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調達・購買・資材の教科書 第1章

1-A 調達プロセス知識


ここで、まず「Purchasing」と「Sourcing」の違いについて説明します。下の図は、企業の調達プロセスを分解したものです。

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Sourcing(ソーシング)とは、業界調査から、サプライヤーの選定や価格決定を行うことです。Sourcingは「契約業務」と訳されることもあります。また、Purchasing(パーチェシング)は、発注から納期調整、検収(サポート)等を行うことです。Purchasingは「調達実行」と訳されることもあります。
自動車業界と電機業界の一部は、このSourcingとPurchasingを完全分離しており、人員もわけているようです。自動車業界では、Sourcing担当者がPurchasing担当者に「10年以上も会ったことがない」事態がありえます。Purchasingは納期フォローなど大変な業務ばかりだから、それに携わらない人は幸運ともいえるでしょう。ただ、サプライヤー決定と価格決定のみを行う担当者は、納期を追いかけない関係上、生産管理に疎くなってしまう可能性があります。実際に、納期や発注処理の煩雑さを知ることが、Sourcing業務にも深みを与えるはずです。
さて、話をSourcingからはじめましょう。

・Sourcingで重要なこと

 Sourcingは主に次の三つのプロセスにわかれます。
RFI (Request for Information):情報提供依頼
RFP (Request for Proposal) :提案依頼
RFQ (Request for Quotation):見積依頼
そしてこの三つを総称して、RFxと呼びます。
いきなり英語ですみません。でも、難しくはありません。RFIは、「おたく(サプライヤーのこと)何ができるの」と質問表を送ることです。RFPは、「おお、そんなことができるなら、具体的に調達品の提案をちょうだいよ」と提案依頼書を送ること。RFQは「なるほど、その仕様は良さそうだから、見積ちょうだいよ」と見積り依頼書を送ることです。
通常この三つのプロセスは完全分離していません。RFxが混在したまま調達活動をやっていることが多いでしょう。ただし、それぞれのプロセスにおいて注意すべきことがあります。
まずはRFIですが、一般的には次のような情報が網羅されるべきです。

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生産品目から特色までが記載されています。重要なのは、次の点です。
1.担当者の単独保有資料としない(担当が替わるごとに何度も同じ調査をしているところが多い)
2.できるだけA4一枚にまとめる(部門で一括管理しておくべきだ)
3.質問項目をあらかじめ決めておき、担当者間のばらつきをなくす
そして、100%ではないにせよ、その1枚を見れば誰もがそのサプライヤー情報を理解できるようにすることです。
不動産屋を思い出してください。不動産屋の担当者が「物件はアタマに入っている」といったら信用できるでしょうか。A4一枚にまとめ、概要を俯瞰できるからこそ営業できるのです。このようにA4一枚にまとめサプライヤー情報を作成すれば、RFIを一過性のものとせず、その後も利用できる資料となります。しかも、開発・設計部門から新規サプライヤーの相談があったときには、これをそのまま「物件情報」として使うことができるはずです。
また、このRFIで重要なのは「ノックダウンファクター」の明確化にほかなりません。「ノックダウンファクター」とは、自社が譲れない条件のことです。調達担当者がつまずく項目は、多くの場合、何度も繰り返されています。調達・購買担当者がせっかくヒアリングして見積りをとっても、最終的には社内合意が得られない、とか。品質管理部門から反対される、とか。生産管理部門が納得していない、とか。よくありますよね。
それらは、すべてRFI段階の「ノックダウンファクター」の不明瞭さに起因しています。自社の絶対条件に合致しなければ、サプライヤーの見積りがいかに安くても、質が良くても、むなしいのです。すべての調達・購買担当者は、RFI時に、各部門をまわって、この「ノックダウンファクター」をヒアリングすべきです。

そして、RFPで相手の仕様を確認したあとに、RFQを経ることになります。RFQとは、繰り返し、見積依頼のことです。RFQはこのようなフォーマットが考えられます。

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ここでは、見積依頼対象から、不良品発生時の条件までを網羅しています。RFQとは、見積り前提となる各種情報の漏れを防止するものともいえます。定型化することによって、多くのサプライヤーに展開することができます。都度、口頭で条件を伝えていたら漏れもありますし、サプライヤー間で不平等も生じてしまうはずです。よってRFQをフォーマット化することで、サプライヤーを公平に扱うことにもつながります(当たり前だろ、という声が聞こえてきました。しかし、現実には仕様書をメールで送ったり、対面時に見せたりするだけで、見積依頼条件を曖昧にしているバイヤーのなんと多いことか)。

そして、このRFQで重要なことが、三つあります。

1.前図のように見積り条件を明確化するとともに、「RFQは進化させるべき」と心がまえを持つことです。RFQを繰り返していると、足りなかった条件や、失敗した項目があります。それを次回のRFQ時に追加するのです。あるいはトラブルが発生する前から、前図を見て、「不足している」と思う項目があれば、それはRFQに付与する内容にほかなりません。そして品目ごとにRFQを書きなおしつづけ、引き継ぎ資料とすべきです(現状では引き継ぎ資料は、せいぜい価格表ぐらいでしょう)。たとえば予定発注数量と実際発注数量が異なる際に、引取責任が顕在化した製品であれば、引取責任について言及しておきましょう。「RFQは進化する」のです。

2.RFQのときに、バイヤー側が希望する見積り明細フォーマットを提示することです。見積りをとったあとに、「このコストはどういう内訳だ」と訊くくらいなら、最初からフォーマット化しておけばいいですよね。もちろん、見積明細など、すぐにはサプライヤーから入手できない、サプライヤーが教えてくれないというバイヤーもいるでしょう。ただ、既存品は無理でも、新規品から見積明細をもらうように努力することはできます。これを外資系の一部では「オープンポリシー」と呼ぶことがあります。見積明細をオープンにしてくれることを、取引先選定の指標だと宣言しておくのです。これはとくに新規サプライヤーにたいする強力なメッセージとなります。

