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ずぶぬれでレース再開を待った2時間と、舞台裏での重機問題——日本GP観戦記②

10月7~9日の日本GPを現地で観戦した。またも論評っぽくなってしまうが、観戦記第2弾は2時間に及ぶ赤旗中断と、コース上の作業用重機が危険を招いた問題について考えたい。

デグナー前で見かけたビアンキ追悼の花束

8日の予選前にダンロップコーナーからデグナーカーブへ向かうとき、通路脇に手向けられた花束を見かけた。2014年日本GPのダンロップ外側の大クラッシュで脳に重傷を負い、翌年亡くなったビアンキの追悼でファンが供えた花だった。

私は14年の事故はFIAとFOM、主催者による人災だと思っている。当日は台風18号が接近しており、日本人なら時間を追うごとに天候は悪化すると誰もが知っていた。それにもかかわらず、レースが定刻の15時にスタートし、夕闇の中でクラッシュが起きたのは人災だった。

ダンロップコーナー内側に供えられたビアンキの写真と花束

コーナーの奥にはビアンキが衝突したものと同じようなマシン撤去用の重機が見える。決勝が行われる日曜は降水確率が90%と、雨が確実視されていた。「同じような出来事が起きなければよいが…」との不安が頭をよぎった。

翌日、その懸念は危うく現実になるところだった。

パレード直後に小雨が舞い、スタート直前に本降りに

日曜日。決勝前のドライバーズパレードが終わる12時半ごろ、空から小雨がぱらついた。

レース前の国歌斉唱やセレモニーの間も小雨は少しずつ強くなる。14時のフォーメーションラップ時の雨量は『やや強い小雨』程度で、各車はインターミディエイトタイヤを履いていた。

午後零時半のドライバーズパレード終了後のコースマーシャルのあいさつの様子

ところが、各車がグリッドに着こうとする瞬間に一気に雨が本降りになった。路面にみるみる水が溜まっていく。これだけ瞬時に雨量が増えると、レースディレクターはモニター画面越しに状況の変化を知るのは困難だろう。土壇場でスタート順延やセーフティーカー先導スタートの判断を下すのは不可能だった。

それが、このレースの不運だった。

サインツのクラッシュを皮切りに、大混乱のレースに

スタート後、コースの状況を何も知らないドライバーたちがS字、デグナー、西コースへとなだれ込んだ。まず、サインツがヘアピン明けの200Rでコース脇にクラッシュ。衝撃で広告看板がコース内にはがれ落ち、その上を走ったマシンが巻き上げる形で、看板がガスリー車の前部に降ってきた。後方ではアルボンもストップしている。

このタイミングでセーフティーカー(SC)が入ったが、雨はひどくなる一方で、2周目終わりで赤旗が提示された。土砂降りのなかで各車はインターミディエイトを履いている。スタンドではレース中断にため息も漏れたが、赤旗は当然の判断だろう。

ただ、スタンドにいた人間としての実感は、本当に強い雨が降ったのはスタートから赤旗提示を挟む20分強で、その後は日本人ならごく日常的に遭遇する雨だと感じた。赤旗から1時間後には少し弱まり、なぜレースが再開されないか不思議だった。

舞台裏でガスリーが激怒した「重機問題」

そのころ、舞台裏ではガスリーがピットで怒りをぶちまけた。マシン前部に覆いかぶさるデブリをビットで除去し、コース復帰後にセーフティーカーを追いかけたところ、ヘアピン明けでサインツ車を撤去する重機に危うく衝突するところだったという。

ガスリーは集団に追いつくために前を急ぎ、赤旗への切り替わり直後の200Rも時速190キロ前後で走行した。私見だが、いくら集団に追いつくためとはいえ、前の周に事故がありマシンやパーツが散乱していると予想される箇所で飛ばしたガスリーはアウト。その後、バックストレートでも250キロを超えたかどでタイム加算のペナルティーを受けており、本人もその区間の速度超過を認めている。

