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植物工場

日経ビジネスより
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140509/264241/?P=1 

5月12日号の特集「背水の農 TPPショック、5大改革で乗り越えろ」ではオランダの植物工場を現地取材し、小国ながらも世界2位を誇る農産物の輸出力について紹介した。大規模化、生産性向上、コストダウンの3つを絶えず継続しており、3月下旬には安倍晋三首相が視察するなど日本政府関係者もオランダ詣でを繰り返している。
 TPP(環太平洋経済連携協定)交渉でのライバルにあたる米国や豪州と違い、土地の広さが限られる日本でも効率的なオランダ型の施設園芸を今後展開したいとの思いがある。そうした動きを先取りし、日経ビジネスオンラインの連載ではオランダ植物工場の強さの秘訣に迫りたい。

トマトや花は世界トップの輸出シェア
 オランダの人口は1679万人、国土面積も415万ヘクタールにとどまる。いずれの規模も日本の1割程度という欧州の小国だが、農産物の輸出額は年間893億ドルと米国に次いで2位の座を保つ。農業はGDPの1割を占める。特にトマト、花、ジャガイモ、タバコは世界トップの輸出シェアを握り、施設園芸を活用した生産や加工品の販売を強みとしている。
 施設園芸はオランダ西部のウエストラント市で70~80年ほど前から始まった。日照や交易条件が国内の他地域よりも優れたことから盛んになり、現在は2400ヘクタール内に800程度の生産者が集う。最初はブドウの生産からスタートしたが、ユリやタマネギの球根、チューリップなどの花卉類、そしてトマトやパプリカといった野菜も手がけるようになった。
 ウエストラント市役所のアントーン・ファン・デ・フェン国際担当者は「ここの地域はどこを見渡しても大型のガラスが目立つと思う。特に10年前から行政も力を貸しながら大型化とイノベーションを押し進めている」と胸を張る。実際に設備を見てみよう。
 確かに、施設園芸設備の規模に驚かされる。日本の2m規模のビニールハウスと異なり、太陽光を取り入れやすいガラスを用い、その高さも平均で7~8mに達する。最も大きい最新の設備は15m規模に上るという。ウエストラント市には「グラスシティ」という別称があるほどだ。
 小国ゆえに自国での消費は限られ、早くから世界に目を向けた。輸出は20年ほど前から急速に伸び始め、なかでもドイツと英国が最大のマーケットになっている。日本にオランダ産のパプリカが入り始めたのもこの頃だ。輸出は関税障壁のない欧州内が8割と最も多いが、最近はアフリカ、アジア、南米の市場に進出する生産者も増えている。

輸出は生産・加工・流通の一体化で拡大
 輸出が発達した背景には、生産、加工、流通を早い段階から一体化できたことがある。オランダには欧州最大のロッテルダム港、アムステルダムの空港があり、欧州周辺の1500km圏内はトラックで素早く商品を配送できる。ロシアへも陸上輸送が可能だ。近年は市場を経由させずに、商品を輸出先と直接やり取りする動きも盛り上がっている。
 ここウエストラント市には安倍首相だけでなく、林芳正・農林水産相、根本匠・復興相をはじめ、高知、宮城、北海道、宮崎、茨城、秋田、福岡の行政担当者も訪れている。企業では日立製作所、トヨタ自動車などが足を運び、全農やJAも視察に訪れたことがある。
 ウエストラント市役所のファン・デ・フェン氏は「日本のJAのように生産物を単に右から左に流すだけの話は半世紀前に終わった。オランダでは生産者同士がライバルであっても、お互いに生産手法や新しいテクノロジーを学び合うことで競争力を高めている。だから世界の需要が変われば、生産者も瞬時に変わることができる」と指摘する。
 オランダにもトマトやパプリカといった商品ごとに生産者組合があるが、それはあくまで農家が互いに切磋琢磨して生産性の向上につなげる場として存在するという。それでは、いよいよ生産現場の内側を公開しよう。
 ここは30代の兄弟が営む「OUSSOREN」というトマトの施設園芸設備である。オランダはあまり知られていないが、トマト輸出で世界トップシェアを握る。その秘訣の1つが巨大な設備だろう。従業員が時に自転車を使わないと移動できない施設園芸の広さは合計11ヘクタールに上る。東京ドームの2倍以上だ。国内のトマト生産者は200~300に上るが、100ヘクタール近い設備を保有する人物も存在するという。

