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【日記】憧れと恋慕

土曜、朝10時頃に目が覚めて、掛け布団がテーブル上に置きっぱなしにしていたグラスに当たって飲み残したビールがスリッパに染みていくのを見届け、まあもうずっと履いてるしな…と思い捨てた。自分は髪が細く抜けやすいのでスリッパがないと足の裏に髪の毛が引っ付いて仕方がない。昼から夜まで副業先に出向くも閑古鳥が鳴いていた。サボることだってできたけれど可能性をゼロにしたくないと思って、今の店に入ってからはほとんど当日欠勤をしていない。休日を取り戻すためにコーヒー屋へ行き、イワサキさんと話しながら2本缶を空けた。うちゅうブルーイングの新作のベリー、今まで飲んだどのスムージーよりもスムージーでほとんどアルコールを感じない甘さ。デザートを食しているみたいだった。

お腹を液体で満たし、そこそこに時間を潰してから21時半頃に吉祥寺へ向かう。久々に某バーの扉を開くと知ってる人が一人いて、あとはスタッフ含め全員初対面だった。通いたての頃からの自分をよく知ってくれている店長が後から来て、久しぶり、変わらないな笑、と声をかけられたので、それはお互いさまでしょうと返す。とはいえ確かに、27歳になるにしては自分の見た目はあまりにも幼い。老け込むよりかはいいのかもしれないが。

イギリスへ行くことを件のあの人が来るより先に打ち明けて30分ほど歓談し、22時すぎにあの人が扉を開けて入店してきた。長く伸ばしてた髪をばっさり切ったその姿は出会った当時の彼そのままだった。自分の隣席に座って、また引き続き店長や客を交えて話す。このどうでもいい、明日には忘れているような話を延々とする感じが懐かしい。文化祭に潜入するならどこの高校を名乗ったらモテるのかと聞かれて咄嗟に穎明館でしょと答えた。小学生の頃自分にスカートめくりをしていた秀才の男の子が通っていた学校だ。20か21の頃に一度地元の鳥貴族で飲んだことがあるけど、彼女持ちだと言っていて何事もなく解散した。

凪みたいなあの人はレスポンス上手で、やはり周囲が気持ちいいように適度に話を展開しながらよく喋っていた。酒はいつものジンバックを2杯だけだ。聞けば先週も来ていて朝まで失恋の相談に乗っていたらしい。聞き上手な彼はカウンセラーに向いていると思う。でも反面で、彼の思惑を知っている身としては、それが「社会のコミュニティに溶け込む上で仕方なく自分が買って出た役」感が出ちゃっているんだよなとも思う。皆気付いていないだろうけど、元々の彼は大袈裟にバカ笑いするような人ではない。もちろん年数が経っているので性格が変わった可能性もなくはないけど、一昔前に「例え興味がなかったとしても、人が気持ち良くなるような立ち振る舞いをお前も覚えた方がいい」と言われてから、ああこの人はそうやって上手いことその場に溶け込んでいるんだなあと感じたのだ。

気がつくと終電の3本前で、彼と同時に会計して店を出た。井の頭線の電車内で隣り合って座り、あの場で言おうと思っていたが結局電車の走行中に渡英のことを打ち明けた。明大前で降りなくてはいけないので、駆け足で経緯を伝えたが、思っていた通り「いいじゃん」と言ってくれた。金と英語だけ頑張りなと。もちろんそのつもりですと答え、〇〇さんに会えなくなるのが寂しいと冗談めかした口調で伝えたら、「絶対そんなこと思ってないだろ」と鼻で笑われた。伝わらないように言ったけれど、思っていることは残念ながら本当だ。

降りる手前、月末の花見の話になって、「一人で隅っこでコソコソ酒飲んでるようなダサいことはするなよ」と忠告された。今までだってそんなことした覚えがないので疑問に思いつつ、その当たり強さも彼なりの気遣いなのだと思う、というのは些か邪推だろうか。席を立ち、「もうそんな人間じゃないですよ」と笑って返したら、なら安心した、そこはちゃんと成長してるんだねと言われた。だからそんなことしたことないって。でも、もう出会った頃みたいに、一人でめこめこメンヘラ気取ってるような人間ではなくなった、という意味で、一皮も二皮も剥けたと思う。今の自分を起点に彼と出会っていたら、きっと何か変わっていたかもしれない。そういう面では少々出会うのが早すぎた。でもあの頃出会っていたからこそ、ここまで縁が続くというものなのだろう。

ローソンで適当なサンドイッチを買って1時前に帰宅した。可愛い彼氏がいるのに今はどうしても目を向けられない、あの人を前にすると右に出られる人は世界中のどこを探したって見つからないのだ。6年前の春に出会ったあの人は、まだ青く未熟な自分の世界の中心だった。いや、それは今でも変わらないのかもしれない。到底届かない身分のまま憧れと恋慕をつのらせて呆気なく振られ、そこを動力にしてあらゆることを成し遂げてきたのだ。彼に出会っていなければ今の自分はなかったなんて、ベタなフレーズだがあながち間違いではない。人生で一番夢中になって追いかけたし、今だって目線だけでも追いかけている。寝る間際にお礼の連絡を入れると「こちらこそ久々に会えて良かった」とすぐに返信が来た。大事に何度も見返して、良い日だったなと思い1時半頃に寝た。