指導者の「選手化」は正しい道なのか?

文・Haru(Twitter→@haru_fb0810)
大阪出身。サッカー未経験のサッカー好き。南アフリカW杯からサッカーにはまり、現在はサッカー三昧の日々を送っている。サッカーの素晴らしさを世の中に広められる人になるのが目標。

【要約すると】
◇「川口氏のGKコーチ就任要請」報道に関してラボ内で議論が起こる
◇重要なのは「指導経験」と「選手経験」のギャップ
◇この議論をコーチングライセンスについて考えるきっかけに


年末に向けて日を追う毎に寒くなってきたこの時期、とあるニュースがフットボリスタ・ラボの議論を熱くさせた。

元日本代表の川口能活(以下、川口氏)が、GKコーチとして日本代表のコーチングスタッフ入りの要請を受けているとの報道だ。現役を引退したばかりの選手が代表スタッフ入りを求められるという異例の人事であり、このニュースに対して様々な意見が噴出した。

報道によると、A代表とU-22代表の活動が重なる期間に一時的にU-22代表に帯同し、活動期間が重ならない場合は他の年代別代表やJFAアカデミーなどで指導することも検討されているとのこと。(アジア杯には相模原との契約の問題上、不参加の可能性が高い)

この前代未聞の要請は、森保一監督の兼任による代表スタッフ不足への対応という面も強く、現時点では川口氏の具体的な立場が分からないが、コーチングスタッフ入りを要請しているのは事実のようだ。

この報道から「川口氏が日本代表のコーチングスタッフ入りを果たすのは是か非か」という論点でフットボリスタ・ラボ内でも賛否両論が巻き起こった。

多数を占めたのは、川口のコーチングスタッフ入りに否定的な意見だった。
否定派の意見としては

「コーチとしての実績がない」
「選手とコーチの仕事は違う」
「GKコーチになるのは素晴らしいことだが、世代別含めて即代表は時期尚早」
「知識と経験のインプットとアウトプットは異なる」

といった点が挙げられた。

確かに、川口氏は現時点でコーチ経験がないため、選手としての実力は確かでもコーチとしての実力は未知数。アリーゴ・サッキの名言「良い騎手になるのに名馬に生まれる必要はない」の逆もまた然りというわけだ。また、いきなり代表という重要なポストを任せるのではなく、川口氏自身が自分の指導理論を確立してからステップアップしていくべきというのも理解できる。

中には「監督のライセンス所有は当たり前のように認められているにもかかわらず、GKコーチにはそれが当てはまらない(川口氏はB級ライセンス・C級GKライセンス不所持)のはGKコーチの評価が低いことを表している」「国内のGKコーチはどのように思っているのか」といった、GKコーチという立場の低さに迫る意見や国内クラブのGKコーチ陣を危惧する意見も見られた。

ただ否定派が多数を占めるなかで、賛成派も少数ながら見受けられた。
賛成派からは

「川口氏の経験は豊富で、過去に所属クラブで数多くの後輩にアドバイスしているはず」
「唯一無二の経験を持っており、技術面以外の効果が期待できる」

といった意見が挙げられた。

数多くのチームを渡り歩いた長い現役生活、晩年ではピッチ上でのプレーだけではなく、後輩へのアドバイスといったピッチ外での影響力も発揮していたのは間違いないだろう。さらに、国際Aマッチ通算116試合出場、W杯4大会連続選出という日本を代表するGKである川口氏の国際経験は貴重なものだ。

南アフリカW杯では、最終メンバー発表時点でその年のJリーグ公式戦に出場していなかったにもかかわらず、当時の岡田武史監督からチームキャプテンとしての役割を求めら招集された。結果、見事にチームをまとめ上げてベスト16入りに貢献するなど、その人望やキャプテンシーはGKだけでなくチーム全体にも好影響を与えてくれる可能性も高い。

