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舞台『フェードル』熱くて人間が愛おしくなる物語でした。

舞台『フェードル』を見ました。見た後に人間が愛おしくなるめっちゃ面白い舞台でした。ネタバレありの感想です。

私は『おっさんずラブ』で林遣都さんのファンとなったのですが、彼が『フェードル』に出演すると聞いた時「絶対に見たい」けれど私なんかが行ってもいいの?」と感じました。
なぜならこの舞台の主演は日本を代表する女優である大竹しのぶさん、演出も同じく日本を代表する栗山民也さんだからです。
ハードル高い……。しかもギリシャ悲劇……。
素人には、あまりにも縁遠い組み合わせ。
舞台の内容も神様の名前が出てきて全然わからなーい!
しかも調べるほど栗山さんはすごい演出家だと分かるし、大竹しのぶさんは 言わずもがな、他の出演者もキムラ緑子さんをはじめ有名な方ばかり、どうしよう…。
でも、大竹さんと遣都さんの組み合わせなんて一生見られないかもしれないし、緊急事態宣言の中で工夫して幕を開けてくれたことへの感謝の気持ちもあり、思い切ってチケットを取りました。
そんなこんなで緊張しながら舞台を見たところ「このお話、めっちゃ面白い!」となりました。以下ネタバレを含みますが、俳優さんの感想というよりは『フェードル』という物語について、あれやこれや考えてみたものになります。

『フェードル』に関するあれやこれや

『フェードル』はフランスの劇作家、ジャン・ラシーヌが書いた作品で初演は、1677年1月1日だそうです。(Wikipediaより)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB

日本は江戸時代、第四代将軍徳川家綱の頃ですね。

さらに言えば、『フェードル』はエウリピデスの書いたギリシア悲劇『ヒッポリュトス』やセネカの『パイドラ』が元になっているということで、これはなんと紀元前に書かれたものだそうです。
紀元前… 日本は弥生時代の頃。
気が遠くなるほど昔に描かれた作品が江戸時代に戯曲となり、2021年に日本で演じられる。それだけでなんだか面白いなと思います!

おおよそのあらすじ(ネタバレ!)

アテネ王テゼ(谷田 歩)の妻であるフェードル(大竹 しのぶ)は、義理の息子であるイポリット(林 遣都)に対し許されない恋心を持ってしまう。夫テゼの不在時、フェードルは自身の気持に苦しみながらもイポリットにその思いを告げてしまう。イポリットは今まで邪険にされていたフェードルから気持ちを告げられ狼狽えるが、彼は敵の王女であるアリシー(瀬戸 さおり)に恋している。
そんな中テゼが帰国し、イポリットから裏切りを暴露されることを恐れるフェードルとその乳母エノーヌ(キムラ 緑子)は、逆にイポリットがフェードルに対して道ならぬ思いを抱えているとテゼに嘘をつく。
その嘘を信じたテゼは、神にイポリットを始末することを願う。テゼに疑われたイポリットはフェードルの嘘は隠したままアリシーへの思いを伝えるが、テゼには信じてもらえない。
テゼからイポリットによるアリシーへの恋心を聞いたフェードルは、イポリットの命を救うことよりも二人を恨む気持ちを募らせると同時にエノーヌに怒りをぶつけ、エノーヌは自ら海に沈む。
イポリットとアリシーは思いを通じ合わせたが、神がテゼの願いを聞き入れたため、イポリットは命を落とす。
イポリットの最後をテラメーヌ(酒向 芳)から聞いたテゼは嘆き悲しむが、フェードルは自ら毒を煽り真実をテゼに打ち明ける…。

という非常に ドロドロ”なお話でした。
フェードルのせいでイポリットは死んじゃうし、乳母のエノーヌも死んじゃうし、最後には自分自身も死んじゃってみーんな不幸になります。
全くなんて女だ!
あーでも、大好きです、こういう人。友達なら嫌だけど、物語の主人公としては最高に好きです。
だって、人間ってそういうもんですよね。
恋に落ちてしまえば、自分の好きな人は誰にも奪われたくない、奪われるくらいなら死んでしまえばいい、相手も不幸になればいい、なーんて考えてしまい、「ダメダメ、そんなこと考えちゃ。私ってばそんなこと考えるなんて最低!」って思ったりするのが人間ですよね。
『フェードル』はそんな現代にも通じる愛すべき女性の物語でした。

ただし、描き方は圧巻でした。
とにかく最初から最後まで登場人物が自分の気持ちやそこに至った背景、相手の気持ちをしゃべりまくります。
そしてその言葉の一つ一つが美しい!
翻訳の岩切正一郎さんの言葉は軽やかだったり重々しかったり、かと思えば切なかったりコミカルだったりするけれど、どれも詩のように美しいのです。
非日常的な言葉なのに、それを見事に操る役者さん達のおかげでギリシャ神話の世界に連れて行ってもらっているような感じがしました。

