・サンシャイン』ではシングルマザー役のチョン・ドヨンに親身になって近づく修理屋の社長役だった)が頼りなくなって怠惰さが3割り増しになったようなデニムのオーバーオールを着こなした存在感が良かった。
 どんな不祥事でも第三者の視線で言語化さえされなければ身内で泣き寝入りして身代わり地蔵を建てた後水に流せ流せ(その代わりバレた場合は大炎上)みたいな日本人のダークサイドな習性を縮図にした寓話だともいえる、とはいえ日本だけじゃなく隣の韓国でもある物語設定なのだが、韓国映画と違うのはよくわからない怪物的存在によって法や警察の捜査がなしくずしになる惨劇が内向きなのが日本っぽい。

水素74%『外道の絆』

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