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08 愛しのラバル(中編)

 僕のピソ(アパートの部屋のこと)はロイグ通りというラバル地区のど真ん中に位置する狭い通りに面している。ラバル地区はバルセロナの顔とも言える目抜き通りのラ・ランブラス通りの南側の旧市街地だ。ランブラスの北側には大勢の観光客が行き交うゴシック地区がある。
 しかしこの地区を歩いているとここがスペインのバルセロナであることを忘れて、中近東のどこかの街を歩いているかのような錯覚を覚える。少し南にいくと中近東の移民がうろつくオスピタル通りに出る。この通りは中近東の食材屋やレストランがずらりと並び、携帯電話ショップや電気用品店も色の浅黒い人々がたむろしている。ジャイナ教の寺院もあり、イスラムの衣装に身を包む人々の方がひしめきあっている。北側のゴシック地区とは明らかに違う風景の理由が知りたくてデータを当たってみることにした。

 まず160万人の人口を抱えるバルセロナ市は10区で構成されている。
その一番中心に位置し、都市の出発点として最も古くからあるのがシウタベリャと呼ばれる”旧市街地”である。旧市街地エリア全体の面積は約437ha。
437haといえば種子島より少し小さいぐらいの面積だが、この中に実に10万人以上の人々が住んでいる。人口密度で言えば約23,000/km2で、東京都23区の人口密度(約15,000人/km2)をはるかに上回っている。

 旧市街地のシウタベリャは大きく4つのゾーンから構成されている。まずバルセロナの顔である目抜き通りのラ・ランブラを挟んで南北に地区が分かれる。北側が最も観光客が集まるゴシック地区。南側が僕の住んでいるラバル地区。そしてゴシック地区のさらに北側にあるライエターナ通りを境にさらに北側に広がるのがカスク・アンティーク地区。最後に海側のビーチに面した三角地帯がバルセロネータ地区だ。この4つのゾーンの中でラバルを除く3つのゾーンは大勢の観光客が訪れる観光の中心地である。しかしラバルだけは観光客よりも移民の方が目立っているエリアとなっている。

 ラバル地区は面積が109haで、この地区だけで旧市街地の24.2%を占めている。規模としては東京ディズニーリゾートより少し大きいぐらいのエリアだ。
しかしこの中には約50,000人の人々がひしめき合いながら暮らしていることになるが、実にそのうちの47.4%が移民であるという。それもドイツやフランスなどからの移民ではない。そのほとんどが南米、パキスタン、フィリピン、アフリカ、そしてルーマニアなどの東欧から来ている人々らしい。

 新しいデータが見当たらないので、少し前だがひとまずバルセロナ旧市街地の都市計画をご専門にされている阿部先生の本をめくってみる。阿部先生とは一度京都の龍谷大学でお会いしたことがあるが、2000年代に旧市街地を綿密に調査されて、都市計画の歴史を丁寧に紐解かれている。

 バルセロナ全体で見るとこの100年ほどの間に旧市街地の人口推移は激しい。1915年から30年はスペイン国内からの移民が大量に流入しバルセロナは大幅に人口が増加した。1955年には過去最高の26万人に達したという。
しかし1955年以降に人口減少が起こる。1955年から1975年にかけて、市全体の人口増加率は24.8%であることに対して、旧市街地は43.1%の人口減少が起こっている。1980年代の中盤には10万人程度となり、その10年後の1990年代中盤には8万人まで減少したという。いわゆる「インナーシティ問題」と呼ばれる現象で、都市の中心部に社会的弱者が取り残されるという状況が生まれる。

 旧市街地の年齢性を見ると、65歳以上の高齢者の占める割合が大きい。その中には単身の高齢者の割合も大きい。1996年のデータでは旧市街地の人口の27.9%が65歳以上の高齢者で、そのうちの3人に1人が単身者である。
そしてそこに外国人居住者の増加がある。1970年から86年にかけて市全体における外国人数が約2万人前後で推移しているが、旧市街地における外国人は1286人から3353人、つまり2.7倍に膨らんでいる。1991年から2000年のデータでも、およそ10年間で286%の伸びで概ね同じ値となっている。

 その中でも特に外国人が集中しているのが、僕が住むラバル地区である。
ここでは外国人居住者が1970年から86年でおよそ2.6倍になり、1986年から2000年の間の15年間で4.5倍にまで膨らんでいる。2000年時点でのデータでは、ラバル地区の住民のおよそ20%が外国人とある。そしてその約85%が西アジア、北アフリカ、ラテンアメリカ諸国である。旧市街地に住むパキスタン人、インド人、フィリピン人の約80%弱、モロッコ人の約過半数がラバル地区に居住しているというデータになっている。しかし現在47%まで外国人居住者が増えているということは、この17年の間にさらに2倍以上に膨らんだことになる。なぜラバル地区だけがそういう特殊な状況にあるのだろうか。その背景には一体何があるのだろうか。

2017.04.29



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