この舞台のセリフで一番有名なのは、フェードルからイポリットへの愛の告白でしょう。
「さぁ、知るがいい。フェードルを。その狂おしい思いを …。 好きなのっ!」
愛が溢れ出て言葉の矢となっていました。それほどフェードルのこのセリフはすごかった。フェードルが強いから言葉が強いのか、その逆で言葉が強いからフェードルが強いのか…。
美しく激しい言葉とともに世界に引き込まれる、それが舞台『フェードル』でした。

『フェードル』登場人物 相関図

フェードル

作品を理解するために相関図を作ってみました。
まずこれを作って思ったのは、神様と人間が近いというか、どこまでが神様なのかどこからが人間なのか、ものすごく曖昧な世界だということでした。
例えばフェードルのお祖父さんは太陽神ヘリオスと全能神ジュピターです。ということはフェードルには神様の血が入っているということになります。対して他の登場人物には神様の血が入っていない。この相関図を見ながら『フェードル』の物語を考えてみました。

ここで登場人物の血筋を対比しながら物語を見ていこうと思います。

フェードルの血筋から物語を考えてみる

1.フェードルとイポリットの対比
フェードルは神の子孫です。そのことは彼女にとって誇りであると同時に重荷でもあったはず。彼女の恋は ”許されないもの” で、彼女は太陽神である祖父に対して常に恥ずかしい思いを抱いているように描かれています。
そして、フェードルの母はあろうことか牡牛のタウロスと契り、ミノタウロスという怪物を宿した ”禁断の恋” の先輩です。
母の行為は ”ヴィーナスがかけた恋の呪い” が理由だとしても、フェードルは自分の血を恐ろしく思っていることでしょう。
そしてそんな母を持つからこそ、恋に溺れてはいけないという思いも強かったはず。
しかし、フェードルはイポリットに会った瞬間に恋に落ちてしまう。
恋とはそんなものですが、フェードルにとってはさぞかし忌まわしいことだったと思います。

一方、フェードルが恋焦がれたイポリットは、アマゾーンの女王アンティオープとアテネの英雄テゼの息子。
アマゾーンは戦闘も辞さない勇ましい女性部族で繁殖のためだけに男を必要とします。アマゾーンが後継者として必要なのは女子であるため、男子のイポリットはテゼの元に残ったのかもしれません。
イポリットが「恋をさげすむ傲慢さはアマゾンの女王だった母が母乳と共に授けてくれたもの」と語るように、イポリット自身は恋とは縁遠く、森の中で武術を磨いて暮らしてきたような青年です。

フェードルは神の子孫ですから、心の奥底ではイポリットを ”野蛮な血筋” と半ばバカにしているような気がします。しかしそんな高貴な自分が恋したのがイポリットであることも事実。
フェードルはそれを ”ヴィーナスがかけた恋の呪い” のせいにすることで、なんとかやり過ごしているように見えます。

2.フェードルとアリシーの対比
そして神の子孫であるフェードルは、アリシーに対しても優位に立っていたはずです。アリシーは王族の娘ではありますが、逆賊の一族でもあります。
確かにアリシーは若く美しいけれど、フェードルもテゼという英雄を魅了するほど魅力的な女性です。
だからフェードルが自分がアリシーに負けるわけはない、という思いを抱いてもおかしくはないと思うのです。

3.一族の血筋に苦しむフェードル
フェードルが神の血筋であることは事実ですが、一方ではそれが重荷にもなるのです。
フェードルの一族は、ヴィーナスにより呪われています。一方、イポリットやアリシーの一族は呪われておらず、その恋は祝福されるものです。
フェードルにとって、一族の血筋は誇りであると同時に自分を苦しめるものなのです。

だからこそフェードルは息絶える前、「罪深い自分の目が見ることで太陽を汚していたけれど、死ぬことでもう太陽を見ることもないから汚すこともない」と言うのかもしれません。
ここでフェードルが太陽と言っているのは、太陽神である祖父やその血を引く自分を含む一族なのでしょう。

『フェードル』とは太陽神の末裔であり、ヴィーナスに呪われた一族の一員であるフェードルが自分の血筋がもたらした ”恋という怪物” と戦い、負けて、滅んでいく、そういう物語なのかもしれません。

つぎに、ほかの視点から『フェードル』を見ていきます。

『フェードル』における光と闇

この『フェードル』の舞台はとてもシンプルで、目立つのは一脚の椅子のみでした。その代わり光と闇、そして光を遮るように布が効果的に使われていました。
フェードルの最初の登場シーン。恋に苦しみ、死を選ぼうとしているフェードルは光から隠れるように黒いマントをかぶって登場します。
その後自らマントを払い、光を浴びながら死の決意を太陽に告げます。
フェードルから道ならぬ思いを聞いたエノーヌは、フェードルと共に死ぬ覚悟を決め、フェードルを黒いマントで包みます。
しかしその後生きる決意をしたフェードルは、その黒いマントを払いのけます。
フェードルは黒いマントをかぶったり払ったりすることで、太陽と対峙(生きる)したり隠れる(死ぬ)気持ちを表しているように思えました。

また、フェードルは最後にテゼの前で真実を告白して息絶えるのですが、その後テゼが椅子にかかっている赤い布をぞんざいにフェードルにかけます。まるで汚れたものを隠すように布をかけられたフェードルはもはや太陽の光を浴びることすら許されない忌まわしい存在である、というように見えました。