3.目標価格の提示について戦略性を持つことです。もちろん、目標価格を提示すること自体の是非は過去より議論があります。よくいわれるのが、競合時の目標価格の無意味さでしょう。なぜなら、せっかく適正原価を試算しても、競合結果、それ以下の価格になる可能性があるからです。ただし、一社しか対応できない製品の場合は、あらかじめ目標値を共有することで「原価を創りこむ」発想を忘れてはいけません。くわえて、目標値を設定することで、バイヤー側の厳しさを表現できます。相見積りをとって比較するだけのバイヤーと、原価計算ができるバイヤーと、どちらがサプライヤーにとって「手強い相手」と映るかは自明です。もちろん、事前の原価計算ができない場合でも「いくらだったら取引可能と考えるか」の基準を持っておかねばなりません(だってそうしないと、見積りを提示されて「いかがですか?」と訊かれても、何も答えることはできないからです)。そのためには、同じく事前に開発・設計部門との討議が必要です。

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・品質管理で重要なこと

次に、発注方式や在庫管理を説明すべきところです。私の「調達力・購買力を身につける本」では、この二項目について詳しく説明しました。ただ、たったの数年が経過しただけで、この領域について調達・購買担当者が気にする必要性は低下しているといっていいでしょう。MRP(生産管理手法)の発達と、それを企業内に定着させるERPパッケージの浸透により、発注数量や在庫管理は自動計算によるものになり、強調する意味が薄らいだからです。

そこで、次に品質管理に移りましょう。
ここで、バイヤーのみなさんに「品質」とは何か? と訊いても、なかなか明確な回答を得られません。「品質保障」ならば、なおさらです。下の図に、「品質保証」の定義を書いたものの、よくわからないというのが本音ではないでしょうか。

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バイヤー企業は「仕様書」「図面」「口頭指示」「試験規定等」を渡します。しかも、サプライヤーには、「法規制」「社会通念」「倫理・常識」「その他ルール(!)」も遵守したうえで品質を確保することを依頼するのです。サプライヤーからすれば正直にいって、何をどこまで守ってよいかわかりません。
そこで、各社では「取引先品質保証協定書」(あるいはそれに順ずるもの)をサプライヤーと締結するはずです。

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バイヤーは、この「取引先品質保証協定書」に無頓着なひとが多いように感じられます。しかし、自社の「取引先品質保証協定書」を必ず読んで理解しておくべきです。各社の品質基準を定めたISO9001では、次の項目を明確にすることになっています。おそらく、みなさんの会社の「取引先品質保証協定書」にも次の項目が網羅されているはずです。
・品質管理要領
・経営者の責任
・品質保証体制
・仕様の管理
・設計の管理
・文章の管理
・取引先の管理
・部品等の識別管理
・工程管理
・検査、試験
・検査、測定および試験装置の管理
・不合格品の管理
・是正処置および予防処置
・取り扱い、保管、梱包および引渡し
・品質記録の管理
・品質監査
・教育・訓練
・有効期間
そして、ここで暴論を申し上げます。調達・購買担当者はこれらの詳細を完全に把握する必要はありません。一読はしておきましょう。しかし、品質管理の専門家ではないので、詳細を掌握する必要はないという意味です。ただし、どのような項目が規定されているかは理解しておく必要があります。なぜなら、それによってサプライヤーとの無意味な言い争いが回避できるからです。
たとえば、不良品を受け取った場合に、「工程管理」項目がちゃんと盛り込まれていれば、中間工程の管理徹底について、堂々と申し入れできます(サプライヤーの営業マンが「最終的な不良品率を下げるから、中間工程なんて関係ないでしょう」といった言い訳は通用しなくなります)。
これまでの先人たちのトラブルは、契約書という形で再発防止を試みています。それならば、それを使わないのはもったいない。
また、その他で重要なことも挙げておきましょう。

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これらを心してサプライヤーからの調達品の品質を確保する必要があります。
1.製品立ち上がり時の品質調査
2.両社の設計者・購買担当者・品質担当者の密なコミュニケーション
3.品質実績のある製品の購入
4.品質指導
これらは、本書でもおって説明していきます。契約だけではなく、調達・購買担当者として現場と密接な対応をとることによって、不良品を抑えることができます。
まず第一回目は、調達・購買のプロセス、とくにRFxと調達品の品質確保についてとりあげました。

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1-B 法律知識

・法律知識・契約

今回は「調達・購買業務基礎」のBである「法律知識」について説明します。

もちろん、調達・購買担当者は法務部門に属しているわけではありません。したがって、法律家並みの専門知識が必要かというと、それは無用です。しかし、調達・購買担当者は「契約」担当者と呼んでいる企業もあるくらいで、基礎的な内容は把握しておく必要があります。
ここでは、契約書の基本からはじめて、下請法・J-SOX・CSRまでを俯瞰していきましょう。

・契約の基本

バイヤーはサプライヤと契約を結びます。しかし、バイヤーは契約書のことをどれだけ知っているでしょうか。契約書とは「個人間で結ぶ、権利や義務に関する約束」と考えておけばよいでしょう。また、単なる約束ではなく「その権利や義務の履行に国が協力してくれるもの」とも考えておく必要があります。
法律とは国家が制定するものです。そして契約は個人間で結びます。さきほど法律と書いたものの、法律をもとに作られる政令や、府省令、条例などをまとめて「法令」と呼びます。法令がどんなひとにも適用されるものに対して、契約は当事者しか適用されません。
「法令を個人間で表現し直したものが契約である」と思うひともいますが、実際は、法令に決められている内容を、変更したいときに契約を利用すると考えたほうがよいでしょう。
一部の例外は「強制法規」と呼ばれるもので、個人間の約束にかかわらず優先される法令のことです。たとえば、下請法がこれにあたります。一般的にサプライヤはバイヤー企業にくらべて弱者とみなされています。とするならば、せっかくサプライヤ救済の法令があったとしても、個別契約でサプライヤに不利な条件になってしまっては法令の意味がありません。そこで、契約よりも優先する「強制法規」が弱者のために設定されました。
この強行法規は、下請法も含めていうと
・労働基準法
・下請法
・特定商取引法
・利息制限法
などがあたります。よって、法令と契約の優先順位を考えるさいには、
・強制法規(強い)>契約>一般の法令
と考えればよいでしょう。

