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「言ってはいけない」格差の真実

昨日、ある著者候補の方と打ち合わせをしました。2年ほど前に出版されたその著者さんの著書では、自説を補強する材料として、以前私が編集した本が引用・紹介されていました。それって編集者にとっては結構うれしいものです。
そうした感動も手伝って、3年ほど前の本だったのですが、久しぶりに引っ張り出したところ、今読んでも古くない、非常に示唆に富んだ内容がふんだんでした。
その本のタイトルは『お金と幸せの経済学』(ロバート・H・フランク著、金森重樹監訳)。
今までの経済学ではほとんどテーマとされなかった以下のような「地位財」「非地位財」という新しい概念を示し、消費行動と幸福度の関係について詳細に綴った本です。


●地位財
他人との比較優位によってはじめて価値の生まれるもの。
幸福の持続性[低]
例:所得、社会的地位、教育費、車や家などの物的財
●非地位財
他人が何を持っているかどうかとは関係なく、それ自体に価値があり喜びを得ることができるもの。
幸福の持続性[高]
例:休暇、愛情、健康、自由、自主性、社会への帰属意識、良質な環境など

本書では格差や地位の違いが生み出す不幸についても記しています。中でも、みんながうすうす気づいていながら言葉にしたがらない、「言ってはいけない」的な箇所が面白いので、一部を抜粋、本記事用に改編したうえでご紹介します。

地位が低い人ほど早く死ぬ

 格差の拡大は中間所得層に悪影響を及ぼすかという問いに向き合おうとしなければ、格差と健康の因果関係について新たに進んでいる研究をも無視することになりかねません。絶対的に裕福な社会においても、格差の拡大が健康にさまざまな悪影響を及ぼすことが明らかになったのは、徹底した研究が積み重ねられてきたからなのです。
 この分野での先端的研究はホワイトホール研究と呼ばれ、イギリスの公務員を対象にかなりの数のサンプルを集めて行われています。そのほとんどが十分な教育を受け、高い給料を稼ぎ、イギリスの優れた国民医療サービスを利用できるのに、下級公務員の疾病率と死亡率は同じ部署の上級公務員と比べると数倍高く、喫煙など健康に影響を及ぼすさまざまな行動を調整しても、この結果は変わりません。
 最初のホワイトホール研究では、1967〜69年に40〜69歳だった男性公務員1万8000人を対象としています。これらの男性の中で、最も職位の高い男性の心臓疾患による死亡リスクは、最も職位の低い男性の3分の1以下でした。
 2回目のホワイトホール研究では、1985〜88年に35〜55歳だった公務員の男女1万人を対象としています。その結果、性別にかかわらず、長期にわたる病気の罹患率は職位と逆比例していることがわかりました。最も職位の低い女性の場合、長期的な病気の罹患率は最も職位の高い女性の4倍に上っています。
 職位の相対的な変化が、基本的な生化学プロセスに重要な影響を及ぼすこともわかっています。
 たとえば男性の場合、狭い範囲で小さな職位の変化があっただけでも、テストステロンと呼ばれる性ホルモンの濃度が変動します。血漿中のテストステロン濃度は、職位が下がると下がり、職位が上がると上がる傾向にあります。
 また、テニスの試合で圧勝した選手は、試合後に血漿中テストステロン濃度が上がり、負けたほうの選手はこの濃度が下がります。さらに、霊長類の研究からも、テストステロン濃度が上がることによって、高い地位の獲得や維持がうまくいくことが証明されています。

格差が大きい地域では離婚率が高い

 格差と健康を結びつけるさまざまな要素が特定されています。
 たとえば、格差の拡大に伴って長くなる通勤時間によって、疾病率や死亡率が高くなることはよく知られています。また格差の拡大に伴う公衆衛生への投資の抑制、睡眠不足の増加が要因となっている可能性もあります。
 しかし、ひょっとすると、格差と健康の因果関係を最も簡単に読み解いているのは、人は単に低い地位にいることにストレスを感じるからだとするリチャード・ウィルキンソンの説かもしれません。
 この説は所得格差と離婚の因果関係についての研究結果と一致します。1990〜2000年におけるアメリカの国勢調査をもとに、私はアダム・レヴィーンとともに、格差の拡大が最も進んだ郡では離婚率の増加も最大になると予測しました。
 一方、社会階級と生理学との関係についての調査はまだ始まったばかりです。著名な学者の中には、そこに明らかな因果関係があると断定するのは時期尚早だと考える人もいます。
 しかし、歴史的に見ても社会階級と生存率の結びつきが強いことを考えれば、健康に影響を及ぼす生理的過程と社会階級の間に系統だった因果関係があるとわかったとしても、それは想定内の結果と言えるのではないでしょうか。

弱者が近くにいると幸福度が上がる

 幸福度調査の実験結果から、施験者から質問されたときに同じ部屋に誰がいたかによって幸福度が大きく変わることがわかっています。調査の場に車椅子に乗った人がいた場合、被験者は自分の幸福度を10段階評価で2段階ほど高く評価するのです。
 被験者が自分の幸福度を決めるのに用いる基準枠は、質問されたときにたまたま目に付いた比較する手がかりに応じて変化するのです。
 私が平和部隊の志願者としてネパールに駐在していたときに住んでいた家は、草葺屋根で、激しい雨が降ると雨漏りしました。アメリカの基準から見れば、とても小さな家で、水道も電気もありません。アメリカだったらほとんどの人が恥ずかしく思うような家です。ここアメリカでそんな家に住んでいたら、子どもたちは恥ずかしくて友だちを家に呼ぶことができないでしょう。
 ところが、ネパールではその家を恥ずかしいと感じたことは一度もなかったのです。ネパールというコンテクストでは本当に素晴らしい家だったからです。

弊社で販売をお手伝いをしている三五館シンシャさんで、交通誘導員やメーター検針員など、日常でよく見るけど、その実態があまり知られていない職業の著者が書いた日記シリーズが人気です。


交通誘導員やメーター検針員は、社会にとってなくてはならない職業なのですが(メーター検針員は今後消える職業らしいですが)、一様に低賃金なうえ、人々のストレスのはけ口となっているなど、非常にたいへんな労働環境です。クリエイティブでもなければ、喝采を浴びる成果を生み出せるわけでもない、「やりがい」を見つけるのが難しい仕事。それでも最後までやりおおす姿から働くことの尊さを感じ、その行間に漂う著者の明るさや前向きさに救われます。
一方で、『幸せとお金の経済学』の記述のように、一読者としては「オレのほうがまだマシだ」的に幸福度が上がっているだろうことは否定できません。著者のロバート・H・フランクは、「人間には神経系レベルで相対地位にこだわっているホットシステムがある」ことを示唆しているのですが、人間はサル山のサルと同じで、どうしてもマウンティングをやめられない、他人の不幸を蜜に感じる悲しい存在なのかもしれません。
以上、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(編集部 石黒)

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