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【八田與一】パッテンライ!八田技師が掘った奇跡の井戸〜土木スーパースター列伝 #22

八田與一技師墓前祭

GWが明けたきょう5月8日は、八田與一技師の命日。今年も、台湾政府行政院農業委員会が主催して八田技師の没後82周年となる墓前祭(逝世81周年追思會)が執り行われました。八田技師の故郷である金沢からも大勢の方が供養の花を手向けられました。

没後82周年となる昨年の墓前祭.。頼副総統も参列。

78年前から毎年、地域農民の子孫や水利会関係者によって、台湾の南部にある台南市の烏山頭ダムほとりにあるお墓と銅像の前で墓前祭が開かれています。この銅像は、ダム完成後の昭和 6(1931)年に建てられ、戦時中、地元有志により守り隠されていた像は昭和 56(1981)年 1月に再びダム湖畔に戻されました。

烏山頭ダム湖を望む與一の銅像と夫妻の墓

水を飲むときは、その源に思いをよせる

なぜ、一人の日本人土木技術者が、時を経た今でも台湾の多くの人たちに愛されているのか。八田技師の業績が子々孫々語り継がれて、感謝されているのはなぜなのか。私が、そんな疑問から台湾に渡ったのは今から24年前、「土木の絵本」で描く八田與一という人物を調査するためでした。

「土木の絵本」海をわたり夢をかなえた土木技術者たち (一財)全国建設研修センター

そこで、墓前祭を準備する一人の古老に出会いました。当時、傘寿をすぎておられた徐欣忠さんこそ、アニメ映画「パッテンライ!」に登場する台湾人少年・徐英哲のモデルです。

 「私(わたくし)は、日本統治下にあたる台南の田舎に生まれまして、その3年後に嘉南大圳(かなんたいしゅう)が完成しました」。
礼儀正しく、義に篤く、丁寧な日本語で話される徐さんに、私は尋ねました。
「どうして、台湾の方々は、日本人である八田與一のことを子々孫々に語り継いで、毎年供養してくれているのですか?」。
すると、徐さんは不思議そうな眼で私を見つめて「どうして?」と首を傾げたのち、こう言われました。「私たちは、水を飲むときは、その井戸を掘ってくれたことに感謝してけっして忘れません」と。
 後に、この徐さんの言葉が「飲水思源(いんすいしげん)」という考え方に根ざしていたことを知った私は、八田與一のというより、八田技師の恩恵を忘れない台湾の人たちを偏愛する沼にズブズブとはまっていきながら、絵本や映画を媒体とする伝道師と化していったのかもしれません。

八田與一が掘った井戸とは何か

 徐欣忠さんが子供の頃、そしてその昔、井戸は枯れていました。

 徐さん一家にとって、水汲みの苦労は、代々の身体と記憶に染みついていました。村では、溜め池に行く水汲みの順番を決め、牛車の荷台に桶を積んで通ったといいます。徐さんの住んでいた南部の土地は、洪水・日照り・塩害という三重苦にあえいでいました。塩害に侵されていて井戸を掘っても飲めなかったそうです。さらにその部落から烏山頭まで40キロも離れていたので、たとえダムが出来ても、そこから流れてくるとは誰も想像できないし、信用もしていなかったということです。
 そうした環境のもと、徐さんの夢は八田さんのような土木技師になることでした。徐さんは、猛勉強して台湾農学校の農業土木科に合格。日本海軍に徴兵の後、台南水利会(後の嘉南農田水利会)に勤務して烏山頭ダムの水を灌漑する管理を指揮しました。

夢を語る英哲少年(右)「パッテンライ!南の島の水ものがたり」より

では、八田與一の掘った井戸とは何なのでしょうか。
 「10年の歳月をかけて、洪水・干ばつ・塩害に喘いでいた嘉南平原15万haの荒れ地で苦しんでいた60万人の農民に対して、烏山頭と濁水渓のダムに貯水した水を、16000km(地球半周分の長さ)の給・排水路に引き、15万haの土地すべてに同時給水することは物理的に不可能だったので、三年輪作給水法という灌漑方式で水を分配した」という概要ではあるのですが、土木による恩恵とは何なのかを考えてみます。

 それは、東洋屈指のダムをつくったということだけではなく、ハードによる土木事業と、平等に水を分配する3年輪作給水というソフトなアフターケアによって、荒れ地が3年で沃野に変わり、穀倉地帯に変貌して、地域住民の生活が一変したということだと思います。
 
 徐さんは、言いました。
 「八田さんが引いてくれた命の水は、荒れ果てた平原を緑地に変え、貧しくて行けなかった学校に通えるようになり、何よりも、私たちの食卓に笑顔をもたらしてくれました」。

網の目のように張り巡らされた嘉南大圳の給・排水路は、地球半周分にあたる16,000km

現在への継承

現在、台湾の人たちにとって、台南に残る烏山頭ダムと水利施設は、身近な土木遺産であるだけでなく、現在も嘉南平野の農業・生活・工業用水に利用されています。
 八田技師が張り巡らせた水路は、嘉南平野15万haに細かく網の目のように張り巡らされ、水利会の各分岐処で農地への水利用が管理・調整されています。

給水路からの水を農地に引き入れる農民

土木学会のツアーでは、八田與一による夢の実現をたどる旅へと皆さまを誘います!土木学会員だけではなくどなたでもご参加ください。詳細は下記のリンクをご参照ください。

「台湾土木遺産視察ツアー」のご案内 | 土木広報センター (jsce.or.jp)

台湾土木遺産視察ツアー 「烏山頭水庫と台南水道」台南・台北4日間
日程:2024年12月5日(木)~12月8日(日) 3泊4日
申込み期限:2024年8月28日(水)17:00 まで
視察企画・協力:公益社団法人土木学会 土木広報センター
旅行企画・実施:近畿日本ツーリスト株式会社 公務営業支店

文・緒方英樹
土木学会土木史委員会副委員長。一般社団法人アメノヒボコ土木サロン理事。土木学会土木広報センター土木リテラシー促進グループ員。
毎日新聞オンライン連載中。中央FMラジオ「ドボクのラジオ」土木偉人シリーズ出演中。著書『大地を拓く』で令和4年度土木学会出版文化賞。