・ところで契約書とは

ここまで「契約」という単語を使ってきました。この契約を証明するものとして、「契約書」「覚書」「協定書」等の、いくつかのものがあります。はたして、この三つは何か異なるのでしょうか。
私は若いころ、この三つの違い(あるいは「契約書」「覚書」の違い)について先輩諸氏に尋ねたことがあります。明確な答えはもらえませんでした。「契約書のほうが立派だ」と、迷回答してくれたひともいます。
よってここで、述べておきます。「契約書」「覚書」「協定書」等の違いは「無い」と思って良いです。契約を締結する際のタイトルは、いわば小さな問題です。重要なのは、内容であって形式・タイトルではないことに注意しましょう。
さて、私が調達・購買担当者として働いていたときに「仮で良いですから、契約を結びましょう」といわれたことがあります。ここに意味はありません。「仮」といっても、契約書である以上は、「本契約」と同じです。仮契約の形で締結してしまったら大変なことになります。
調達・購買担当者が関わる取引基本契約書では、次のような内容が網羅されていることでしょう。

これまでサプライヤとの契約書を「読んだことがない」というひとがいるから驚きます。調達・購買担当者として、これは必ず一読する必要があります。
契約書の意義は、
(1)両社の認識のズレを防止する
(2)後日の証拠として残る
(3)損害賠償、解除時の基準となる
ことにあります。その基本となる契約書を読んでいないとは、売買に携わる人間として危ういです。
また、取引基本契約書のほかにも、調達・購買担当者はさまざまな契約書を見ることになることでしょう。そのときに重要なポイントは次の三つです。

1.とにかくちゃんと読む。相手先がもってきた雛形を鵜呑みにするのではなく、かつ「こういうものだ」と思うのでもなく、ちゃんと読むことです。わからない文章に出くわしたときは「これ、どういう意味ですか?」と訊くこと。

2.修正の依頼はためらわない。日本人はどうも、「せっかく先方が契約書を作ってくれたのだから」と思い、修正をためらうことがあります。しかし、ありがたく感じることと、鵜呑みにすることは別問題です。

3.法務部にレビューを依頼するときも、自分の意志をもって伝えること。

ここまで、契約書の形式等について話してきました。そして最後の押印は、法人間であれば、代表者がサインをおこなうことになります。本来は会社が押印すべきですが、会社というものは人間ではないので押印できません。そこで、権限のあるひとが押印するということです。権限のあるひととは、代表取締役か、あるいはその会社のなかで権限を与えられているひとになり、押印の印鑑は印鑑証明書で登録されているものがふさわしいとされています。
さて、ここで話の途中ででてきた、強制法規、そのなかでも下請法の話に移りましょう。

・下請法とは

下請法とは、「下請代金支払遅延等防止法」のことで、下請企業保護を目的としています。


対象となる取引は次のとおりでし。おそらく、読者の属する企業であれば、資本金は3億円超でしょうから、資本金3億円以下の企業にたいする物品の製造委託が該当すると考えて良いです。

この下請法対象企業に発注する際には、とくに気をつけなければいけないことがあります。「親事業者(バイヤー企業)に対する4つの義務」「11項目の禁止事項」です。これは、今一度、読み返してください。

上記で重要なのは、とくに「書面をちゃんと発行せよ」ということと「受領後60日位内に代金を支払え」ということです(3条書面についてはのちほど説明する)。ここで後者を補足しておくと、「受領」が起点になることは忘れてはいけません。検収(製品に不良がないか確認すること)ではありません。あくまで受け取ったときが、「受領」です。そうしないと支払い遅延になりかねません。
なお「月末締めの翌月末払い」を採用している企業があります。その場合は、7月1日に納入されたものは、8月31日支払いとなり、60日を超過してしまいます(7月も8月も31日まである)。しかし、これについては、実務上は(60日以上であるが)問題ないとされている。

さて、さきほど出てきた下請企業への発注時の書面情報ですが、次の内容を網羅しておかねければなりません。

もちろん、発注時にこれらをすべて網羅することが難しければ、基本契約書等であらかじめ締結しておき、発注書とは紐付けすることもできます。
また、単価は必ず発注時に決めておきましょう。誤解なきようにいっておきますと、仮単価が禁止されているわけではありません。ただし、正式単価を決められない理由と、また正式単価決定日を明確化する必要があります。社内ルールとしていったん仮単価発注を許してしまうと、煩雑な処理となる可能性があります。よって、個人的には単価の事前決定は必須だと考えます(もちろん、建設業など出来高が影響する例は存じ上げてはいますが。)
下請法違反の際には、担当者個人も処罰の対象となります。下請法という古くて新しいテーマを常にアタマに入れながら業務を遂行していく必要があります。

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・その他の法令より

また、日本版SOX法(J-SOX法)についてもふれておきましょう。これは「金融商品取引法」というもので、企業の財務情報等の透明性や適正性の向上を目指したものです。
上場企業は、企業情報を開示し、それにより株主・銀行等のステークホルダーからお金を預かります。その開示情報が不正確・不適正なものであれば、ステークホルダーを誤った判断に陥らせる危険があります。そこで、J-SOXでは、基本要素として次の6つをあげています。

そのなかでも、調達・購買部門がかかわるのは、リスク評価と対応です。調達・購買活動において、リスクはあるか。あるとしたら、どのように対応しようとしているのか。また、調達・購買部門は、適正な支出をしているか(正しいサプライヤを選び、適切な価格で調達しているか)を自問・チェックせねばなりません。
 調達・購買にかかわるリスクとは、このようなものがあります。

