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03 法的に住む

 4月の第1週は生活の基盤固めに奔走して終わる。日本に居れば当たり前のように手にしているものが、こちらでは1から獲得せねばならないからだ。今回は住む部屋は一月だけ確保して後は現地で探すというプランで来た。しかし思った以上にバルセロナでの家探しは大変な状況にあることがこちらに来てわかった。
 それは別で詳しく書くことにして、本格的な家探しの前に必ずせねばならないことをメモしておきたい。それは、NIE(Número de Identidad de Extranjero)の取得である。
 他国では公式に自分の身分を証明するものはまずパスポートである。しかしそれは滞在期限が付いている。
 日本人の場合スペインの場合はVISA無しでは90日以上の滞在は認められない。だから90日以上住むとなると当然VISAの申請が必要になってくる。それがスペインではNIEと呼ばれるアイデンティティカードである。

我々の場合は日本でひとまずスペインの居住VISAのNIEを取得してきたが、それは暫定的なもので現地で更新せねばならない。暫定的なNIEの取得であっても、そのプロセスは結構面倒である。
 まず書類を揃えて、東京の六本木にあるスペイン大使館まで提出と受け取りの最低2回はかならず出向かねばならない。しかも午前中しかVISA関係の取り扱いはない。
 交付まで数ヶ月かかることもあるが、その間はパスポートも預けっぱなしなので国外には出れない。申請書、申請料、パスポート、在学証明あるいは就労を証明するもの、所得証明。
 こうしたものに加えて向こうでの住居についての証明が必要になる。申請は渡航の3ヶ月前からしか出来ず、VISAが発行されてから90日以内に出ねばならないという制約付きだ。3ヶ月前に家を決めるのは結構大変で、大家との契約書まで提出を求められることもある。
 
 そのような苦労をしてNIEを取得しても、現地で一年丸々住めるわけではない。スペインに到着してから一ヶ月以内に正式なNIEを取得せねばならないのだ。そのNIEを申請するために必要になるのが、「エンパドルナミエント(enpadronamiento)」と呼ばれる住民票である。現地では「パドロン」と呼ばれることもある。
 これは現地で大家に発行してもらわねばならない。そしてこのエンパドルナミエントはVISAの発行とは管轄が異なる。エンパドルナミエントは役所の住民課のような部局の管轄である。それに対してNIEは警察の管轄だ。NIEに必要な税金の支払いは税務署の管轄である。役所の手続きというのは全世界共通して縦割りなのだが、外国人には申請の手順を理解するのは容易ではない。

 手順を要約するとこうなる。まず、インターネットで役所のサイトへ行く。そこでエンパドルナミエントのCITA(予約)をして、行くべき場所と日時を確定する。その際に必要なのは申請書、パスポートのコピー、賃貸の身分証明書、アパートの契約書だ。
 無事にエンパドロナミエントが取れれば、今度は滞在資格であるNIEを取得する。これも同じくインターネットで警察のサイトに行き、そこで日時と場所の予約をする。エンパドロナミエントが無いとNIEの申請は出来ないので、先に手に入れる必要がある。NIEの必要書類も同じく、申請書、パスポート、顔写真、入学許可証あるいは滞在理由を証明できるもの、そしてエンパドロナミエントだ。それを揃えて警察へ行く。
 バルセロナ場合は警察の本部で全て行うようで、Bac de Roba駅にある堅牢な建物だ。そこに移民やその他様々な理由でスペインにやってきた人々が待合にいて、そこで順番が呼ばれるのを待つ。順番が来たらデスクへ行き、色々と書類を見せられ、指紋を取られる。最後に紙を一枚渡されて、一ヶ月後に正式にカードを取りに来いと言われる。カードの取得までに発行代として15.45ユーロの税金をどこの銀行でも良いので振り込まねばならない。
 これらを全て滞りなく終えて、一月後にNIEを取得することができれば、晴れて「法的に居住」することが可能となる。このように法的に居住するということは、なかなか大変なプロセスだ。


 第三諸国からの出稼ぎや、高齢者の移民などにとってはハードルが高いポイントがいくつもある。まずインターネットにアクセスできる人でないと予約すら取れない。ひょっとすれば直接行けば予約取れるのかもしれないが、通常はネットで取るようだ。そしてこの手続きが分かる程度のスペイン語を理解していないといけない。
 もちろん適宜英語での補足はあるが、これも言語的な壁がある。税金を払う必要もあるし、そもそもこの仕組みを知らないと申請そのものも難しい。そして一度NIEが取れたとしても、それを維持していくのはかなり大変だ。毎年、欧州に住む欧州圏以外の外国人はこのVISAの更新の時期になると頭を悩ませる。

 こうした法的な手続きの煩雑さや、仕組みへのアクセス経路の大変さは、当然移民問題や不法滞在の問題につながってくる。自国では食べれない人々が仕事とチャンスを求めてやってきたが、結局VISAを取得できずに就労して不法滞在となるケースは多い。
雇用する側もVISAを盾に低賃金で働かせることもあるだろう。
仕事だけではなく、学生VISAで入ってきて、学生VISAのまま仕事へ移行して結局不法滞在となるケースもある。
観光VISAで入ってきて、雲隠れしてどこかで働くケースもあるだろう。
このように外国にやってきて、そこで住み仕事や生活を送るという状況は、人々の流動性が高まる中で、これまでとは比べものにならないぐらい加速していくだろう。

 そんな中で国家という仕組みが一体どういう意味を持つのだろうか。
国家というコミュニティの単位で考えると、政府側は自国に利益をもたらすものは歓迎する。
そして問題を起こす者は排除したいというロジックで動くのは至極当然だ。
「国境」と「法」というのはコミュニティにとっての一つの防波堤である。
それを厳しくして、遵守する者以外は来る資格なしとして締め出すという方法を取ることも理解はできる。
 
 一方で、経済の理屈はそういう形では動かない。
企業はより自分たちのお金がセーブできる有利な条件がある国や都市へと移っていく。
 一方で労働者はより賃金が稼げる国や都市へと移動する。
雇用する側も低賃金で人を雇いたい上、自分たちがしないような面倒なサービスを、移民に肩代わりにしてもらうというようなトレードが計算に入ってくる。 

 法は禁止と許可を司るが、経済は快楽と欲望に基づいている。
民族によるコミュニティという形が溶け出している中では、法と経済ぐらいしか我々を動機づけるものがなくなっている。
しかし一方で人間の精神を動機づけている文化や広い意味での信仰は法や経済に影響を裏から及ぼしているだろう。
そのあたりを冷静に見つめねばならない。

 世界規模での民族の大移動の中で、同じ民族が同じ国家に住むとは限らないという状況はすでに始まっている。
それは人が移動する「ツーリズム」という枠組みの中で発生する現象である。
こうして当事者として滞在しアクションリサーチしながら、国家と民族と移動ということを考えたい。

20170408

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