トマトの生産性は日本の3~4倍
 祖父母の代が約70年前に事業を開始し、この兄弟は3代目にあたる。10年前に大規模な設備投資を行い、高さ6m規模に大型化した。1平方メートル当たりの生産性は最大85kgに上り、日本をおよそ3~4倍も凌駕するという規模だ。 設備内は徹底的に自動化されている。収穫はどうしても人手を要するため、最盛期の夏場は60人、冬場は35人ほどが働く。ただ、コンピューターによる制御を活用し、施設の日中の温度は常時25度に保たれ、水分や栄養分もすべて自動で供給できる。
 設備の下には導線を張り巡らせ、収穫したトマトは自動的に隣接する加工場に運び込むことができる。それぞれの従業員がどれだけ収穫したかもすべて管理している。広大な敷地の中を機械が動き回り、ぼやぼやしていると轢かれかねない。トマトは5kg単位で箱に詰め、次々とドイツ、スカンジナビア諸国、南欧に輸出する。オランダ国内ならば、収穫してわずか3時間後にスーパーの棚に商品が並ぶという。
 年間の売上高は10億円に迫る。ただ、トマトの価格は温暖な気候を強みとするスペインの天気に左右されやすく、年商が1億円近く変動することがざらにある。このため、生産性向上やコストダウンを絶えず意識しており、大型の自家発電装置も保有している。経営者のステファン・ウソーレン氏は「国際競争に打ち勝つため、常に世界の市場を念頭に置いている。今後の課題はモロッコやチェニジアなどアフリカに生産ノウハウや知識を輸出することだ」と語る。
 次に、バラの生産現場に移る。午前9時過ぎに訪れると、設備の外には光が漏れていた。まだ、太陽光が少ないため、ライトで日照を補っているのだ。これもコンピューターで自動制御し、日中の設備内はバラの生育に最適な22度に保つ。
 「FRANSEN ROSES」は1980年代に事業を始め、2006年に大規模な設備投資で4ヘクタール強に拡大した。トマトと同様に、収穫に適した大きさや色の見極めは人手に頼るが、温度、水分、栄養分の管理は自動化している。

バラはロシアにもトラックで陸上輸送
 バラが80cm~1m規模に育つと収穫し、隣の加工場ですぐさま出荷準備に取りかかる。自動カメラを利用し、色や大きさを瞬時に選別。最後に人手で包装すると、商品の9割はドイツ、フランス、イタリア、ポーランドといった欧州域内やロシアに輸出する。富裕層をターゲットとするロシアにはトラックで運び、収穫して3日後に商品が店頭に並ぶという。
 経営者のアート・フランセン氏は「商品の7割は市場経由で販売し、残り3割を直販している。価格情報をこまめに把握できる市場経由のほうがバラを安定して出荷できる」と話す。
 オランダはチューリップの印象が日本人にとって強いが、バラに限らず多くの観葉植物を世界に供給している。次はオランダ植物工場の究極的な姿と言える「完全自動花畑」に足を運んでみよう。

人手いらない自動生産
 8ヘクタール弱の設備内はしんと静まり返っている。白、黄色、ピンクといった色鮮やかな胡蝶蘭が所狭しと植えられ、時折、思い出したようにスプリンクラーが作動して自動的に水を蒔いていた。ここの生産者「TER LAAK」は温度、水分、栄養分をすべて自動管理しながら、12cm規模の胡蝶蘭を年間400万個という驚異的なペースで生産する。夕方の生産現場には人が見当たらず、まさに「完全自動花畑」の様相を呈していた。
 胡蝶蘭は品質によって3種類のブランドに分かれ、欧州域内やロシアに輸出する。自家発電導入によるコスト削減も欠かさず、現在は天井のガラスを二重構造にすることで熱効率を飛躍的に高める新型設備も増設しつつある。生産性向上の意欲は尽きない。
 特集で紹介した観葉植物生産者の「ZUYDGEEST DE LIER」も同様に規模のメリットを追求し、輸出攻勢をかけている。近い将来、観葉植物の分野だけでなく、ロボットを活用して野菜などでも自動生産を試みる取り組みが広がるかもしれない。高い人件費を抑制し、コストダウンを徹底するためだ。
 実は、こうした商品を生み出すイノベーションの源泉が存在した。オランダ西部のウエストラント市を離れ、首都アムステルダムから南東に車で1時間ほどのワーヘニンゲンという街を訪ねた。
 緑豊かな地に、真新しいデザインのビルや研究棟がいくつも立ち並んでいる。ここは米国のIT(情報技術)企業が集積するシリコンバレーの機能をめざした、オランダの「フードバレー」である。車を降り立つと、ツーンと鼻に堆肥のにおいがついた。
 オランダで農学部を唯一設置している地元のワーヘニンゲン大学を中心に、食品関連の民間企業や研究施設が多数集まっている。研究者の数は8000人規模フードバレー財団が10年前に立ち上がり、企業と研究機関の円滑な連携を後押しするほか、農業分野でイノベーションを起こそうと共同研究を活発に進める。大学では欧州域内、アジア、アフリカ各国から留学生を集め、次世代の農業を担う若手の育成にも取り組んでいる。