・供給リスク(サプライヤ倒産や天災)
・品質リスク(品質劣化や不良品多発)
・価格リスク(原材料高騰や為替変動等)
・法的リスク(下請法等違反)
・情報漏えいリスク
・内部統制上のリスク(サプライヤとの癒着等)
・風評リスク(CSR違反等による風評発生)

これらについて、業務上では、次の3点セットが有効とされます。

まず、業務(誰が何をどうする)を表現した「業務記述書」。そして、その業務同士がどのようにつながるのかを表現した「業務フロー図」。それらについて、どのようなリスクが考えられるかを列記した「リスクコントロールマトリックス」です。
最後の「リスクコントロールマトリックス」は、ブレインストーミングなどで、調達・購買部員一丸となって、考えうるリスクを洗い出します。
少なくともこうすることで、調達・購買にかかわるリスクの対応策までは出すことになります。
また、「風評リスク」とのところで、「CSR違反等による風評発生」と書きました。CSR調達とは、社会的責任を全うしながら、調達・購買活動を行うことです。
代表的なものは次の内容があります。

調達・購買部門がCSRというときに、二つの意味があります。ひとつは「自社でCSRをちゃんと守る」ということ、もうひとつは「CSRを理解し企業活動に結びつけているサプライヤから調達する」ということです。

とくに後者の意味が重要になります。CSR調達という意味では、サプライヤ工場で違法な児童労働が散見されないか、またCO2などの温暖化物質を多く排出していないか、がチェックポイントにあたります。

私は個人的にいえば、J-SOXもCSRも、あまりに対策に熱を上げると、コストばかりが肥大化してしまうと思っています。しかし、J-SOXもCSRも、調達・購買をとりまく潮流としては無視できません。少なくとも基礎は押さえておきたいところです。


1-C 交渉実務

・調達・購買部員のための交渉実務

「調達・購買業務基礎」のC「交渉実務」を説明していきます。

調達・購買業務というと、まっさきに交渉を想像するひとが多いはずです。価格決定は、調達・購買部員のもっとも重要な、あるいは唯一の業務とすら考えているひともいます。
私は処女作「調達力・購買力の基礎を身につける本」で、交渉は要らない、と書きました。この意見はいまだに変わっていません。もちろん、主旨は、「交渉せずとも最適な見積を入手できるような仕組みをつくれ」ということです。交渉は属人的な要素がどうしてもあります。繰り返すとおり、調達・購買部門は、交渉せずともサプライヤから適切な条件を引き出すことです。
よって、今回の「交渉実務」も、その先には「交渉しなくても良い状況を創り出す」ことを意識してお読みください。

・調達・購買担当者の交渉準備パート1

ところで、交渉といっても、すべてのサプライヤにまんべんなく力をかけるわけではありません。重点的に交渉すべき相手がいるはずです。製品A目標価格100円にたいして90円の見積りを提出するサプライヤがいるとします。いっぽうで、製品B目標価格100円にたいして110円の見積りを提出するサプライヤがいるとしましょう。もちろん、90円のサプライヤにがんばって交渉して89円にしてもらうのもいいでしょう。しかし、目標価格以下なのですから、注力すべきは110円のサプライヤを100円以下にすることです。これは強調しておきましょう。
というのも、まんべんなく力をかけてしまって、あまり意味のない交渉に時間を費やす調達・購買部員がたくさんいるからです。そこで、各サプライヤの傾向を把握して、事前に力のかけ具合を想定しておくことが望まれます。
そこで使えるのが、サプライヤ性向分析です。サプライヤ性向分析では、サプライヤを四つに分類します。

図にあるとおり、「良い子」「悪い子」「駄々っ子」「いたずらっ子」の四分類です。この呼称がお気に召さなければ、何か他の単語に変えください。このマトリクス分析では、縦軸と横軸に、それぞれ「見積価格と発注価格の差異」「発注価格と目標価格の差異」を置いています。詳しく説明すれば、次のとおりです。

・   縦軸「見積価格と発注価格の差異」:最終的な発注価格が、当初の見積価格と違うか、あるいは近似しているか。縦軸の上には「見積価格と発注価格が大幅(○%以上)に異なる」と書いています。この「○」には10%なり20%なり読者の企業にあわせた数値を設定してください。最終的な発注価格が、当初の見積価格と大幅に異なれば、そのサプライヤは「ふっかけてくる」特性をもっています。逆に、近似していれば真摯な見積りを提出する特性があるわけです。ただし、最終的な発注価格が、当初の見積価格と近似しているとしても、その発注価格が目標価格以上であればさほど意味がありません(独占企業など、やむなく発注する必要があるサプライヤなど)。そのために、横軸が存在します。

・   横軸「発注価格と目標価格の差異」:最終的な発注価格は、目標価格以上か、あるいはそれ以下か。「発注価格が目標価格以下(○%以下)」と書いているところには、2%なり5%なり、これも読者の企業にあわせた数値を入力してください。

そうすると、四分類が完成します。それぞれ「○社」と書いてありますよね。たとえば、読者がつきあっているサプライヤが100社あるとしたら、この四分類がそれぞれ何社になるかを見てください。

・   「良い子」:(当初の)見積価格と(最終的な)発注価格が近似。しかも目標価格以下
・   「悪い子」:(当初の)見積価格と(最終的な)発注価格が乖離。かつ目標価格以上
・   「駄々っ子」:(当初の)見積価格と(最終的な)発注価格が近似。しかし目標価格以上
・   「いたずらっ子」:(当初の)見積価格と(最終的な)発注価格が乖離。しかし目標価格以下

余談になるものの、この四分類はかなりインパクトがあります。上位者に説明するときも、サプライヤの性向をはっきりと明示できるからです。上位者からサプライヤへの指導にもつながります。もちろん交渉なり指導なりの時間をかける配分は、「悪い子」「駄々っ子」「いたずらっ子」「良い子」となるはずです。
ここまでで、交渉の準備段階のパート1が終わりました。そこで、交渉の準備段階パート2へと話は移ります。ただし、ここでパート2の前に、交渉の前提として注意すべきことをお話します。

