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【FLSG】ニュースレター「Monthly Report4月号」デジタル赤字継続で円安の長期トレンドは続く

3月の日銀金融政策決定会合をきっかけに上昇を再開したドルは、3月27日、34年ぶりの高値となる151.97円まで上昇した。3月27日夜、財務省・金融庁・日銀による3者会合が開催され、円安を阻止する介入が議論されたようだ。(4月1日 文責太田)

3者会合で介入可能性高まる
神田財務官シーリング(152.00円)の決壊目前という局面で、3者会合(=「財務省・金融庁・日銀」による国際金融資本市場に関わる情報交換会合)の開催が報道された。会合後の神田財務官は、インタビューに答えて、最近の円安の進展はファンダメンタルズに沿ったものとは到底言えず、背景に投機的な動きがあることは明らかだとした上で、「行き過ぎた動きに対してはあらゆる手段を排除せずに適切な対応を取る」とコメントした(相変わらずのコメントだけど)。

 3者会合を開催し、財務官が投機的な動きとコメントしていることから、いよいよ介入が近づいたという印象をマーケットに与え、足元では(3月29日現在)介入を警戒してか、ドルは上げ渋っている。
3者会合は昨年の5月にも開催されているが、その時は、介入はなかったので今回も3者会合は警告だけに終わる可能性もある。現実には、海外勢は介入が入った場合を想定し、ドル・円の150円割れから断続的にドルの押し目買い注文を出しているようだ。つまり仮に介入で150円割れとなっても円高は一時的でドルはまたすぐに反発するとみている海外勢が多いということになる。

介入の円の水準と効果は
介入はどの水準で実施されるのかと言えば勝手な憶測だが、151円台ではないように思う。152円目前で再び介入を実施すれば(29日現在介入していない)、あたかも日本の当局として152円は「死守したい水準」との印象を市場に与えかねない。前回介入した2022年を振り返ると、神田財務官は、実施するからには「市場に勝つ介入」を念頭に置いているように見えた。
勝つためには投機筋にサプライズを与え、恐怖感を刷り込む必要がある。そうであれば、151円台という前回のドルの高値といったわかりやすい水準ではなく、さらに先の154円~155円辺りまで引き付けてから、突如実施する可能性はあるかもしれない。

では、介入が実施された場合、効くのか効かないのかといえば、一時的に効力を発揮することは間違いない。シカゴの通貨先物市場での投機筋による円の売り持ち高(ポジション)をみると、3月19日締めの集計で11万6000枚と、近い将来の大きな円の買い戻しを想定させるほど円売り・ドル買いポジションに傾いていることが分かる。これは、2022年に実施された3回の介入の内、初回時点(9月22日日)の売りポジション8万枚を大きく上回る。この時は介入によって一日で6円程度円高に振れたが、今回はそれを上回る円の買い戻しがあるかもしれない。

介入効果の持続性は
ただ、効果の持続性については、やはり目先は米国の経済環境が重要になってくるだろう。
では、今の米国はどうか。3月20日のFOMCでは、年内3回の利下げが予想されるものだったが、その後発表された3月のPMI(企業景況感)や消費者信頼感指数などは、いずれも堅調な結果となり、市場では微妙に「本当に6月に利下げできるのか?」といったムードが広がり始めている。

6月の利下げに対する市場の織り込みも、確率8割程度だったのが、足元は7割までわずかに低下している。ウォラーFRB理事も3月27日の講演で「(現時点で)政策金利の引き下げを急がない」との認識を示している。
やはり、2022年のケースを踏まえれば、3月29日発表のコア個人消費支出(PCE)デフレーターや(結局予想通りで年内利下げ3回説有力)、4月10日に発表される3月の米消費者物価指数(CPI)は、その後のドル円相場のトレンドを予想するにあたり、一つの重要なカギとなってくるのではないか。円買い介入もこのあたりのタイミングを見ているのかもしれない。

安全資産としての円買いは消滅、円を売りたい人が多い
少なくともこの1年、円相場を説明するのに多くの有識者は日米金利差にこだわっている。
しかし、筆者は2022年2月のロシアのウクライナ侵攻、最近ではイスラエルのガザ攻撃、そして能登半島地震ではかつてのような「有事の円高」「安全資産としての円買い」は起こらなかった。
このことは、現在のドル円相場には金利差より円の需給関係によるのではないかと思い続けている。そもそも、為替の2大要因である金利差と需給(経常収支)だが、金利差は円の方向感を示し、需給はその水準を規定する。つまり、日銀の利上げと米国の利下げによる金利差縮小で円高と捉える方向感の時間帯に入っているが、「円を売りたい人が多い」という需給環境は変わっていない。

