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完璧主義は百害あって一利なし。完璧より最善を目指した方が幸せに生きられる

◎失敗を恐れてなにも成し遂げられなかった私

石橋をたたいて割るどころか、叩いて渡らないのが私でした。
失敗が怖い、できなかったら恥ずかしいという気持ちが強く、やってみたい、できるようになりたいという気持ちから目をそらし、何に対しても本気で向き合ってきませんでした。そのくせいったん始めたら、これは自分には向いていないと思ってもやめることができず、だらだらと惰性で続けるような人間でした。
完璧でなければならないと思うあまり、できないことを恐れて結局なにも成し遂げることができませんでした。

◎始まりは1冊のノートに線を引くことに失敗したこと

母は当時は珍しいワーキングマザーで、完璧主義でした。掃除をすれば、部屋中のものをいったん外に出し、床に雑巾がけをし、家具を全部からぶきをするほど徹底していました。大手洋服メーカーの販売員として毎年表彰されていたし、70歳を過ぎても個人的に声がかかるほどでした。仕事も家事も自分なりの基準があり、その基準に届かないと叱責を受けたので母が怖かったし、いつも緊張していました。

ある日母が、小学生だった私に1冊の大学ノートをしました。そして各ページの左端から5センチくらいのところに、ボールペンで線を引くように言いました。大学ノートには上と下に等間隔で「・」がついていて、左端から同じ数だけ点を数えて、定規をあてて上と下の点を結ぶ、ただそれだけの簡単な作業でした。

ノート1冊分に線を引き終わった私は、褒められる気満々で母にノートを渡しました。母は笑顔で受け取ると、パラパラとノートをめくり始めました。しかし途中から母の顔から笑顔が消えました。

そう、私はやらかしてしまったのです。
なぜかノートの三分の2くらいから最後のページまで、上と下の点が1つずれて線が斜めになっていたのです。ボールペンだから消してやり直すこともできず、母からはものすごく怒られました。そしてこう言われました。

「完璧でなければ、やったことにならない」

子供のしたこととはいえ、完璧主義の母には考えられないミスでした。
その時のことは50年以上たった今でも映像としてはっきり思い出せるくらい私の心を震え上がらせました。

この日、私は母の信頼を失ったんだと思いました。
もう二度とノートに線を引くことを頼まれなかったからです。

この日から私は失敗を極端に恐れるようになりました。
失敗したら母に嫌われる。間違えたら母を失望させる。
当時は意識していませんでしたが、大人になって気づきました。
いつも母の自慢の娘であろうとするあまり、できる事にしか手を出さないようになっていました。

◎完璧なんてこの世にはない

この世に完璧なことなんてひとつもない。
そんな簡単なことに気づかないまま、歳を取りました。
随分長い間、チャレンジしない人生を送ってしまいました。

社会人になってからも完璧主義に苦しめられました。
完璧にできるまでアウトプットしない仕事なんてありません。
だからいつも自分の成し遂げたことに自信が持てず、人から褒められても「こんなことできて当たり前」
だから褒められる価値はない。
そんな風に思っていた私は、自己評価がとても低いまま生きてきました。

◎人は何歳からでも変われる

しかし、人というものはある日突然変わることができるものです。
SNSが発達したおかげで、今やあらゆる情報が簡単に手に入る時代になりました。そのおかげで私も、完璧主義をやめていいんだという概念を手に入れることができたのです!
長いこと洗脳されてきたため、そう簡単にはいきませんが、意識さえすれば徐々に慣れていくものです。「完璧主義」を手放すことで、チャレンジするチャンスと、失敗からの学びを得ることができるようになりました。
このnoteも「どうせ私には完璧な文章なんて書けない」と思っていたら、始める事さえしなかったでしょう。

◎まとめ 完璧主義から最善主義へ

完璧なんてこの世にはありえない。
でも完璧に近づけるための努力は必要です。
だから完璧主義に陥って何もせずにそこに留まるよりは、何か始めてみた方が完璧に近づけるはずです。
完璧主義は捨てて、まずは始めて試行錯誤を繰り返す、その行程にこそ価値があるのだと今は思えるようになりました。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
あなたにとって、今日がよい一日になりますように。




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