さらに、代表という短い招集期間でのコーチングでは技術面の大幅な向上は期待できないため、技術面よりもメンタル面が重要であり、その点では経験豊かな川口氏が助けになる、という意見も頷ける。

賛否両論が分かれる中

「基本的にはナシだが、マイナス面も特にない」
「川口氏に指導者としての仕事をどの程度求めているのかによる」
「アシスタント的な立場ならば賛成」

という中立派の意見もあった。

すぐに指導者として活動するのは基本的には反対だが、大きなデメリットも特になく、アシスタントのようにコーチとしてチームに帯同するのでないならば賛成、というのも納得できる見解だ。

フットボリスタ・ラボ内でも賛否両論が分かれるこの議論において、一つの大きな焦点となっているのは川口氏が「指導経験がない」一方で「選手としてこの上なく豊富な経験を持っている」という点だ。

JFAの養成講習会要項には、日本のGKライセンス最高ランクに当たる『ゴールキーパーA級コーチライセンス』を取得するための受講資格として「B級コーチライセンス以上、かつゴールキーパーB級コーチライセンスを有しており、ゴールキーパーの指導をしている者」と定められている。それを踏まえた上でGK理論、プレー分析、メディカル、心理学、フィジカルなどの講義を一通り受講し、指導実践を経て合格して初めてライセンスが付与されるのだ。

今年現役を引退したばかりの川口氏はこのコーチングライセンスを有しておらず、さらにコーチングライセンス取得の際に講義で学ぶ内容を「経験」ではなく「学問」として身に着けているとは考えにくい。

もちろん川口氏は数多くのGKコーチから指導を受けてきているが、自分自身の指導理論が確立しており、それを実践できるだけの指導力が備わっているのかとなると疑問点が残るのは事実である。

一方で、日本代表という特別な舞台、GKという特殊なポジション。そこで長年にわたって第一線で活躍し続けてきた、川口氏の豊富な経験によるアドバイスは間違いなく日本代表にとってプラスの働きをもたらしてくれるだろう。世代交代による若返りが進む日本代表だけでなく、年代別の若き日本代表にも好影響を与えてくれるはずだ。今後の日本サッカーの発展に向けて、川口氏の貴重な経験を活かさない手はないだろう。実際、海外ではミロスラフ・クローゼ(ドイツ)・イヴィツァ・オリッチ(クロアチア)のように現役引退直後に代表のアシスタントコーチに就任している例もある。

ただこれはあくまでも「川口氏の経験に基づくアドバイス」への期待であり、「川口氏の指導者としての実力」への期待とは異なるものであるはずだ。

これを理解することなく、「川口氏は選手として豊富な経験を持ち合わせているから指導者を任せられる」という決断をし、日本代表のコーチングスタッフという大役を任せるのあまりにも早急ではないだろうか。

選手と指導者が全く別の仕事であるのは当たり前のことで(日本では当たり前のように考えられていない節もあるが)、それを度外視してしまうような事があってはならない。

ただでさえ「元プレーヤーがコーチングライセンス取得の際に優遇されている」と言われがちな状況にもかかわらず、さらに元プレーヤーが優遇されるような事例を作るとなるとアマチュアの優秀な人材はどんどん海外に離れていくかもしれない。

元プレーヤーの経験は何にも代えがたいものではあるが、それを理由に指導者を選出してしまうことは指導者という役割の根幹にかかわる重大な問題だ。このようなことがもし続き、指導者の「選手化」が進むとコーチングのプロフェッショナルの育成は茨の道になるであろう。

「プレーヤーとしての経験」か「指導者としての実力」か。

フットボリスタ・ラボ内での意見にもあったが、現時点では川口氏がどのような役割で・どの程度代表に関わるのか不透明であり、「指導者としての川口氏」をどこまで求めているのかも分からないため、もし今回の報道が事実であった場合でもその是非は後にすべきだ。

しかし今回の報道は、日本のコーチングライセンス制度・そして指導者の在り方を改めて考えるきっかけになる事例ではないだろうか。

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