勇者と追いかけっこ

この作品は
雨の中でひとりさん【勇者は遅れてやってくる】
タキさん【間に合わなかった勇者】
元木一人さん【食事】
雪人形さん【進めよ勇者。誰がために。】
ふぃろさん【正義もねえ!ましてや勇者なんて遅れても来ねえ!この世は食事!パーリナイッ!】
以上の五作品と世界観を共有しています。
単体でも問題ありませんが、上記作品をお読みいただけるとより世界観が解りやすいと思います。
それではどうぞ。

半分だけの月が空に鎮座している。時が流れるのは早いな、とどうでもいいことを考えながら視線を空から地面に移す。
ゴロゴロと転がる死体の数々。頭だけ残されたものや四肢が散乱しているものまで様々だ。
「遅かったか」
一人ごちて溜め息を吐く。前の町で買った新聞から推測して今日辺り魔物がこの街を襲うと思ったのに。予想が外れた。
次は何処だろう。もう一度新聞を開く。
「あっちから来てここ行ってその後こっち行ったから、次は……あそこか」
検討がついたところで新聞をしまう。もう一度無人の街を見、踵を返した。今度は予想が的中しているのを信じて。

次の街に到着した。あちらこちらか朗らかな笑い声が聞こえてくる賑やかな街。ここはまだだったと安堵しながら宿屋でその時を待った。
悲鳴が聞こえたのは到着してから何日も経ってからだった。窓から外を見れば悲鳴をあげながら逃げ惑う人々とそれを追いかける魔物の姿。もう喰われた人がいるらしく道や建物の壁には赤い液体が飛び散っていた。
私は宿屋から出る。道に立ち、魔物をじっと見た。人々は邪魔そうに私を避けながら逃げていく。やがて悲鳴は遠ざかり聞こえなくなった。
周りに人がいなくなる。獲物はいないかとキョロキョロと辺りを見回した魔物が私を捉えた。一目散に私に向かって魔物が飛んでくる。歯の間に挟まった指や骨がはっきり見える近さまで来て、これで念願叶うとほくそ笑んだ刹那、魔物が真っ二つに避けた。音もなく地面に落ちた魔物の向こうに見えたのは勇者だった。自分の身の丈以上もある大きな剣を手に立つ勇者は、呼吸一つ乱していない。
「だ」
「なんで助けたの?」
何か言いかけた勇者を遮り、私は口を開いた。
「なんで、私を助けたの? ようやく死ねそうだったのに」
勇者が目を見開く。信じられないと言わんばかりの表情をし、勇者は口を開きかけたが、結局言葉が発せられることはなかった。
「貴方のせいで死ねなかったじゃない」
死にたかった。ずっとずっと死にたかったのだ。でも自分で死ぬ勇気はないから、魔物に喰われようと思った。そのために情報をかき集め、目星をつけた街へ行った。多くは魔物が去った後だった。それでもめげずに歩き回って、やっと念願叶いそうだったのに妨げられてしまった。目の前にいる勇者によって。
「……それが僕の役目だから」
勇者が絞り出すように言った。若いのか年なのか、年齢が読み取れない不思議な声色だった。
「魔物に襲われている人がいたら助ける。それが僕の役目だから、君を助けたことを謝るつもりはない」
はっきりと言いきって勇者は私の後方に歩いていく。
「だったら貴方より早く魔物を見付けないと駄目だね」
足音が止まった。私は首だけ振り返る。勇者が感情の失せた瞳で私を見ていた。
「そしたら死ねるよね? 勇者様?」
挑発的に言葉を投げつける。勇者は返事は愚か表情すら変えずに再び足を進めた。
死ねなかったのならこの街に用はない。別の街に行って、情報を得るとしよう。
私は勇者に背を向けた。もう振り返らなかった。

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