午後2時20分、赤旗が出され最も雨量が多いころ

レーシングスクールや下位カテゴリーのレースで、ドライバーが監督やオフィシャルに一番の大目玉を食らうのは、タイムが出ないときや無理な追い抜きを仕掛けたときではなく、黄旗中のスピンや事故を起こしたときだという。「黄旗中の事故はマーシャルを巻き添えにしかねない。それだけは決してやってはならない」ときつく絞られると聞いた。それを思い出した。

FIAのF1競技規定の55条3項aによると、『セーフティカーは、競技参加者またはオフィシャルが危険な状況または走路付近にいる状態に使用する』と記述がある。ただし、文中に『決勝レースを中断するほどではない場合』との断りが書いてあるため解釈が難しいが、この条文からは「セーフティーカー出動時はコースにヒトやモノがあり危険な状態にある」と考えるのが自然だ。

SC中の各ドライバーは55条7項の『FIA ECUが設定した最低タイム(※筆者注:セールティーカーデルタのこと)以上をかけて走行していなければならない』とある。しかし、デルタさえ守れば問題ないわけではなく、同5項で定められた『他のドライバーあるいはそれ以外の人に対して危険を及ぼす可能性があるような方法で運転できない』という条文が最低タイム遵守に優先すると思われる。

もっとも、アロンソなどセーフティーカーの真後ろで隊列走行したドライバーも「コースにいた重機は直前まで見えなかった」と語った。「ビアンキの事故を考えれば、SC中であってもコース上に重機がいるのはおかしい」との怒りの声もある。速度超過を起こしたガスリーの件に関しても「ウェットで速度を落としすぎるとタイヤが冷えて走行困難になる」と擁護するドライバーもいた。

この件については何が正しいのか結論を出すのが難しい。見当違いなものも含むかもしれないが、私は要点は下記の内容だと思っている。

  • 今回、最も強い批判の声を上げたガスリーの追い上げ速度は妥当だったか?

    • ⇒セーフティーカー中のデルタ(通過タイム)の範囲内とはいえ妥当ではなく、ペナルティが与えられた

  • 雨天を考慮し、スタート時間を早めるべきだったのでは?

    • ⇒スタート時間を繰り上げるのが妥当だが、商業上の困難がある。各国のテレビ放送の時間により簡単にスタート時間を繰り上げられないのは14年も今年も共通する課題だ。ただ、ネットメディアが普及したいま、テレビ中継の時間にこだわる意味はあるだろうか?

  • 逆に、雨が強まった段階でスタート順延やセーフティーカースタートにすべきでは?

    • ⇒雨が本降りになったのは各車がグリッドに並ぶ土壇場のタイミングで、人間が判断を下すのは不可能だった。

  • セーフティーカーの走行速度は速すぎではないか?

    • ⇒速度が遅すぎるとタイヤが冷えて再スタート時に支障が出ると不満を漏らすドライバーも多い。そのため、セーフティーカーはこのクルマとしては全力に近い速度で走らざるを得なかった。

  • セーフティーカーは事故現場だけでも速度を落とすべきでは?

    • ⇒事故現場は速度を落とすべきだった。ただ、一部区間で速度を落とすと玉突き事故を誘発する懸念はある。

  • サインツ車の撤去用重機を入れるタイミングは妥当だったか?

    • ⇒クラッシュ後、極力早く障害物を撤去するのはセオリー通りで、現場のマーシャルは撤去の指示が出たら素早く作業するのが任務だ。ただ、赤旗を出そうというタイミングで重機を入れたコントロールタワーの判断が妥当だったか疑問は残る。

  • 重機を入れることについて、レースコントロールから何もメッセージがないのは問題では?

    • これは明らかに問題。フジテレビNEXTのF1GPニュースでも川井一仁氏は「今年のレースディレクターになってから、この手のレースコントロールのメッセージが減った」と指摘していた。

  • コンディション急変を鑑みて、1周目のクラッシュの段階で赤旗を出すべきだったのではないか?