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・そもそも論としての交渉前提

1.そもそも交渉以前の場合がある
バイヤーが「価格を下げてくれ」といい、営業マンが「これが限界だ」と言い返す場面があります。ただし、この場面においてはバイヤーはまずコスト分析をするべきです。これを交渉論の舞台として解説している本もあるものの、これは交渉以前の話です。まずは、価格分析をしっかりやること。そのうえで、現在の価格が限界ではないにもかかわらず、相手が「下げたくない」場合に、交渉の余地があると考えるべきです。

2.無理やり引き受けさせることが交渉ではない
相手を脅したり、あるいは騙したりすることで、一方的に有利な条件を引き出すのは、おなじく交渉以前の話です。この手のバイヤーは新人時代に読んだ「マナー講座」か、小学生のころに学んだ「倫理」の教科書を読み返す必要があります。今回の解説範囲ではありません。これらを知りたいひとは「ヤクザ流交渉術」などの書籍をお買い求めください。

3.会社によって交渉力が異なるのは当然
購入量によって交渉力が高まったり、低くなったりすることは避けがたい現実です。また、サプライヤとバイヤー企業間の、つきあいの歴史も交渉力に影響するでしょう。よって、大企業の圧倒的な購入量を背景にした交渉術を学んでも、中小企業は使えません。少なくとも鵜呑みにはできないはずです。ここでは、教科書としての交渉をお話しますので、自社業務への応用を考えつつお読みください。

交渉とは、「サプライヤとバイヤーが、ある制限のもとで、限られたリソースをめぐって、合意に到達しようとするプロセス」です。しかし、こう書くと、奪い合いのイメージがありますよね。騙し合いを想像しがちです。もちろん、個人間の売買では、単発の取引であるがゆえに、そのようなことも側面もあるでしょう。ただ、企業間取引の場合は、協調的な側面も存在します。市販されている交渉術の類が役にたたないのは、その場限りの交渉を想定しているからです。
企業の調達・購買部門の交渉においては、自己の提案や立場を理解してもらい、中長期的な関係を考える必要があります。いわゆるWin-winの関係作りです。目の前の点だけを見ずに、将来につながる線を見ているか。また相手の営業マンが、社内を長期的観点から説得できる材料をバイヤーは与えているか。そして、両社のための決定になっているか。これらを念頭に、交渉の実務を遂行していきましょう。

・調達・購買担当者の交渉準備パート2

1.    自社が有利になる材料を揃える:たとえば、今後の発注量予想。今後の開発案件。市場の見込み。価格交渉のときにしても、各種の条件交渉にしても、サプライヤがこちらの意見をうなずいてしまう材料を準備します。
2.    高い目標とその根拠を準備する:最初からサプライヤの反応を勝手に予想して、目標値のハードルを下げるのではなく、高い目標を掲げましょう。そして、その目標値が妥当性をもつことを、証拠なり試算によって説明できるよう準備しておきます。
3.    情報収集と情報管理を行う:サプライヤが置かれた状況、そして他の競合サプライヤの情報をしっかりと入手しておきます。そうではないと、着地点がわからなくなるからです。そして、交渉の初期段階からすべての情報をオープンにするのではなく、サプライヤの反応によって、情報を小出しにするよう予め計画しておきます。
4.    自信をもった態度・表情を訓練しておく:精神論ではあるものの、自信のなさそうなバイヤーは、サプライヤから最適な条件を引き出すことができません。購入する立場は、基本的に強いはずです。それは言葉づかいを乱暴にして良い意味ではけっしてなく、交渉をリードできる立場であることを意味します。交渉前に心を整え、精悍な表情を練習しておくことです。
5.    サプライヤのニーズを予想する:サプライヤは目の前の案件を獲得したいのか、あるいは獲得したくないのか。その理由は何か。もし、獲得したい場合は、売上・利益・実績などの、何を確保したいのか。また、獲得したくない場合、かつこちらはお願いしたい場合は、どんな条件を変更すれば請けてもらえるのか。これらを仮説化し、予想しておきましょう。
6.    譲歩計画を立てる:目標価格なり条件を提示した際に、サプライヤの反応はどのようなものか。「拒絶」「許容」「保留」の3パターンが考えられるので、それぞれの場合に、どう対応するか。とくに「拒絶」された場合は、こちらが譲歩できる点や内容はあるか。また、何をいわれたときに、どう譲歩するか。これらも予め計画しておきます

そして、いよいよ交渉実践です。

・調達・購買担当者のための交渉実践

交渉実践としては、次の5ポイント+1ポイントがあります。

1.    お願い・依頼する:躊躇せずに、相手に自分が目標として掲げている内容・価格を伝えましょう。馬鹿げたことだと笑うかもしれません。しかし、曖昧な態度のままで、目標をハッキリさせないバイヤーは多いものです。伝えないことは、伝わりません。以心伝心は、そのほとんどが家族や恋人間のものです。
2.    相手の答えの内容を予め絞らない:クローズ質問とオープン質問があります。クローズ質問はYesかNoかで答える質問。オープン質問は、自由に答えてもらう質問です。クローズ質問の場合、多様な答えを聞き出せない場合があります。したがって、「この原因はAですか?」よりも、「この原因として考えられることを教えてください」のほうが、相手から多くの情報を吸い出すことができるのです。相手の答えを必要以上に狭めないためにも、オープン質問を心がけましょう。
3.    相手の答えを自分なりに繰り返す:「つまり、こういうことですか?」「一言でいうと、こういうことですか?」「簡単にいうと、こういうことですか?」と相手の答えを要約します。交渉後に結論の解釈をめぐって争いになることがありますよね。それは、同床異夢のまま交渉をすすめていたからです。かならず相手の発言の意味・意図について、理解が正しいか確認しましょう。
*同床異夢:同じ寝床に寝ても、それぞれ違った夢を見ること
4.    前提条件を変える:相手がこちらの依頼を受け入れない場合は、計画にしたがって、譲歩したり前提条件を変えたりすることです。これは準備パート2でお話した内容とつながっています。また、重要なのは、相手が予想していたこと以外の反応を示した場合は、素直に「それでしたら、私たちも検討しますので、持ち帰らせてください」ということです。その場で間違った結論を導くのを避けますし、そういっておけばそれを糧として、交渉の準備がさらに上手になります。
5.    新たな目標での合意をとりつける:前提条件を変えて、先方が納得した場合は、かならず合意かどうかを確認しましょう。合意したのか、やはり保留なのか、拒絶なのかわからないままに交渉を終えるひとは意外に多いのです。キーフレーズは、「では、このような条件で合意でよろしいですか?」ですので、覚えておきましょう。そうすれば、先方も態度をハッキリさせることができます。