長らく為替市場で円は安全資産と呼ばれてきた。その最大の理由は、多額の経常黒字を安定的に稼ぎ、結果として「世界最大の対外純資産国」というステータスを保持していたことにあった。これは、言い換えれば「世界で最も外貨建ての純資産を有する国」であり、「有事の際にはそれだけ外貨売りを行って時間稼ぎをする余裕がある」という解釈にもなる。

世界に多くの通貨が存在する中、円は「相対的に防衛能力が高そうな通貨」であることは事実だ。世界最悪の政府債務残高やハイペースで進む少子高齢化、結果としての低成長にもかかわらず円や日本国債が安定してきた背景に、そうした円の需給環境、つまりは鉄壁の経常黒字があったことは論をまたない。

「安全資産としての円」買いがここ数年起こらなかったのは、円相場の需給の変化に起因しているのではないだろうか。
円の需給とは、経常収支の増減、いわゆる債権国としての位置が影響しているのではないかと思い始めた。

BSスペシャル 欲望の資本主義2024 ニッポンのカイシャと生産性の謎

それに気が付いたのは、1月11日放送のNHKBS「欲望の資本主義」という番組を見たときだった。番組の中で、AI(人工頭脳)の日本の第一人者である松尾東大教授が無形資産の赤字、つまりデジタル収支の赤字が現在3兆円、これが2030年には10兆円に膨らむという説明をしていた。

デジタル収支はサービス収支に含まれ、経常収支を構成する。デジタル赤字が継続的、かつ年とともに膨らんでいき、貿易収支の黒字減少を伴った経常収支黒字の継続的な減少が見えている限り、「安全資産としての円買い」が起きない。

1月の国際収支から
財務省が3月8日発表した1月の国際収支統計(速報)によると、海外とのモノやサービスの取引状況を示す経常収支は4382億円の黒字だった。報道では「前年同月の赤字(2兆0136億円)から黒字に転化した」がクローズアップされた。報道の焦点は「貿易サービス収支の巨大な赤字(1兆9638億円)にもかかわらず、第1次所得収支(2兆8516億円)の巨大な黒字があることで経常収支黒字が確保された」という点に集中している。

国際収支は貿易収支や旅行収支を含むサービス収支、海外投資に伴う利子、配当など表す第1次所得収支などで構成される。2010年まで貿易収支の黒字が経常収支黒字の柱だった。円が最高値75.85円(2011年10月)を付けた2011年以降は第1次所得収支が黒字の中心になっている。

超円高のトレンドだった2000年から2011年までと、その後の2012年から2023年までのそれぞれ11年間の累積経常収支を比べると、前者が196.5兆円の黒字、後者は180兆円の黒字に黒字が減少している。そして経常収支の構成項目をみると、貿易収支が前者は117.9兆円の黒字、後者は31兆円の赤字に転落。
サービス収支は前者が49.6兆円の赤字、後者は33兆円の赤字(インバウンド黒字の影響で赤字が減少)。最後に第1次所得収支では前者が140.9兆円の黒字で後者は270兆円の黒字と倍近く拡大している。なかでもデジタル収支赤字は日経新聞をはじめとて、新聞やテレビ、雑誌でも取り上げられていることからも分かるように、当分は注目論点になるだろう。

デジタル赤字はどのくらいだったのだろうか。サービス収支に含まれるデジタル収支赤字は今年1月、4307億円の赤字だった。これは前年同月の5126億円の赤字よりやや小さい。もっともデジタル収支赤字は月間平均で4600億円前後の赤字というイメージが定着しているため、足元で著しい改善傾向があるわけではない。1月のサービス収支全体の仕上がりは5211億円の赤字と前年同月の7177億円の赤字から改善している(インバウンドのおかげ)。

サービス収支を構成するデジタルサービスやインバウンド需要はまさに変化の途上であり、幅を持って評価する必要はあるが、第2次安倍晋三政権時代のサービス収支は年間平均で1.5兆円程度の赤字だったことを思えば、やはりサービス取引からの外貨または円の流出は日本経済が直面している大きな変化と言わざるを得ない。