農業系ベンチャーが変革に続々と挑戦
 ある研究棟の屋上に出ると、温度や風などを計測する装置があった。農業系ベンチャーの「DUTCH SPROUTS」は世界各地のスマートフォン向けに農地管理のアプリケーションを安価で提供するほか、アフリカで移動式の土壌検査事業を展開している。CEO(最高経営責任者)のヘンリ・ヘックマン氏は「地球上では人口増加に伴い食料需要が爆発的に増える。世界中のどこでも農業ができる体制を整えたい」と野望を語る。日本の種苗会社タキイが出資する「KEYGENE」も分子遺伝子学の技術を使って、農産物の品種改良に励んでいた。
 フードバレー財団のロジェー・ファン・フーゼル代表は「ここはオランダの食品関連セクターにとってイノベーションの中心地。大小、国内外を問わず、我々は企業のニーズを把握し、どんな研究機関と組ませれば変革を起こすことが可能かを常に意識している」と話す。オランダでは産官学の連携も盛んに行われ、一例ではフィリップス製のLEDを活用してトマトやバラの生育をどうしたら速めることができるか研究を進めている。
 もちろん、オランダにも課題はある。若い人は単純な収穫作業を嫌い、施設園芸の生産現場はポーランド人などの移民でどうにか運営する状態。昨今は欧州経済の低迷を受け、金融機関による生産者への融資も厳しくなった。世界2位の輸出大国といっても、関税障壁のない欧州向けが全体の8割を占める。変革を宿命付けられているのは自国の市場が小さく、世界の変化に絶えず目を見張らないと他の欧州勢との競争にたちまち敗れかねないためだ。

農業も競争なくして成長なし
 ただ、オランダが現在の姿を手に入れたのは、その競争を通じてのことだった。1958年、EU(欧州連合)の前身である欧州経済共同体に加盟。当初6カ国で構成した共同体の発足後にまず注力したのが関税の引き下げであり、域内における商品の自由な流通が何よりも経済統合の基盤をなすと見なされた。
 各国ともに激しく対立しながらも農業交渉を進め、1964年に統一の穀物関税ルールで合意に至る。そして、その4年後には域内農業生産の9割をカバーする農業共同市場を創設した。つまり、オランダは半世紀前から貿易競争に晒されたうえで、今の輸出大国という地位を築き上げたわけだ。
 約30年前からオランダの施設園芸に注目し、日本に設備の納入を手がけるトミタテクノロジーの富田啓明社長は「当初からオランダの生産者は日本と異なり、経営者としての感覚をしっかり持ち、生産性向上と利益拡大に邁進していた。最初はいくらオランダ農業の凄さを日本で話しても誰も耳を傾けなかったが、ここに来て国もようやく本気になった」と指摘する。
 日本で農業と言えば、コメをまず思い浮かべがちだが、主に施設園芸を用いる野菜、果樹、花卉類の総生産額は3兆円を超える2兆円規模のコメと畜産を上回り、付加価値をつけやすいことから新規就農者も75%がこの分野に集中する。しかし、日本では環境を制御できるオランダ型の施設園芸設備は全体の2%に過ぎない。これからオランダ流が間違いなく普及するだろう。
 TPPを引き金とする日本農業の開国――。オランダの事例を研究して浮かびあがるのは、競争なくして成長なし、という確固たる真理である。日本の多くの生産者が変革を迫られている。








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