そして、プラスもう一つは、これです。

6.    無言になる:交渉の途中で、ついペラペラ話しすぎ、せっかく準備していた譲歩計画を前倒ししてしまうひとがいます。もうちょっとで先方から良い条件を引き出せるのに、自壊してしまうのです。とくに日本人に無言に耐え切れないひとは多いのではないでしょうか。無言になりつづけるには練習が必要です。先方に会話を投げかけ、無言になったら、じっと先方の発言を待ちましょう。日々の交渉で意識してください。

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・交渉後にバイヤーがなすべきこと

交渉計画を立案、交渉のあとは、かならずレビューをすることです。
・   「自分の交渉計画は正しかったのか?」
・   「関係者にあらかじめ、もっとヒアリングすべきではなかったか?」
・   「交渉の場での依頼は適切だったか?」
・   「言葉づかいは正しかっただろうか?」
・   「譲歩は計画通りだったか?」
などなど……。
さまざまな反省点とともに、次回以降の交渉に役立つ気づきがきっとあるはずです。
交渉上手なひとは、いきなり交渉上手になったわけではありません。多くの実践と、多くの反省と、自分の弱点を克服する意思が、そのひとを交渉上手にさせています。
また、そう考えれば、交渉の場がすべて自分の研鑽の場になるはずです。仕事をするとは、成長するということですから、自己業務の振り返りが大切になります。自分なりの交渉準備・交渉チェックシートをつくれば可視化できますし、それが自分の「型」となるはずです。
そして、交渉の型を作ったあとは、冒頭でも話したとおり、逆説的ながら交渉をせずともサプライヤから適切な条件を引き出すことを目指しましょう。もちろん、機械ではないから、交渉を廃することはできないかもしれません。しかし、25のマトリクス、「コスト削減・見積り査定」のB「競合環境整備」にあるとおり、競合だけで決められる仕組みを構築することも重要です。あるいは、D「開発購買の推進」にあるとおり、そもそも安価なサプライヤを活用できる基盤づくりも忘れてはいけません。
交渉だけに熱中せず、交渉をしなくても大丈夫な仕組み・基盤づくり。まことに矛盾するような課題が調達・購買部門にはあるのです。

1-D 市場調査

・調達・購買部員のための市場調査

今回は、「調達・購買業務基礎」のD「市場調査」を説明します。

かつて調達・購買とは情報調達に近いといわれていました。調達・購買とは、市場のなかから自社に役立つ発意を集め、それを製品という形で還元していく。他部門よりも、市況に詳しい必然があるというわけです。
もちろん、市場調査といっても多くの方法があります。また、集める情報も業種や業態によってさまざまです。そこで、ここでは汎用的な内容を扱っていきます。

・市場調査準備として

まず、昨今では検索エンジンの活用が欠かせません。何を調べるにしても、インターネット検索と無縁ではありえないでしょう。そこで、準備編としてGoogleをあげておきます。
Google Insights for Search
ここで、調査対象の詳細を知ることができます。また、Google TrendsGoogle alertsで、自身の仕事に直結するキーワードを設定しておけば常に(インターネット上の)最新情報に触れ合うことが可能です。また、アメリカの議会図書館はインターネットアーカイブを進めています。これは、要するに、インターネット上の情報をひたすら収集し保存しようとする取り組みです。かつて、日本の女性アイドルが、デビュー前にインターネット上のプロフィールサイトに彼氏との過激画像をアップロードしていたことを暴露されたことがありました。それは、これらインターネットアーカイブサイトで保存しているためです(その女性アイドルはデビューと同時に写真を抹消していました。しかし、アーカイブされて残っていたわけです)。
また余談になるものの、資料を作成するときには「chart chooser」というサイトを使ってみてください。これは各チャートの種類を提示し、各資料に最適なものを教えてくれるものです。
そして、業界のトレンドを知る方法についても触れておきます。みなさんは、何かの産業が勃興するとき、どのようなトレンドを察知するでしょうか。もちろん、メディアで取り上げられることが多くなれば、それは一つのサインです。
よりテクニカルな観点は「対象者(対象顧客数)が30万人を突破」すること。たとえば、趣味でも、患者数でも、なんでもかまいません。ある領域のひとの数が30万人を突破するとき、そこに新産業が誕生します。100万人を突破するときには、すでに産業が成熟期に入るのです。
これは本稿の主旨とは異なるものの、独立起業しようとするひとは、この30万人という言葉を覚えておいてください。何かのサービスを販売しようとするとき、新規勃興産業を30万人突破しているものから探すのです。検索エンジンで「30万人突破」などと入力し、トレンドを見ます。そうすれば、宝くじを買うよりもずっと高い確率で飯のタネを探すことができるでしょう(ちなみに、この方法を私は実際に商品販売において使っているものの、それは別の機会に説明します)。
加えて、市場全体の状況感を得るために、参考ページとして「MyEL」と「vizoo」をあげておきます。