    • ⇒雨量の急変で判断が追い付かなかったかもしれないが、複数台のマシンが同じ箇所で問題を抱えた以上、即座に赤旗にすべきだった

FIAも今後の調査を行う旨、アナウンスを出している。検証すべき問題は多くあるが、少なくとも最後の2点のどちらかで妥当な判断が下されていたなら、重機投入の危険は抑えられたと思われる。

もう1つ挙げねばならないのは、鈴鹿のコース特性だ。

「オールドコース」に含まれる鈴鹿はコース幅が10~15メートルと狭く、コースからバリアまでの間隔も小さい。ランオフエリアを広く取った新設サーキットをテレビで見慣れた人間にとって、久しぶりに訪れた鈴鹿はコースと観客席の近さに改めて驚いた。レース後のコースウォークでドライバー目線で走行ラインを見ると、バリアが目前にあるように感じた。

レース後のコースウォークでS字3つ目からコースの逆方向を見たところ。右側の壁とコースとの間隔の狭さがわかる

サーキットのことを悪く言いたくはないが、アクシデントが起きたときにランオフエリアが小さいと、クラッシュしたマシンがコース上に跳ね返る確率が高くなる。また、コース幅が狭いと重機が出たときにマシンが避けて通る余裕も少なくなる。シケイン設置やコース変更を望むものではないが、問題が再発する不安を感じる。

雨のなか、経緯を知らない観客席

観客には重機にまつわる問題が起きたことはほとんど知らされなかった。伝わったのは「ガスリーが赤旗中の走行でペナルティーを受けた」という程度。常時大型ビジョンを見ていたわけではないが、各車が重機をかすめて走るリプレーも流れなかった。何も知らない観客は、雨に濡れながらひたすらレース再開を待ち続けた。

当初、14時50分にレース再開とアナウンスされたが、メディカルカーのコースチェックの末に延期に。その後は再開のメドどころか、次の情報アナウンスの予告もなかった。去年に2周で打ち切りとなったベルギーGPは数々の問題が起きたが、随時「15分後に次の情報を伝える」とのメッセージを出していた。今回はそれすらなかった。

赤旗から2時間近く経った午後4時ごろ。このころは雨も弱く、空は明るくなり、路面の水もはけていった

アナウンスの予告すらない状態で待つのは辛いものがある。いったん観客席横のテントに避難し、追加の雨具を着込む観客も多かった。自分もそのうちの一人で、まさかの事態に備えて持参したダウンベストとホッカイロを身に着けた。

赤旗後1時間も経つと、雨脚はやや弱くなった。テレビに映る水たまりの映像は結構強い雨が降っているように見えるが、「撮り方の問題でやや大げさに映った」との印象だ(※サーキット近隣の津市の10分ごとの降水量推移も参照。体感的には、サーキットの雨量は津市より10分少々の遅れと感じる)。この天候でレース再開に向けた動きがないのはおかしい、と感じた。

後になって重機問題の混乱があったと知り、レース再開の音沙汰がない事情にようやく合点がいった。今年のイギリスGPでも感じたが、私たち視聴者に伝えられる映像は、所詮は送り手側に都合のいい情報に過ぎない。その裏に隠された事実も多いのだと思い知った。

見どころたっぷりのレースで「結果オーライ」だが…

セーフティーカー先導でのレース再開は赤旗中断から2時間以上たった16時15分。小雨になり、路面の水もはけつつあった。2周後にはセーフティカーも退き、ベッテルとラティフィは即座にフルウェットからインターミディエイトに履き替えて順位を上げた。明らかに2時間は待ちすぎだったのだ。

再開後のレースはオコンとハミルトンの攻防、ベッテルとアロンソの競り合い、そして最終周のルクレールとペレスのバトルと、見どころ満載だった。レース距離は半分だったが、観客は熱戦を満喫したことだろう。最後にはフェルスタッペン戴冠のサプライズが待っていた(この件の論評は「観戦記①」にまとめた)

レース後、フェルスタッペン王座確定のサプライズがあった

それでも疑問が残る。セーフティーカー中に各車が重機をかすめる問題は避けられなかったのか。一方で、安全重視とはいえ、インフォメーションがほとんどない状態で2時間も待たせ続けたレースディレクターの判断は妥当だったのか。

ビアンキの事故の再発がなくてよかった。それだけは幸運だったと心に留めておきたい。

(観戦記は次回に続きます)

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