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冬空に魔笛

寒い寒いクリスマス・イブのお昼に、モーツアルトのオペラ「魔笛」をリンカーンセンターのメトロポリタン・オペラハウス(メト・MET)に観に行った。オペラのことは何にも知らないのだが、これは冬のホリデー・ファミリー・プログラムなので何とかなるだろうと思い、今日が誕生日の息子と行った。

この日、ニューヨークは全米を襲う大寒波の影響で日中でも-13℃。車を降りてリンカーンセンターまでのたった1ブロックが流石にしっかりと寒い。透き通った青空と劇場をバックにリンカーンセンターの広場を携帯電話で撮る。一瞬のことなのに指と携帯の画面がガツーンと寒さで重くなる。でも晴れた空は美しい。もうすでに音楽が聞こえてきそうだ。

普段日常生活では見かけないけれど、劇場によくいるタイプの人々を久しぶりにたくさん見た。簡単に言うとどことなく威張っているような人たちだ。心の狭いこいつらもそれなりに幸せになりますようにと心で十字を切って(笑)、久しぶりのコンサートに嬉々としてシャンパンを飲む。息子のコーラとシャンパン1杯で30ドル(3500円くらい?)だった。高っ。

メトの中は豪華で重厚な雰囲気でとても落ち着く。ホリデーなのでほぼ満席だけれど、開演の前に「写真は撮らないでください」や「携帯の音を消してください」などの無粋なアナウンスは一切なくサッと始まる。子連れも多いのに客席も静かだ。

何度か見たこの作品のプロモビデオではコンピューター・グラフィックを駆使した大きな舞台装置と、大きくて複雑な動きをする人形を体で操って動きまわる役者たちが登場していてそれがとても楽しみだった。映画でもそうだが、もう最近はコンピューターで何でも素晴らしく美しくマジカルに見せられる。楽しくもあるが、同時にもっと人間が自分の手でやらなきゃいけないんじゃないのだろうかとも思ってしまう。他のオペラはどうなのか知らないが「魔笛」は、テクを駆使しながらも操り人形みたいに役者が小道具を動かしてアナログっぽくファンタジーの世界を演出していた。

歌のことは全くわからないから書かないけれど、ものすごい低い声や高い声に身を委ねている間に1時間45分ほどのオペラは終わった。多分これはファミリー用の短いバージョンで本当はもっと長いのだろう。歌も英語だったので分かりやすかった。

しかしオペラ歌手はあんな大きい劇場で、大きな舞台装置とともに歌ったり演じたりして無力感をおぼえたりしないのだろうか?もちろん声は聞こえていたし前の方の席だったから動きもちゃんと見えたのだけど、日本では小劇場にずっと関わっていたからあの時に感じたすぐそこで感じる熱気とは違う気がした。でも実際の舞台上ではものすごいスペクタクルが巻き起こっているのだろう。舞台の袖で見てみたい気がした。

劇場を出ると、そこにはぽっかりと冬の青空が広がっている。夜の女王の有名なアリアがふと聞こえる気がした。ははは、はっはっはっはっはっはっはっはっはー。

作中にはよく「死ぬ」とか「殺す」とかいう言葉が出てくる。「もう私は死ぬわ、死ぬわ、死ぬわ」と。もうええっちゅーんじゃ、まだ若いやろ、簡単に死ぬとか言うたらあかんと思わず関西のおばちゃんになって説教してしまいそうになるが、ひょっとしたら昔は死ぬことなんて本当によくあって、そんなに大したことじゃなかったのかもしれないと思った。

死ぬなんて特別なことじゃないと。

現代人から見たらドラマチックすぎる話も、ごくごくリアルなありふれた話だったのかもしれない。ははは、はっはっはっはっはっはっはっはっはー、ははは、はっはっはっはっはっはっはっはっはー。

舞台を見ながらシャンペンが飲めなかったのと、開演前に飲んだシャンペンのせいで、公演の途中でみんなの足を踏みまくってトイレに駆け込まなくてはならなかったのが心残りであったが、初めてのオペラは楽しかった。

ははは、はっはっはっはっはっはっはっはっはー、ははは、はっはっはっはっはっはっはっはっはー。


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