・市況調査あれこれ

市況調査のサイトも列記しておきましょう。

時系列統計データ検索サイト:日本銀行が提供しているサイトです。超便利。画面中ほどにある「物価関連(PR)」からさまざまな材料の市況推移について調べることができます。
日刊鉄鋼新聞
LME
KITCO
・CRB指数:原油、無鉛ガソリン、暖房油、天然ガス 等19品目で構成された世界的な商品市況。おおよその商品市況を把握することができます。
また、サプライヤの利益率などを調べるときに、その相対的な位置づけを知るためには、財務省が提供している「法人企業統計」を見てください(「時系列データ検索メニュー」 。

そして、海外調達を検討する際に、各国の「賃金レベル」「地価・事務所賃料等」「通信費」「公共料金」「税制」等について検索が可能なサイトが、JETROの提供している「投資コスト比較」です。水道料金の比較など、誰が見るのか……という気もしますけれど、無料で提供されているこれらの情報を活用しないテはありません。
また、ほとんど語っているひとはいないものの、JETROのページに加えて、各国事情をもっとも把握できるページはCIAです。あのCIAですよ。私はこのなかの「THE WORLD FACTBOOK」以上に充実した各国ガイドを知りません。旅行先を検索するのにも使えます(民間がやっている旅行サイトよりもよっぽど詳しい各国基本情報が載っています)。

・各社の調達・購買戦略

そして、最後に手前味噌ではありますが、各社の調達・購買戦略を共有するうえでも、「購買ネットワーク会」を紹介しておきます。購買ネットワーク会とは、各社の調達・購買担当者・マネージャーが730名ほど登録している有志の組織です。これまで、各社の最前線の情報を交換しあってきました。

購買ネットワーク会

毎月さまざまなイベント、学習会でベストプラクティスを披瀝しています。

また同時に、ISMCAPSでも情報を入手できます。

これらさまざまな情報にふれ、自ら解釈しなおすことが、調達・購買担当者の役割であり、情報購買の基礎となるのです。ぜひ、一度は目を通していただき、自分自身の調達・購買活動に活用できるか検討してみてください。

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1-E 支出分析

・調達・購買部員のための支出分析

今回は、「調達・購買業務基礎」のE「支出分析」を説明します。支出分析なんて当たり前のことじゃないか、と思わずに聞いてください。新たな知識の習得になるはずです。

・支出分析とは何か

支出分析とは、文字通り、支出を分析することです。自社の調達状況として、何をどこからいくら買っているかを確認します。そのためには、経理データや調達履歴データなどを利用します。
支出分析では「ABC分析」という分析が使われます。これは「重み付け分析」とも呼ばれるものです。もう一種類「ABC分析」があるものの、そちらは「Activity-based costing」と呼ばれます。従業員のコストを作業時間から換算するもので、この「重み付け分析」とは別物です。前者の「重み付け分析」=「ABC分析」をもとに説明します。
まず、ABC分析の肝要を述べると、支出金額の大きいものを順に左から並べることです。ぜひ、グラフ化してください。
また、ABC分析には、サプライヤ毎の分析と、品目毎の分析があります。


ここでは、後者の品目別ABC分析を使って論を進めます。このようにグラフ化することで、何からコスト削減のターゲットにせねばならないかがわかります。
よく使われるのはパレートの法則です。パレートの法則とは、「全体の8割をしめる、2割の項目に注目する」こと。あるいは「全体の7割をしめる、3割の項目に注目する」ことです。「8:2の法則」ともいわれます。重要なのは、重要度をつけずにまんべんなくコスト削減等をアプローチしようとするのではなく、効果を期待できる上位品目から当たりをつけることです。

当たり前のはずなのですが、このABC分析ができていない調達・購買部門がいかに多いことか。「これがコスト削減しやすそうです」と、ほとんど購入金額がない品目に注力している企業があります。もちろん、少額品であっても、コスト安を追求する態度はあっていいでしょう。だけれど、順番は後回しにするべきです。
やや余談にはなりますが、政府がやっていた事業仕分けも同じではないでしょうか。日本の約100兆円の国家予算のうち、削減しやすそうなものばかりを俎上に載せても、しかたがありません。事業仕分けはたしかにドラマチックで面白くはありましたし、数億円規模の予算であっても、ムダなものは削減すべきです。しかし、それよりも社会保障費その他の「本丸」に切り込まないと意味がありません。
そして、ABC分析を実施したあと、上位品目をターゲットに、調達・購買発注方針書を書きます。これは、端的に「この品目をどうしたいか」を描いた航路図です。

上図の右側は、分析データを表示したイメージとしてとらえてください。分析結果、この品目の方向性を左側に書きます。サンプルでは、「品目マーケットの状況」、そして、「工場の支出状況」(これは工場ではなく、「営業所」「支社」「研究所」「店舗」など、なんでもかまいません)。「シェア状況とサプライヤ評価、サプライヤ保有技術・設備」までを書いて、「調達基本方針」を述べます。
難しく考えないでください。何をすべきか。そして、何を行うか。それを具体的に書くだけです。サンプルではぼかしているものの、1年間にわたって使える手引書を書きましょう。
バイヤーとは、買う行為を通じて、自社を変える存在です。そのバイヤー一人ひとりが、何の策もなく日々の調達活動をして良いはずがありません。考えうるベストの方針を書きましょう。
そして、関係者と合意しておくことです。この「関係者」の意味は、上司だけではありません。設計者や社内関連部門を含みます。調達・購買部門だけが考えた調達基本方針であれば、単なるマスターベーションになるだけです。全社的な合意がなければ、実行しても実効は伴いません。公式な場であっても、非公式な場であっても、この調達・購買発注方針書を手に持ち、社内に説明してまわることです。
多くの場合、「そんなこといったって、サプライヤ切り替えなんてできないよ」とネガティブな反応が返ってくるでしょう。しかし、最初はそんなもんだ、と私は思います。そもそも、戦略を立てて具現化するのは、めんどうくさい作業です。それも、投げ出したくなるほどめんどうくさい。ただ、社内説得とは、もともとそういうものです。「これなら何も考えずに調達しておいたほうがラクだよ」と思ってしまうくらい手間がかかります。でも、その手間をクリアしなければ、実効性のある施策立案・実行など無理です。
こんな会話がよくあります。
設計者「なぜ調達は、このサプライヤを推薦するんですか?」
バイヤー「いや、発注方針でそう決まっていまして」
設計者「だからなぜだって聞いているんだよ」
バイヤー「だから戦略なんです」
……。バイヤーに幸あれと祈るしかありません。ここは議論を重ね、自分が構築した戦略をブラッシュアップすべき場面です。繰り返すものの、この面倒くささを放棄してしまったら、どうせ実効性のある施策なんてできないのですから。