「新時代の赤字」、デジタル赤字
この先、デジタル関連収支の赤字は「新時代の赤字」とも言われるだろう。さらに赤字ではないが、円相場の掘り下げた分析が必要なのは、第1次所得収支の黒字がそのまま円買いになって流入しているのかどうかである。

円高期に海外に積極的に工場建設や出店を実行した企業は、第1次所得黒字の分をそっくり国内に流入させているとはまず考えられない。設備投資などは高齢化や人口減少などに直面する国内より、外々で使っていると容易に想像できる。いくらか国内に還流しているかもしれないが、想定される円転率は20%くらいと推定しており、円の流出入を伴った実際の経常収支を試算すると、第一次所得の推定国内流入額から、実質的な1月の経常収支は4382億円の黒字ではなく約1.8兆円の赤字だったはずだ。

いずれにせよ、「統計上の黒字」に対し「実務上の赤字」が併存している状況であり、この構図が続く限り、円安相場の根本的な収束は難しいと考えている。2024年は金利動向によってドル/円相場の方向感が規定される時間帯も増えそうだが、結局、水準感を規定するのは需給環境であり、引き続き国際収支分析が円相場、ひいては日本経済を分析するのに最も重要になってくると考える。

国際収支発展段階説から見た日本の現状
日本は1970 年代以降、貿易黒字を確保した上で、海外投資の利子や配当金などを表す第一次所得収支も黒字を続けてきたことで、常に大幅な経常黒字を記録し続けてきた。その経常黒字の累積が「世界最大の対外純資産国」というステータスである。「貿易収支と所得収支の双方で稼ぐ」というのは、経済学でいう国際収支発展段階説で言うところの「未成熟の債権国」の状態であった。

前述したように、この状況が変わり始めたのが2011年頃だった。どうやら日本は「成熟した債券国」から「債券取り崩し国」への移行の芽が見え始めている。経済学でいう国際収支発展段階説とは、人の成長過程になぞらえて捉えようとする考え方である。同説の考え方を簡単に整理すると、以下のようになる。(*参照

【第1段階】
「未成熟な債務国」では、一国の経済が未発達の段階にあり、資本蓄積が不足していることから、貯蓄を上回る投資をするために海外資金を借り入れる状況にある(⇒対外純資産が負債超、第一次所得収支が赤字)。
財・サービス収支も赤字となり、経常収支全体も赤字。

【第2段階】
「成熟した債務国」では、依然として海外資金を活用しながら国内資本蓄積を進めているが(⇒対外純資産が負債超過、第一次所得収支が赤字)、ある程度の資本蓄積が進んだことで輸出財の競争力が高まり、財・サービス収支は黒字となる。ただし、第一次所得収支の赤字が財・サービス収支の黒字を上回り、経常収支全体としては依然、赤字。

【第3段階】
「債務返済国」では、更に資本蓄積が進むことで工業生産能力がピークを迎え、財・サービス収支が大幅な黒字となるほか、債務の返済が可能となる。依然として第一次所得収支も赤字だが、財・サービス収支の大幅な黒字により、経常収支は黒字に転じる。

【第4段階】
「未成熟な債権国」では、工業生産能力はピークアウトするが、財・サービス収支は依然黒字を維持する。加えて、対外純資産が資産超過となることで、第一次所得収支も初めて黒字となり、当然ながら経常収支も黒字となる。

【第5段階】
「成熟した債権国」では財の国際競争力の低下により工業生産能力は衰退し、財・サービス収支が再び赤字に転じる一方、蓄積した対外純資産の大幅な資産超過により第一次所得収支が大幅な黒字となる中で、経常収支は黒字を維持する。

【第6段階】
「債権取り崩し国」は最終段階に位置づけられ、財・サービス収支の赤字が所得収支の赤字を上回り、経常収支が赤字となる。対外純資産は依然として資産超過であり、債権国は維持しているが、経常収支の赤字を通じて債権残高は減少していく。

ここまでの日本の経常収支を「国際収支発展段階説」に当てはめてみると、貿易収支ではなく所得収支で稼ぐ、第5段階の「成熟した債権国」に該当するだろう。すぐに経常赤字が早晩定着するとは思っていないが、「債権取り崩し国」になる可能性も小さくない。
その結果、超長期的な円安トレンドは継続していくだろう。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大学にて「個人の資産運用」についての非常勤講師を務める。証券経済学会会員。

一般社団法人FLSG
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