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【映画批評】キリング・オブ・ケネス・チェンバレン

凄い映画を観た。2023年ベストかも。「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン」という映画だ。ブラックライブズマター運動と連動した映画かな~ぐらいのイメージで観に行った。

客はわずかに10人弱。金曜の夜のゴールデンタイムとは思えぬ関心の乏しさ。日本人は黒人差別にあまり関心がないということである(「オオカミの家」が大盛況だったのとは対照的だ)

ユダヤ人迫害もの同様、黒人差別系、同性愛差別系の映画は定期的に作られる。これに一番近い映画はキャスリン・ビグローの「デトロイト」だろう。あっちはもっと派手でアメリカ国内の「炎628」みたいな映画だったが、こっちはより閉塞的で孤立感、圧迫感の強い映画だ。窒息しそうな鬱映画である。しかし、リアルだった。

ニューヨークの治安の悪い地区のアパルトマンの一室。医療通報装置が誤作動を起こした。セキュリティ会社が警察へ通報。現場へ急行する警察官。そこには心臓の悪い老人が一人で住んでいる。元海兵隊で精神障害を患っている。詳しく言及されていないが「妄想傾向の双極性障害」との診断は日本では長らく「非定型精神病」と呼ばれていたものではないかと推測した。統合失調症と鬱病の中間付近の病像を示す。つうか日本では統合失調症と同じ扱い(同じ薬を処方)を受ける。鬱病カナ~?と思った方は要注意ですぞ。

また、ケネスはず~っと呼吸が苦しそうにしていました。鼻チューブつけてるシーンも。これはHOTと呼ばれる在宅酸素療法のための機械で、主に呼吸器に問題のある患者がよく使用する医療器具だ。ケネスは心臓も悪いが肺などの呼吸器にも問題を抱えているのは明らかだ。それでいて抗精神薬を飲んでいるのも間違いなく、これらは心臓にも負担が大きい。

んな訳で、どのみち長生きはできそうにない。弱弱しい老人だ。抵抗する術は一切持たない、社会的にも生物的にも弱者に位置する。役者の演技は大変すばらしく、これらを完璧に表現していた。

さて、説明は足りているとは言えず、不親切な映画ではあるが何でもかんでもセリフで説明させる日本文化に飽き飽きしとる自分は、こうやって作品を読み解くのが好きだ。なお、あってるかどうかは責任もてませんが。

「デトロイト」はもっとストレートな差別表現がゲップが出るほどに繰り出されたが、この事件は2019年に起きたものでこの映画はほぼ再現VTRだ。過剰な表現や創作が多いのだと思っていたら、そうでもないことが映画後半に明かされる。あまりのひどさ、理不尽さに首をかしげるばかり。これはショックが大きい。

もともと警察に不信感を持つケネスは現場へ急行してきた警察官に門戸を開けようとしない。それに対し警察は色々憶測を立ててどうにかドアをこじ開けようとし、最終的には物理的な暴力でこれを解決しようとする。ケネスも妄想が刺激されて激しく抵抗。最終的にはタイトル通りの結末だ。

ジョージ・フロイドの事件よりも前に作られたというこの映画。驚くほど投げかけてくる問題は似ている。普通のエンタメ見てると黒人が主役を張る映画も多いし、アフリカ系が一定の政治力を持っているようにすら見えるのだが、2019年にこんなことがニューヨークで起こっているだから問題は根深い。このような暴力的な差別がまだまだ起こっているんなら、むしろそれらを告発する映画をもっともっとみたいものだ。草の根でどんな恐ろしい人種差別が起こっているのか、まだまだ啓蒙が十分とは言えない。

特にここ日本では、この映画を観た観客がまず抱く感想は「ケネス頑固すぎ。警戒心強すぎ。警察が来たんだから最初からドア開けてればこんなことにならないのに。黒人やっぱり馬鹿すぎ頭悪すぎ(←ここまで言う奴もきっといるだろう)」

そりゃ日本では、たとえ神奈川県警でもここまではしないだろう。つうかこれに近いものは名古屋入管のスリランカ人女性致死事件、監禁・暴力事件だろう。ネットは入管を庇う日本人のヘイトスピーチで埋め尽くされている。これに似た状況だと推測される。(つうか日本もやべえな)

警察官もルールに基づいて行動しているはずだが、意志を持った人間であり、ルールは意志で捻じ曲げたり拡大解釈が割とできてしまう。そのようなルール、正義、規則を背景とした凡庸な悪がこの映画でも描かれているのだ。

人間性を保ちながらも冷酷な組織に属し悪い上司に率いられているばかりに大したことができないやつ。もともと差別的で粗暴で我慢が足りない好戦的なやつ。プライドを持って職務を遂行しようとするあまりやりすぎてしまうやつ。昔ながらのやり方が最も手っ取り早いと平気で人権を踏みにじるやつ。警察官も色々。その人間模様が大変面白かった。

アメリカのような多民族国家で治安の悪い地域では、警察や治安組織に強権が与えられているし、人々も犯罪者が嫌いなのでおおむね警察の味方だ。民意を味方につけた警察は、公権力を背景に強気の態度で悪即斬みたいなことを平気でやり始める。

日本も少子化で移民国家となってきたため、おそらく遠からず警察により横暴な強権が与えられ、治安を守るためと称した凡庸な悪が蔓延するであろう。日本人はまず心配ない。警察は日本人の味方だ。ニューヨーク市警が常に白人の立場に立つのと同様に。ジェフリー・ダーマーが白人であるがゆえに疑われつつもなかなか逮捕されなかったのと同様に。

つまり、日本はどう転んでも今後は治安が悪くなる。この映画はいちはやくそれを我々に警告してくれているのだと受け取った。

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