・支出分析と調達・購買発注方針書のあとに

さきほど、調達・購買発注方針書が「絵に書いたモチ」にならぬよう社内説得の重要性を述べました。
さらに重要なのは、その結果として、発注方針書どおりになっているかを確認することです。

よく使われるのがシェア推移分析で、上図を参考にしてください。これは、各サプライヤのシェアを年度で比較するものです。例では、2010年度にA社が50%のシェアをとっています。そのときに、A社に大半のシェアを取らせ続けるのではなく、A社とB社の二社競合体制を加速し、シェアを半々にしたいと戦略を立てていたとしましょう。はたして、そのとおりになっているでしょうか。戦略通りの絵を描けているでしょうか。定量的にも確認していきましょう。
ここで、もうひとつ余談を。よく、「3年でドラスティックなサプライヤのシェア変動をおこなう」と述べる調達・購買部門があります。しかし、その会社が扱っている商品のライフサイクルが長い場合、とても3年でドラスティックなシェア変動などできません。たとえば、重電の分野であれば、10年、20年と使わざるをえない部品がたくさんあります。一度認定されてしまえば、それを転注することは難しいのが現実です。そんな状況で、あまりに現実と違った目標を掲げてもしかたがありません。できることは、新規調達品からの新サプライヤへの移行であるはずです。その際は、むしろ既存サプライヤを籠絡して、安くしてもらう戦略を構築せねばなりません。

・加えて参考になる指標を二つ

これまで書いてきた、「支出分析→発注方針書作成→シェア推移分析」を経るときに、参考になる指標が二つあります。

①ハーフィンダールインデックス、自社版ハーフィンダールインデックス
一つ目は、ハーフィンダールインデックスと呼ばれるものです。これは、市場に参入している企業の持つシェアを2乗した値の総和によって求められるもので、例えば1社が完全な独占の場合100%の二乗で1となり、競争が激しいほどその値は低くなります。例えばその市場に2社が半分ずつのシェアを獲得している場合50%の二乗+50%の二乗で0.25+0.25=0.5となるのです。
そして、この結論として、数字が小さいほど競争が盛ん(=コストが安くなる)という結論になります。これを自社にあてはめたものが、自社版ハーフィンダールインデックスです。つまり、自社の品目を、競合他社の数と、コスト削減率(原価低減率)でプロットして、その相関を見てみようとするものです。

上図のような場合、競合他社の数が多いほど、原価低減率が上がっています(コストが下がっています)。まさに、この指数通りのことがあてはまっています。
そして、直感的に、競合他社の数が多すぎれば、下記のようなグラフになるはずです。

すなわち、取引先企業をあまりに増やすと、ボリュームメリットがなくなり原価低減にはデメリットとなります。その頂点がどこかにあるはずです。このようにして、最適競合サプライヤ数を模索していきます。
もちろん、この自社版ハーフィンダールインデックスは絶対的な指標ではありません。しかし、「ほどよい競合サプライヤ数」を考えるとき、参考にできます。

②交渉係数
そして、もうひとつが、交渉係数というものです。この交渉係数は、文字通り、その品目についてコスト削減交渉することがどれだけ難しいか、を示します。
計算方法は、
「サプライヤシェアのハーフィンダールインデックスから、マーケットにおける買い手のハーフィンダールインデックスを減じて計算する」
というものです。
ややこしいですよね。具体例で考えてみましょう。たとえば、特殊材料を調達するとき、その特殊材料のマーケットには2社のプレイヤー(売り手)がいるとします。このマーケットの意味は、世の中の市場のことです。そのプレイヤーの市場シェアが、A社70%、B社30%だったとします。そうすると、サプライヤシェアのハーフィンダールインデックスは、
70%の二乗+30%の二乗=0.49+0.09=0.58
となります。そして、その特殊材料を調達する側のシェアを同じく計算します。マーケットのなかで、自社を含めて3社の買い手がいるとしましょう。そしてさらに、その特殊材料が100ほど市場で販売されているとすると、自社が40、C社30、D社30を買い集めているとします。そのシェアは、自社40%、C社30%、D社30%となります(もちろん実際にはこれほど単純な比率にはなりません)。すると、マーケットにおける買い手のハーフィンダールインデックスは、
40%の二乗+30%の二乗+30%の二乗=0.16+0.09+0.09=0.34
となります。したがって、交渉係数は
0.58-0.34=0.24
となるのです。
この数字を、直感的に考えてみましょう。最大値は1に近くなります。最小値は-1に近くなるはずです。最大値1の場合は、サプライヤが寡占状態で、かつ無数の買い手がいる場合。-1に近い場合は、サプライヤが無数にいるにもかかわらず、買い手が1社しかいない場合です。ということは、1に近づくほど、バイヤーからすると交渉が難しくなります。-1は逆に交渉がやりやすくなります。
自分の品目が1に近いか、-1に近いかを調べてみましょう。あるいは、自部門の調達品目の交渉係数を調べてみましょう。どちらも面白い結果がでるはずです。そして、それをグラフ化して、コスト削減の実績と比較して見える化することも有効です。

たかが支出分析と思ったかもしれません。しかし、そこから派生した知識も俯瞰していきました。前項の市場調査とあわせて、調達品の戦略を考えてみましょう。もちろん、私が紹介した指標だけではなく、アイディア次第でさまざまな分析が可能なはずです。そのように、自ら考え分析することがバイヤー個人にも付加価値を与えます。
調達・購買部員の知的戦略はそこからはじまるのですから。

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