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断酒を決めることができた心理

もう何年も前からお酒やめたい、やめられたらどんなにいいかって思っていた。お酒をやめるべきだってサインはいくつもあった。

6年ほど前に飲酒運転で捕まった。半年間の免停、その後、2年間はブレサライザーという機械の装着義務で、ブレステストをしないとエンジンがかからない、また、走行中もランダムにアラームが鳴って、8分以内に停車してブレステストをしないとエンジンが止まるという仕組み。車内には小型カメラが運転主を映すように設置され、常に監視下での運転。
罰金や機械装置にかかった出費は6000ドル以上、そして運転するたびに飲酒運転するほど、お酒のコントロールがきかなくなっている自分に対する自己否定感が増していった。
けれど、幸い飲酒運転で事故を起こさず、捕まったことは、とても有難いことだった。それだけ、依存していることに気が付くWAKE UPコールだったのだ。飲酒運転で誰かを傷つけてしまう前に捕まえてもらえて本当に感謝している。

それでも、お酒がなくては孤独感や虚無感に耐えられず、友達に会いに行くにも車が必要で、仕事が終わったら家に直帰、運転できないから出かけない、一人で飲む、そんな毎日を過ごしていた。日に日に酒量も増え、ビール2本の後にワインボトル1本を毎日飲んでいた。夕食はチーズとクラッカー。10代のころ過食症で、激太りしたトラウマがあり、お酒を飲むから夕飯食べないとしていた。また太ることに恐怖を覚えていたのだ。

そんな状態だったので当時付き合っていた彼氏ともうまくいかず、失恋。さらに飲む苦しい毎日だった。仕事中も急に泣き出したり、家に帰ったら誰とも話したくない、引きこもり状態。体調もメンタルもボロボロで、本当に苦しかった。お酒はあればあるほど飲んでしまい、歯止めがきかないので、仕事帰りにワインを毎日1本買って帰る、ビールは箱買いしてたけど冷蔵庫には2本だけ冷やすというようにしていた。それでも、当時の私には絶対なくてはならないもとしてお酒があった。

うつ状態が悪化して、これじゃ仕事にも行けない。
そんな状態で、自分を包み隠さず苦しみを打ち明けられたのは、唯一、先生だけだった。先生とは私が昔ケアンズに住んでいたころのヨガの先生で、ヨガだけじゃなく、心のもちよう、生き方について、今でもたくさんの教えをいただいている。

泣きながら先生に電話したことは記憶に濃く残っている。
”死んじゃう前に、話してくれてよかった”って言葉と、”お酒じゃなくて、今ある感情を飲みなさい、そうすればちゃんと消化して、排せつできるから。お酒飲んでいても悲しみはなくならないでしょ?”という言葉。
まさに、その通りで、飲めば飲むほど、次の日のうつ状態が悪化する自覚もあった。
当時は苦しみの中で、藁をもつかむ思いで、ワインを買うことをやめた。
毎日のワイン1本を手放せて、体調もメンタルもだいぶ安定し、元気で生きる希望も取り戻していった。
それ以来、ここ最近断酒するまで2本ルールというものを作っていた。毎日ビール2本だけは飲んでよし。冷蔵庫には2本しか冷やしておかないというもの。ビール2本だったら、ちょっと物足りないけど、ちゃんとご飯も食べられるし、次の日にも残らない。まったくお酒がないなんて無理!って思いこんでいた。

最近断酒を決めた一つの理由に、自分の感情ともっとちゃんと向き合おうって心から思ったから。節酒して、苦しみと向き合って、あの時の苦しみを手放すことができた。でも、やっぱりどっかで、癒しきれてない何かを自分の中に感じ続けていた。無意識に押し込められた感情がある。また日々スルーしてしまうような感情たち。みんなに耳を澄まして受け入れたい。お酒でマヒしてうやむやになってるのは、もういらない、って思えたから。✌





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