そして、息子と妻を亡くしたテゼが悲嘆にくれている背後では、光の中をアリシーが血のついたイポリットの服をまるでベールのように引きずりながら歩いているのです。
その姿は悲劇ではありますがどこか崇高で、イポリットとアリシーの恋は死してなお太陽に祝福される正しい恋で、道ならぬ恋に身をやつし相手を陥れたフェードルはその存在すらベールで隠されるべき忌むべきものであるかのように見え、とても印象的でした。

怪物退治

この物語には最初から”怪物”という言葉がたくさん登場します。
・テゼは怪物退治で有名な英雄。
・イポリットは勇敢な父に憧れているが怪物を退治したことはない。
・フェードルは自分の恋心を怪物といい、自分をイポリットに退治させようとする。

『フェードル』には、実際の怪物と心の中の怪物の二つが存在し、その二つが両方とも恐ろしいものとして描かれているように思いました。そして、怪物と戦った結果、皆破れました。
・イポリットは怪物と戦い、命を落とした。
・フェードルは、心の中の怪物(恋心)に滅ぼされて、自ら命を絶った。
・テゼは実際の怪物は倒したが、自分の心の中の怪物(疑心暗鬼な心)を倒すことはできず、息子を失った。

イポリットは、父に憧れ怪物退治をしたいと願っていたので、死んでもなお満足だったと思います。イポリットはフェードルからの告白をテゼに話すことをせず彼女の誇りを守りました。そしてアリシーからの愛も得て、怪物に向かい敗れた。肉体は敗者ではありますが、心の中では勝者だったのではないでしょうか。
それに対して、実際の怪物を倒すほどの勇者であったテゼですが、心の中の怪物には勝つことができず息子と妻を失うという結果となりました。

イポリットとテゼ、どちらが勝者だったのかと考えると、肉体は滅びたけれども心は怪物に勝ったイポリットの方がむしろ勝者だったのではないかと思います。

余談になりますが、テゼはその後王位を追われ、崖から突き落とされて死ぬそうです。もしイポリットが生きていればそのような悲劇的な運命を辿らなかったかもしれないことを考えるとなおさら複雑な気持ちになります。

最後にまとめの感想です。

この物語はギリシャ悲劇が元ですが、現代に通じる話でした。
古今東西許されない恋に苦しむ名作は数多くあり、それだけ人間の本質をついているのだと思います。
この愚かで愛おしい人間の姿を見せてくれた『フェードル』は私を別世界に連れて行ってくれました。
見ている間、私はフェードルを冷ややかに見たかと思えば彼女の恋に同調してハラハラしたり、エノーヌの腹黒さにイライラしたり、テラメーヌが語るイポリットの最期に涙したりしていました。
演劇ってすごいですね。2時間あまりの間、私は『フェードル』の世界の住人でした。

物語を面白くしてくれたのは舞台上の全てと出演者の熱演でした。

今回これだけこの物語が面白かったのは、翻訳や演出、音楽、照明、美術など舞台上の全てが素晴らしかったからです。
そして、出演者の皆さんの熱演によるものが大きかった。
物語にのめり込み、共感できたのは出演者の皆さんがそこに生きているように見えたからでした。フェードルのような女性がもし近くにいたら、ヒヤヒヤするけれどちょっと会ってみたいなとも思いました。
紀元前のお話しでも今に通じるのですね。人間ってバカだけど愛おしいなとつくづく感じました。
この素晴らしい舞台、また再演して欲しいですし、DVD/BDで販売してくれたら嬉しいなと思います。

そしてコロナ禍のなかで、この舞台を作ってくださった皆さんに心からお礼を申し上げたいと思います。緊急事態宣言発令に伴い開催計画を見直したり、日々感染対策をしながらの準備、公演、片付けと本当に大変だったと思います。
全公演何事もなく無事に開催されたおかげで、これほど素晴らしい舞台に触れることができました。
この舞台はこれからもきっと私の人生の大切な思い出になると思います。
それほど素晴らしい舞台でした。
ありがとうございました。

おまけ。イポリットの好きな表情3つ

おしまいに林遣都さんが演じたイポリットの好きな表情3つを勝手に発表します。(演技はもちろん良かったのですが長くなるので。)
1. フェードルからの告白を受けている時の軽蔑しているような表情。
2. テゼに不義を疑われ、責められている時の信じられないという表情。
3. アリシーに永遠の愛を誓おうと告げる時の純粋な恋する表情。
3つに絞るのには苦労しました。
どのシーンのイポリットも素敵でした。
これから先、舞台俳優として活躍されていくだろう遣都さんをますます応援したいと思いました。

2021年6月13日、CS衛星劇場にて放送予定です!

最後に、2021年6月13日(日)CS衛星劇場にて舞台『フェードル』がテレビ初放送されます。ぜひ多くの方に見て欲しいなと思います。

この舞台の面白さに興奮しながら書いていたら、6000字超の長文となってしまいました。長くてごめんなさい。お読み頂き、ありがとうございました。

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